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まもののかどわかし  作者: toe
黎明エンドロール
69/76

14.力持つもの/red

 

「お久しぶりです。オルヴェンの魔女」


 怖くないと言った。そんなことはなかった。一気に跳ね上がった鼓動と干上がった口が、シランの吐く言葉を掠れさせる。

 後ろで衣擦れの音がして、見れば王族も近衛騎士も膝をついて首を垂れている。ちらり、ミーネを見ると彼女も膝をついていた。視線に気づいたのか、垂れた首をふと上げると、相変わらず穏やかな光を灯した鳶色の瞳でシランを見る。頷きあって、深呼吸をした。魔女に向き直る。


「一介の魔術師として取引をしに来ました。けど、その前に確認したいことがあります」


「許そう」


「ミーネ様にかけられた呪いは、御伽噺の模造品だった。貴方は最初からそれを知っていて、だから僕に対処させることを許した。けれど、いくら魔女ともいえどこの世に起きる全ての事象を理解しているとは思えない。特に「まもののかどわかし」の舞台はル・ティーヴァの湖と言われています。オルヴェンの魔女が隣国の伝承の仔細まで把握するのは、力を持つものの越権行為になります」


 ル・ティーヴァの湖にはまものが住んでいる。昔から語られていて、今もなお事実として君臨している存在だ。御伽噺に語られるような、全てを奪って、一つの命をあらゆる記憶から消してしまえるほどの。けれどそれほどの魔法を行使するには当然重い代償がいる。例えば、御伽噺になるほどの時間を置かないと発動できない、とか。

 正直魔女のことは分からない。けれどミーネの夢を聞いて分かったことがある。黒いまものと白いまもの。暗い森の中を進む夢。なにかと繋がったようだと言っていた、ミーネの感覚。


「オルヴェンの魔女はこの国を守るためなら容赦はしないと聞いています。けれど今回、貴方はあくまで手引きだけで直接的な関与はしなかった。模造品で、もっと言うならこの国の人間が正しく破れるものだと分かっていたからだ。なぜなら、貴方が、」


 おおん、と吹かないはずの風が吹いた。魔女を中心にして、水と風が吹き荒ぶ。一瞬はためいた拍子に引き結んだ魔女の口元が見えた。近衛騎士の誰かだろうか、ひ、と怯える声がした。シランだって怖い。怖いけれど、今は向き合わなくてはならない。


「貴方が、本物のまものの呪いを、誤った方法で破った「かつて人間だったもの」で、呪いの真贋を見極められたからだ」


 ──ビリ、と凄まじい怒りに空気がたわんで、シランの首を締め上げる。


 あたりに視線を巡らせても、膨大な魔力の流れしか感じることができない。けれど今見えない手が確かにシランの首にかかっていて、息苦しい程度に締め上げている。これは警告だと言うことはもちろんすぐにシランは思い至った。人形の首のように血すらも出さずにころんと頭が落ちるイメージだってできてしまう。


「──魔女様」


 けど、きっとそうはならない。魔女は魔女だ。まものとも人間とも魔術師とも違う存在。でも、きっと、その根本はまものに運命を翻弄されたことに怒りを覚えていて──


「シキミは貴方の事情を知らなかった。それでも貴方はオルヴェンの滞在を許した。僕にそうしてくれたように。貴方もまた力持つものだからだ。そして、まもののように理不尽じゃない。ただオルヴェンと共に生きる守護者だからだ。同じ轍を踏ませないために、貴方はこの国に留まり続けている」


 ──ふっと、風が止んだ。


 凄まじい奔流で渦を巻いていた水が静かに泉に降り注ぐ。首を締め上げていた魔力も解けて、急にしやすくなった息に何度かシランは咳き込んだ。今のでだいぶ精神的に消耗した。座って休みたいけれど、本題はここからだ。まだ、休めない。


「……確認とやらは終わったか」


「はい」


「では何を望み、何を支払う?」


 ──唐突にシランは理解した。


 魔女はおそらく、シランの望みを知っている。王族を揃えたのは、国同士の確執やそれに対する覚悟の強さを問うためだろう。今魔女が許しても国が許すとは限らないと、おそらく暗に告げている。ここにいる全員を説得できるかと、今自分は試されている。


 それでも、決めた覚悟が揺らがないだけの強さは、ここにいるわずかな期間で教えてもらったから。


「僕が──」


 朝焼けに輝く金の髪。捨てきれない情を抱えながら選んだ蒼い月。無茶苦茶なやり方で鳥籠を壊した鬼才。

 ……シキミが見込んだだけの時間で答えを出したのは、ちょっぴり悔しいけれど、それは置いておいて。


 シランは振り返る。王族と近衛騎士たちの厳しい視線があった。場を整えてくれたエドワルドさえ頬に力を入れて厳しい顔つきをしている。

 次にミーネを振り返った。すぐに目が合う。無表情を気取った奥に、優しく微笑む瞳を見た。

 そして、魔女に向き直る。彼女は静かに、シランの言葉の続きを待っている。


「──僕の一生をこの国に捧げます。だから、魔術師として、僕がオルヴェンで生きることを許してください」

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