13.彼はなぜ天才であり続けたか/red
お久しぶりです。答え合わせの章。
シラン・アヴァは基礎を極めた天才である。
妖精魔術はもとより、元素魔術から呪術まであらゆる分野の基礎を極め、理解し、いずれにおいてもトップクラスの成績を収めてきていた。他の追随を許さない、湖から与えられた唯一無二のメアリー・スー。ル・ティーヴァが誇る規格外の天才児。
彼が齢14歳の若さで、アヴァロンの称号を手にし、その才能を妬まれ潰されんとするほど高みに登り詰めていたのにはちゃんと理由がある。理由はいたってシンプルだ。
彼は、誰もが呆れるほどの努力の天才でもあったし、小さな綻びすら徹底的に調べ上げて論破する面倒極まりない天才だったのだから。
──遡ること数日前。ミーネから御伽噺についての相談を受けたあと。
「……これじゃないな、もっと古い文献が……。オルヴェンじゃなくて大陸史を調べるか?」
図書館塔の片隅、それも誰も来ないような歴史書棚の奥深くでシランは文献の山に埋もれていた。
胡座をかいて床に座る彼の周りには放射状に書物が積まれており、一部は座った彼の頭を超えている。膝の上にある質の悪い紙をまとめたノートは彼の書き込みによってすでに半分ほど文字で埋まっており、ところどころインクが滲んだり塗りつぶした後が見受けられた。
「『オルヴェンむかしばなし』……『オルヴェンとル・ティーヴァの歴史』……『どうして魔女はオルヴェンを守るのか』……」
加えて、彼が手にしている本も誰かが大昔に書いてそのまま適当にまとめられたような、著者も目次もぐちゃぐちゃな論文集である。しかもずいぶん古く、慎重に捲らないと紐から外れて落ちてしまいそうだ。紙が悪いのかインクも悪いのか、消えかけて読めないページだってある。
「あっ!?」
ぱら、と慎重に捲っていた矢先、一枚のページがついに紐から外れて落ちた。慌てて拾い上げる。どこのページで何についての論文だろうと慌てて目を通すと──シランは目を見開いた。
ピリ、脳髄を小さな煌めきが迸って、散らばった思考が一斉に軸を作って回り出す。周り出す。取り出したペンを書いた文字が滲むのも、質の悪い紙に引っかかって穴が開くのも気にせず一心不乱に動かす。書くスペースがなくなれば捲るのも惜しくてページを引きちぎった。ペンの音は止まらず、思考は留まらず、時折力任せに紙を引きちぎる。
「ははっ……!なんだ、そういうことだったんだ……!」
シラン・アヴァは天才である。湖から与えられた、唯一無二のメアリー・スー。
彼の天才は、柔軟な思考と敷き詰めた基礎からできている。
──『湖の底に棲むのは何者か』
著者名も書かれていない古ぼけたそれは、論文とも言えやしない。著者もきっとそんなものの書き方を知らなかったし、おそらく備忘録程度にしか考えなかったのだろう。それが今、天才の手によって紐解かれていく。
さぁ、遺された記憶に息を吹き込む時が来た。
♢
「……目が赤いな」
「張り切りすぎまして」
「誰相手に?」
「王族の皆様と魔女です」
あれから、話はとんとん拍子に決まった──オルヴェン国内の動向など魔女には筒抜けらしく、エドワルドがシランの元へ来た時には魔女との謁見場所も日時も同席する人間も全て決まっていた。
謁見場所はいつか連れて行かれた城の地下の泉。日時は今日の早朝。同席するのはオズワルド国王陛下、エドワルド王弟殿下、アリゼリア王女殿下、彼らを守る近衛騎士と、シランの付き添いにミーネ。
そうそうたる顔ぶれにミーネが緊張するのではと一瞬シランは案じたが、すぐに首を振った。あのマイペースな副団長はどうせその場のプレッシャーなど気にせずにのほほんと見守るのだろう。今だってシランの目の赤さを気にしているだけで、後ろについてくる重々しい足音なんて気に求めていない。
自分はどうだろう、と胸に手を当てて鳴る鼓動を感じながらシランは自分に問う。魔女と会うのはシキミが消されて以来、2度目の邂逅だ。そっちは──うん、怖くない。同席する王族の方がよほど恐ろしい。エドワルドだけならば分かる──オズワルドもまぁ、分かる。姫殿下までくる理由が分からない。
とは言え肩越しに振り返る勇気もなくて、案内役の近衛騎士が地下へ降りる扉を開けるのをただ見ていることしかできなかった。
まだ早朝で暗い外から、また夜の中に潜るように地下の階段を降りていく。錆びついた剣のつか。以前より重苦しく感じる気配。遠くから聞こえる柔らかな泉の音が、轟々と音を立てているように感じた。
泉の前にたどり着く。次の瞬間水面が大きく波打って、どおと音を立てて水柱を作り上げた。それはぐるぐると円を描き、飛沫がぶわりと一度広がって、閉じた。
──魔女が立っていた。
それはまるで夜明け前。あるいは星の終わり。渦を巻く水の中央に、いつのまにか白い裾の濃紺のドレスを纏った黒髪の女が立っている。水の中に乱れる髪は表情を隠していて、そのかんばせをよくみる事はできない。後ろから何人かの息を呑む音が聞こえる。
「……待っていた。ル・ティーヴァの魔術師」
温度も色もない声で、オルヴェンの魔女はそう告げた。
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