8.冷たい筺にて爪を立て/blue
お待たせしました。本年もよろしくお願いします!
「最後まで大変だったわね、シュヴァリエ副団長様?朝から晩まで私の尋問なんて、嬉しくてうっとりしてしまいそう」
囚人塔といえども、貴族の囚人ともなるとそれなりに快適さは保証される。領地を持っていた上に令嬢となればなおのことだ。とはいえ、冷たい石の床の上に分厚い絨毯を引いてそれなりの家具であつらえただけの部屋で、その上監視付きである。邸でのびのびと──少なくともここ数ヶ月自由に暗躍し──過ごしていたヴィオレッタには快適とはとてもいえないだろう。鉄格子越しにアダンと向き合っている今だって部屋の隅には監視を担当する騎士が控えている。
ほんの少しクマができたようだった。いつだって会うたびに光を集めて輝いていた肌の色はどこか褪せて渇いている。濡れたような黒髪はほんの少し煌めきにひびが入ったようだ。それでも顔と声に浮かべる不遜さは企みを暴かれた時のまま、あの時まで見せてこなかった獰猛さを携えている。油断したら喉元を食いちぎられてしまいそうだ、とアダンは思った。
「思ってもないことを言うのをやめろ、ヴィオレッタ」
「心から思っているわ?貴方と私二人きりだもの」
「……。罪状通達の時間だ。ヴィオレッタ、三百年の幽閉刑。お父上も同様の罰を受けている。リーズ家はこれにより後継者不在のため貴族藉から抹消し、領地はエドワルド・レガリア王弟公爵殿下が預かることとなった。これについては君達の異論は認められない」
「そう」
「数日中に君の身柄は幽閉塔へ移送される。それまでに支度を整えておくように。俺の尋問はこれで最後だ、あとはもう関わらない」
「……そう」
関わらない、と言った瞬間のヴィオレッタの笑みは怒りを抑えきれないと言った様子だった。まるで涼やかな顔の下に吹き出る炎を必死に押し込めているようだ。その目の奥にチリチリと燃えたぎるような感情を滾らせて地に落ちた令嬢はアダンを見据えている。
と、ここでアダンは右手を挙げた。それを合図に同席していた監視の騎士が音もなく立ち上がり席を外す。少し戸惑ったようにヴィオレッタが視線を動かして、それでも無表情を気取っているのをアダンは黙って見つめていた。パタン、と扉が閉まる。
「……なんのつもり?」
「最後に幼馴染同士の会話をさせて欲しいって近衛に頼んだんだよ。五分だけもらった。……時間がないから本題に入るぞ」
ほんの少し重心を前に倒して指を組む。はぁ、と吐いた息は重く沈み込んでいた。それでもこれをヴィオレッタにアダンは伝えなければならない。相棒と向き合って見つけ出した己の答えを伝えなければならないのだと何度も自分に言い聞かせる。
「俺はミーネに恋をしていないよ」
「……はぁ?」
「ここにくる前にミーネと話した。ヴィオレッタが俺とミーネの関係を疑っていたことも話した。……でも、しっくりこなかった。そうしたらミーネが言ったんだ。恋愛感情云々は分からんが、弔ってもらうとしたら俺だと」
「あ、なた、何言ってるか分かってるの?!」
「分かってるよ。……俺は光栄だなって思った。それで、俺だったら誰に弔って欲しいか考えた。……ヴィオレッタ、君だった」
ヴィオレッタの顔から表情が抜け落ちた。あまりにも血腥いが、弔って欲しいは求婚に等しい台詞だと気づいたからだ。
アダンもミーネに言われてすぐは驚いたけれど、けれど自分と彼女にそんな感情がないのは身を以て思い知った。あれが一般的な貴族令嬢と恋に焦がれる騎士ならば詩人も驚きの求婚の文句である。けれど騎士同士になれば意味合いがガラリと変わる。
騎士はいつ死ぬか分からない職業だ。いくら平和な時代だとして、突然の命の断絶は可能性としてあちこちに転がっている──害獣の駆除然り、ならず者の捕縛然り、あるいは何か──国に危機が迫った時。相棒は自分がアダンより先に死ぬような言い方をしていたが、アダンは違う捉え方をしていた。確かに彼女は何かがあれば誰よりも先に飛び出して、先頭でハルバードを容赦なく振るう嵐と化すのだろう。けれど、その時は自分もその嵐と共に戦場を駆けるのだと決めている。そして、その断絶を共に迎えたいのだと。
けれど、もし、遺体が残って帰るのならば──帰り道の終着点はアダンにとってはヴィオレッタだった。
「聞こえないわ」
「何度でも言うさ。俺の弔いは君に頼みたかった」
「聞こえないわ!」
「聞こえるまで言う。そう言う信頼も感情もあったんだ、ヴィオレッタ。アダン・シュヴァリエはそういう我儘を君に対して持っていた!」
「……っ、やめて」
「こうなるまで気づかなかった俺も俺だ。けど、ヴィオラ、聡明な君だって気づけたんだ、だって俺は──」
「やめて」
「君が大事だった、君がお父上のことで悩んでいるのを一番近くで見ていたのは俺なんだから。それに共に走る者と守りたい者の距離感は違う。当たり前の話だったんだ」
「やめて!!」
「……間違えたのは俺と君だったんだ。もっと話し合うべきだった」
がん、と細い腕が鉄格子を揺らす。その音を聞きつけて飛び込んできた監視を手で制しながらアダンは真っ直ぐにヴィオレッタを見据えている。
「俺は君を──」
「聞きたくない!もう出ていって!監視のお前、何しているの!早くアダンを連れ出して!」
「──愛していたよ、俺なりに」
思い切り鉄格子を殴りつける音と、ヴィオレッタの悲鳴が響く。癇癪を起こしたヴィオレッタを鎮めるためにどっとメイドと監視が入ってきて、あっという間に監視塔の一室は満杯になった。監視に退出を促されて、アダンは素直に従う。
最後にちらりと見えたヴィオレッタの表情は後悔に塗れて、涙を流していた。
よろしければいいねや⭐︎評価、感想等お願いします!




