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まもののかどわかし  作者: toe
黎明エンドロール
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17.想い方を思い知る/red

 

 ──その後の記憶は、正直あやふやでよく覚えていない。


 気づいたら地下を出て、これからの事をまた後日詳しくエドワルドと相談すると決めて、防衛院に戻ってきて、ぼうっとしたまま騎士団の訓練に混ざって、そこから、──そこから、どうなったのだっけ?

 ふと額からぬるい何かが取り払われて、軽い水音の後に冷たく濡れた布が乗る。その感覚にシランはゆっくり目を開けた。目を開けたということは今まで目を閉じていたということだ。やけに頭がぼうっとして、考えがまとまらない。


「……お、起きたか。大丈夫か?」


「アダン……さん……?」


「さっきまでミーネが見てたんだが、会議が入ったってことで交代で来たんだ。訓練中に倒れたって聞いたぞ。大丈夫か?」


「……倒れた?」


「医官によると過労だってよ。ここ最近訓練はともかく、魔女との謁見のために気を張ってたからその反動だろうってさ。よく頑張ったな」


 なるほど、眼前の天井は目の治療で寝込んでいた時によく見ていた医務室の景色と同じである。汗まみれの体は多少拭いてくれていたのか、さっぱりしていた。とはいえ、自分の体が熱くて蒸していて、不快なのに違いはないけれど。

 視線を声の方向に動かせば、水差しから水を注いでいるアダンが枕元の椅子に座っていて、目が合うと飲めるか?というように差し出してくる。起き上がると先ほど乗せてくれていたらしい濡れタオルが掛け布団に落ちた。シランにコップを渡すのと逆の手でアダンがタオルを回収する。

 喉を通る冷たい水で少し意識がはっきりした。ああ、そうだ。魔女にオルヴェンにいることを──魔術師のままいることを認めてもらったのだ。自分の全てを差し出して、自分の全てを勝ち取った。実感はまだ、ないけれど。


「……アダンさんはどこまで聞いてるんですか」


「シランが魔術師のままオルヴェンにいられるってこととミーネが後見人になるってところまで」


「ほとんど全部……」


「まぁ全部と言えば全部かもな。けどミーネが後見人になった経由とかは聞いてない」


「……嫉妬とかしないんですか」


「お前相手に何を嫉妬するんだ?」


 苦笑まじりにぐりぐりと頭を撫でられる。生意気な口を叩かずにいられないシランの癖をすっかり理解したような物言いだったから、なおのことシランは下唇に力を入れてへの字にするしかなかった。とっくに空っぽになったグラスはシランの手の熱を移してあっという間にぬるくなっていく。


 ミーネが後見人になる話は、前もってシランも聞いてはいたが、それは魔女との謁見を望んだ後に聞かされた。もっと細かく言えば、場を整えたとエドワルドから連絡をもらった時だし、その時はまだミーネにもシランの選択の仔細は知らせていなかった。何も知らないはずのミーネが、いかにも当たり前のような顔で「今後は私が君の身分を保証するがいいか?」なんて言い出すものだから──そりゃあシランは面食らったし混乱した。選択を伏せていたのだってシランなりにミーネを気遣って、今後の昇進や騎士としての活躍の妨げにならないようにしていたのに。確かに、とても、心強かったけれど。


「僕、頑張ってましたか」


 気づけば、そんな弱気な言葉が転がり落ちていた。はっとしてアダンを見ると、彼は少しおかしそうに、けれど優しくぐりぐりと頭を撫でてくる。


「ものすごく。知らない国で一人で来たのになぁ」


「勘違いしないんで欲しいんですが、今までこんな、倒れたことがないんです。それにアカデミーでは負けなしだったんですよ」


「知ってるよ。隙だらけの論文を蜂の巣にしたんだろ。でも今回の件とは訳が違う。得意な魔術じゃないし、相手も魔術師じゃなかった。その上正解がある内容じゃなかった。願いに基礎なんてないもんな」


「……ぁ……、」


「どんなに事前に準備を整えても、上手くいかない不安は付きまとう。特に相手が人なら──人の感情に訴えて、利益を考えて、影響を考えて、それでも読み切れない。難しくて、だからこそ大切にしたくなる」


 シランが惹かれた「もの」の難しさと尊さを、アダンは今こともなげに語った。

 ふと脳裏をよぎったのはヴィオレッタ・リーズのことだった。ミーネに悪意を持って、陥れようとしたアダンの幼馴染。彼女のことをさっさと切り捨ててしまえば楽だっただろうに、アダンは終始辛そうにしていて、最後の最後まで向き合っていた。


 ──その、意味を、ほんの少し思い知る。


 シランがミーネに迷惑をかけたくなかったのと同じような感情が、アダンにもあったのかもしれない。あの底無しのお人好しとはまた別の色をした、彼なりの不器用な愛があったのかもしれない。ヴィオレッタも、ミーネもどっちも大事にしたくて、けれど片方を選ばないといけない葛藤も。今、シランは思い知った。


「……ごめんなさい」


「なんだ?」


「アダンさんを優柔不断だって侮ってました。……貴方もただ優しい人だったんですね」


「なんだ?熱で弱気になってるのか?」


 困ったように笑うアダンがコップを回収してまた寝かしつけてくるから、大人しくその手に従う。ただ、優しい大人の手だった。ぽんぽん、と子供をあやすように胸の辺りを叩かれて少しむっとするけれど、けれど、ただ、その手が優しくて、一定のリズムで繰り返されるから。

 再び額に濡れタオルが乗せられて、シランは目を閉じた。大きな獅子の心音でも聞いているかのようだった。

シラン編次でラスト!!


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