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まもののかどわかし  作者: toe
黎明エンドロール
63/76

9.掛け違っても噛み合うということ/blue

 

「「そうじゃない」」


 ヴィオレッタの元を去ったアダンはその足で騎士団長の執務室に向かっていた。もちろん任務の完遂を報告するためである。執務室には待ち構えたようにエドの他にシランがいて、あれよあれよという間にヴィオレッタとの会話の全ても己の出した結論も白状して、その上でかけられた言葉がこれである。

 ちなみにエドは頭を抱えていたしシランは下唇を突き出して不機嫌丸出しの顔をしている。ちゃんと結論は出したのにどうしてそんな顔をされるのか、アダンにはいまいち分からない。


「僕何があってもあのお嬢様には同情しないと決めてたんですがこれは同情します」


「俺にも同情してくれ、仕事になるといい組み合わせなのに自分のことになるとこうなる部下を背負ってる」


「しました」


「……そんなにおかしいですか」


「合ってるし間違いじゃないがどうにも正しくないから頭を抱えてるんだ」


 アダン・シュヴァリエは最優の騎士だ。その評価はこの騒動の中においても揺るがない。いつだって「騎士」として正しく高潔に判断し、時には冷徹なまでに司令官として振る舞う──「シュヴァリエ(騎士)」の名に違うことなく。騎士としてであれば彼は優秀だ。


 ──ただ、私事に関すると相棒以上にポンコツになる。とりわけ、一等、共に駆け続けた金鹿が関わると鋭い刃は棍棒かと思うほど鈍くなるのだ。


 人はそれを心酔しているという。しかし、本人に自覚はない。


 とまあ頭を抱えた二人を不思議そうに見やりながらアダンはチラチラと落ち着かなさそうに時計を見ていた。窓の向こうはすでに夕暮れの橙に染まっていて訓練が終わったらしい騎士たちの気楽な笑い声が聞こえている。


「どうした?」


「いえ……このあと予定が、少し」


 言葉尻を濁しながら暗に下がってもいいかと問うと考え込んだ様子をエドが見せたから下がるに下がれない。すっかりこの場に馴染んだシランは呆れたようにため息を吐いていて、なんだかその仕草が自分よりことの次第とミーネとの距離感を分かっているようでチリ、とアダンの心がひりついた。


「ミーネと会うのか?」


「……団長、」


「悪いって言ってるわけじゃない。接近禁止も終わりだ。だが、……だからこそ確認させてくれ」


 やっと接近禁止が解けた相棒と堂々と会って何が悪い。いや、二人に言っていないだけでヴィオレッタに会う前にすでに会ってしまったけれど。


「それ、ミーネに言うのか?」


「どの話題ですか?」


「お前さんが結局どこに情を置いてるかって話題だよ」


 言うも何も彼女と相談して結果が出たとは言えない。死に場所はミーネで、帰る先はヴィオレッタ。アダンが心を傾けて、隣に立った時に恥ずかしくないように歩む指針はこの二人。今はもう帰り道は無くなってしまったからおそらく両親の元になるのだけれど──とりあえず曖昧に頷いておくとエドがまた苦虫を噛み潰したような顔をした。


「前提として、だ。俺はお前が誰をどう思ってるっていうのは問わない。ただ究極的な考えの一つとして、一つ、俺の問いを聞いていけ」


「何でしょうか」


「結婚したいのは、誰だ?」


 ──言葉に詰まった。


 ぱちり、瞬く。問いの意味を咀嚼するようにぱちぱち、瞬きを繰り返す。自分は次男坊だから結婚する必要はないとかそんな言葉が口から出かけて、脳裏を一筋の金色がよぎった。もちろんそれは花嫁姿ではないけれど、けれど、もし結婚をして、家族という形になるのなら、望む相手というのは、それは──


 ドン、と考えを断ち切るように思い切り胸を叩く。浅くなった呼吸に軽く咳き込むとアダンは思わずエドを睨む。


「考えたく、ないです。彼女の名誉のために」


 それは一人だけを示した拒絶の言葉だったけれど、正しく伝わったようだった。エドが首を振ってひらひら手を振って送り出す。だからアダンは即座に退室したし、その後の二人の会話が耳に留まることはなかった。


「結局アダンさんの情を向ける相手って……」


「言葉に出すと向こうの道が閉ざされる相手、だな。そんなの一人しかいない。だから最初からその道を考えないように閉ざして、死に場所なんて言い方をしたんだ」


「なんでそんな面倒くさいことしてるんです?」


「貴族と騎士ってお前さんが思っている以上に面倒さくて厄介なんだよ。シランも本格的にオルヴェンで生きていくなら考えておいた方がいいぞ。この国で生きていくってどういうことか、どれだけ面倒でどれだけ複雑で、」


 ちゃりちゃりとエドは鍵についた革で編まれた袋を弄ぶ。中身は先日やっと目を通して、頭を抱えて、飲み下したばかりの劇物だ。そして今名前を伏せられた人間の守る要でもある。


「でも結局その複雑さに助けられる。ル・ティーヴァのように討論で勝って終わりの世界じゃないぞ」


「……そうですね」


 遠くから激しい剣戟の音が聞こえてくる。どちらともなく見にいくかと腰を上げるまで部屋は静寂に包まれたままだった。

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