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まもののかどわかし  作者: toe
黎明エンドロール
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16.一方通行の迷路/red

 しばらく魔女は何も言わなかった。ただ、ゆらめくドレスと共に踊る水が急に音を潜めて、ぽつりぽつりと水面を揺らしていくくらいしか聞こえない。湧き出す泉すら息を潜めて成り行きを見守っているようだった。なんだか少し気まずいというか、なんというか、据わりが悪くてシランは意味もなく指を握り込む。


「……問おう、魔術師」


「……!はい!」


「ここにいる代償として、ル・ティーヴァにもう二度と帰れないと告げたら、お前はどう答える?」


「構いません」


「死んでも戻れぬとしても?」


「構いません」


「……それが故郷を失うと、同義だとしてもか」


 魔女の声は沈んでいるように聞こえた。あるいは、悲しそうに、憐れむように。ふとそこでミーネから聞かされた話を思い出す。

 どこかに向かって歩き続ける少女。帰りたいと願って森を進む少女。そう、少女は──いつかの、魔女は帰りたかったのだ。故郷か家かは分からない。けれどそれは二度と叶わずに、最終的にどういうわけか魔女としてこの国を守護するという選択に至った。きっと、もう二度と──そう、もう二度と、誰かが帰り道を見失わないで済むように。


 だからシランは声を張り上げる。魔女の優しさを踏み躙る選択肢ではないと伝えたくて。


「……僕は、ル・ティーヴァを故郷と思ったことはありません。……いえ、今まで、帰りたい場所なんて考えたこともなかった」


「失ってから気づくものよ」


「……そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない。魔女様、僕はこの国が、僕にとってそういう場所になって欲しいと思っています」


「……」


「魔術師にとって研鑽は当てのない旅で、答えのない迷路を進むようなものです。そういう意味では、あそこは確かに良い場所だった。でも、この国にきて少しだけ考えが変わりました」


 始まりは冬明けの山小屋だった。遠回りをしても辿り着く答えを知った。寄り道をしてもきっちり間に合う走り方ができることも知った。季節が二つ巡る中で、こんなにも太陽と月、雨と雲が見せる空の表情を知った。

 いつもアカデミーにこもっていたせいで、外に出ることなんてほとんどなかった。アカデミー内ではいつだって室温がちょうどいいように管理されていて、それは外が晴れだろうが雨だろうが変わらなかった。それらは単純に記号でしかなくて、それ故にあの大きな学園の中はひどく狭くて小さな世界しかなかった。テーブルの上の論争がどんなにちっぽけで、楽しいけれどつまらなくて、無駄な余白が多くてうんざりしていた。

 でも、今なら余白が少しは分かる。魔術師が語る余白ではない、社会を営む「もの」の柔らかな、例えるなら靴に仕込む綿のような。それを尊いと思ったのはきっと間違いじゃない。


「あそこは答えを探すのに適した場所です。でもきっと、僕はもうあそこから答えを探すんじゃ足りない。この国で生きて、季節とか……人とか、そういうのの関わりで答えを探したい。きっと前よりも時間はかかるしうんざりすることも増えると思うし、面倒だなって思うことも増えます。でも、きっとそれを愛しいと思う」


「──、」


「僕、魔術が好きなんです。僕が魔術を愛してやまないように、ここでそういう探し方を愛しながら、生きてみたい。ル・ティーヴァでは確実にできない生き方です。それに、ミーネ様がいる国です」


 ちらりとそちらを見ると肝心のミーネは少し意外そうに目を瞬かせていた。何か近衛騎士からの視線に気付いたのだろうか、シランの後ろに目を見やって不思議そうに少し頭を傾けてみせる。自分の影響力をこの騎士はやっぱり理解していないみたいだから、ほんの少し教えることにした。


「こんなお人好しが副団長をやっていて、貴方みたいな魔女が一緒に見守っているんです。良い国に決まっているでしょう?」


 今度こそ静寂が訪れた。雫の音すら無い静けさの中で、魔女は少し考えるとシランの向こうに目線を向ける。


「お前達はどう見る?」


「我が騎士を見、学びを得てということならばこちらとしても僥倖です。──エドワルド」


「王弟としても同じく。シラン殿の知識も目を見張るものがありますから、ぜひ活かしてもらいたい。もちろん、魔術師としてできることも探しながら」


「……父上と叔父上がそのようにお考えなのであれば、このアリゼリアに否やの意見はございません。害をもたらす魔術師ならばお二人はもちろん、騎士団も見抜いているでしょうから」


「ミーネ副団長は?何かあるか?」


「身元は私が保証しましょう。尊さとはかけ離れたどこの誰とも知れない血を持ちますが、その方がシランも動きやすいでしょうから」


「……お前の見解が一番効くな、鹿の娘よ。お前の──いや、これは今は関係あるまい。……では、ル・ティーヴァの魔術師よ」


 ぼう、とシランの足元に魔法陣が現れて光り出す。眩しいほどの光の奔流に視界を眩ませながら、シランはもう何度目かも知れない背筋を正して、魔女を見た。

 こんなに凄まじく風が巻き上がっているのに、相変わらず魔女の顔は見えない。厳かな口調だけが朗々と辺りに響き渡る。


「お前の願い、叶えよう──お前が差し出した対価のままに。存在の全てを以て、この国で生きるが良い」


 最後に、ほんの僅かに──魔女が微笑んだのが、見えた気がした。次の瞬間、一際強く瞬いて、魔法陣と魔女は消えていた。

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