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まもののかどわかし  作者: toe
黎明エンドロール
61/76

7.初夏の若葉/blue

お待たせしました!

季節がゆっくり夏に移ろいゆく中で、アルバート・リーズとその娘ヴィオレッタの裁判はかつてないほど粛々と進み、あっという間に判決が出た。

両者、ともに三百年の幽閉刑。この結果を受けてリーズ家は取り潰しとなり、領地は一時王弟であるエドが預かることとなったらしい。それだけ今代、そして次代のリーズ家元当主は使い物にならないと貴族院は判断しあっという間に背を向けた。最後までアルバートは支離滅裂な言い訳を並べ立てていたと言う。一方でヴィオレッタはどこまでも潔く詳らかに父と立てていた計画を打ち明けた。その言葉の折々に、アダンとミーネへの憎しみを織り交ぜて。


アルバートへの罪状はすでに通達された。残るはヴィオレッタのみである。それがこの事件の総仕上げであり、これを伝えれば尋問のたびにちくちくとヴィオレッタに恨み言を言われることも、ミーネへの接近禁止も解かれて終わる。晴れて事件解決元通り、だと言うのに気が進まない理由は──


「こんなところにいた」


「……はぁ?」


仮眠にもならない仮眠をとった真昼の廊下。考え事か寝不足かずっしりとした足取りのアダンはその声に目が覚めた。廊下の壁に背を預けて気楽そうに待っていたのは長く金髪を揺らし鳶色の瞳をじいっとこちらに向けてくる──現在接近禁止令発令中の──相棒だった。


「……何をしてるんだミーネ」


「君からの接近禁止は出たけど私からは出てない。昼休みに会いに来るのは問題ないだろう」


「そういう抜け穴を突くなお前は。ったく、てっきり今日は爺さんに付き合うのかと……」


「マスクウェルさ…翁と?朝面会はしたがそれきりだ。翁は高齢だし私は仕事があったから面会は一時間で終わった。次は屋敷に行って過ごすよ。……あぁ、一度お叱りを受けたな、正式な場では様ではなく翁を使えと……副団長になったならそこはしっかりしろと」


──相棒の特異さを今ほど思い知ったことはない。


親しくなれば貴族でも平民でも付き合えてしまう軽やかさも、家に招かれてあっさり乗ってくる気楽さも、付け焼き刃のマナーでもどうにか対処してしまえるところも。

アダンは正直祖父は苦手だ。おそらく父も、貴族院の人間も、耄碌したようで未だ鋭い眼光を持つマスクウェルを相手にしたくないと思っている。けれど、目の前の相棒はそんな爺と相対して一度のお叱り以外はのんびり歓談していた上に屋敷に招待されていたと言う。


この怖いもの知らずが誰よりも頼もしくて好ましかった。けれど急に、目の前の相棒が遠くなった気がして咄嗟にアダンはミーネの肩を掴む。さして気にも留めていないのか、一度鳶色の瞳がアダンの手を見てまた顔に戻る。


「どうした?」


「……このことは、騎士として他言無用で頼みたい」


「了解した、それで内容は──」


「俺がお前に抱えるのは、恋愛感情か?」


おそらくここにシランがいたらド直球に聞くとかあんたの頭ちゃんと中身詰まってます?と散々なじられたに違いない。当然ミーネは目を丸くしてアダンを見ている。


「……それは……分からない。私は特にそのような視線を向けられていたと感じたことはないけど……何か言われたのか?」


「俺がお前に恋慕しているように見えると、言われた。……けれど未だに分からない。これは恋慕なのかと問われてもいまいち腑に落ちない」


「その様子だとヴィオレッタが何か言ったかな。……私は……君を相棒だと思ってきたし、憧憬の対象であると自覚はしているが……」


「俺も同じだ。……いや、……、共にありたいと、思う。この国を守る双璧として、互いに剣と背中を預け合うものとして。……何度でもお前と朝焼けを見たいと思う、思っている」


「……うん、私もそんな感じだけれど……ヴィオレッタは納得しないだろう。それでその顔色か」


ぽんぽん、と体に置いた手を慰めるように叩かれて、みっともなくアダンは泣きたくなった。空いているもう片方の手で乱雑に頭を掻きむしるとふ、と苦笑した吐息が漏れたのを感じる。


「面白がってないか」


「あのアダン・シュヴァリエがこんなことになっていると部下が知ったら卒倒するだろうと。……そうだな……」


ふい、とミーネの視線はアダンを外れて窓の外を向く。幸い昼日中であるから自室に戻ってくる人間はほとんどいない。下の廊下をメイドが囀るように笑って通る声や、休憩中だと言うのに鍛錬に余念がない新人騎士の気合いの入った掛け声以外静かな昼だった。ふと舞い込んだ風が短くなったミーネの横髪を揺らす。


「……私達は騎士だから。いくら平和な時代でも突然命を落とすこともあると思う」


「そう……だな」


「後進を育てる立場になって時々思う。騎士を退いたあとのことは私は思いもつかなくて、例えば結婚とか……マスクウェル様……翁のように隠居も想像つかない。……私の命は何かを守って断絶するのだと……そんな想像も何度か」


「……ミーネ、」


「その時は、アダンに弔って欲しいという欲目はある。遺産……と呼べるものはほとんどないがシランとエド団長に。なんだかそういう特別に君はいる。……でもこれは恋慕じゃなくて君個人に対する信頼なんだと思っている」


──君のそれも、もしかしたらそうじゃないかな。


凪いだ声が一つ、土砂降りの心に若葉を落とす。小石を叩きつけんばかりの雨粒にも負けず、くるくるその場を回っている。


──「だって貴方、あの騎士に恋しているもの。私のことを見ないくせに、貴方、あの騎士に夢中なんだもの!」


叩きつけるようなヴィオレッタの声が蘇る。もしこの心に投げ込まれた若葉に灯す感情がそうであるならば──


「……ヴィオレッタと話をしてくる」


「あぁ」


「終わって、戻ってきて、その時まだお前が稽古場にいたら、一戦交えてくれないか」


「君が途中でひっくり返って、誤って胴を叩き切るなんてことにならないならいいけど」


「俺が勝って締めるから安心しろ」


掴んだミーネの肩から手を離して、アダンが手をかざすとぱん、と手のひらを合わせる小気味いい音が鳴った。


覚悟は決まった。迷いは晴れた。通達を手にアダンはヴィオレッタが待つ囚人塔へ向かう。

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