23.天才魔術師と真相と金鹿
3話同時投稿です。3話目。
雨季の気配が近づいている。
短い春が瞬く間に過ぎ去るほとんどを、シランは騎士団の手伝いの傍らで治療に費やしていた。右目に埋め込まれた妖精は今も自分の体には馴染みきらず、ふと気を抜けば意識を乗っ取られてそのまま奈落に落ちそうな危うさがある。
おまけに眼球を破壊されたせいか視力を同時に失ったらしく、しょっちゅうあちこちに体をぶつけるようになった。その姿が周囲からはだいぶ危なっかしく見えるらしく、廊下を歩くだけで顔見知りになった騎士やメイドが付き添う始末である。それがなんとなく子供扱いされているようで気に入らない。シラン自身としては妖精を御するのも視力の回復も可能と見込んでいるのだけれど、どうやらそういうことではないらしかった。
加えて事件の真相もシランの不機嫌に拍車をかけていた。
「……アダンさんって本当に最低」
「おい、」
「痴情のもつれに巻き込まれるとか不幸すぎません?乗ったシキミもシキミですけどなんでそういう事故物件選ぶんですかね」
「事故って言うな」
「事故以外のなんなんですか。ミーネ様も良い迷惑ですよ。だからそう言う態度やめろって言ったんです。手遅れでしたけど」
「……すまん」
「僕に謝ってどうするんです?」
「逆にお前のその口はどうしたら止まってくれるんだ?もう何度目だよこの会話」
「何度だって言います。ミーネ様が起きるまでやります」
一連の事件は庶民出身の副団長を排除したいアルバート・リーズとミーネに嫉妬したヴィオレッタの暴走ということに落ち着いた。親子揃って何をしているのやら、ガルロット氏の優秀な血を彼らは継がなかったのか──等々散々に言われているようだがシランには関係がない。ただ自分の恩人の相棒がトラブルを持ち込んで命の危機まで陥らせるのであれば別である。
「……いい加減にしてくれ、お前以外にも散々言われてる」
「例えば?」
「……団長とミーネ隊の奴らとメイドと……」
「防衛院ほとんど敵に回してませんか、それ」
「ミーネに近づくなとも言われた」
「それ大正解だと思います」
若干サイズの合わない騎士服を着て、アダンについて回るシランの姿は一見新人の騎士のようだ。たまに裾を踏んづけて転ぶところまで新人騎士かと思った、と事情を知らぬ者に言われることも少なくない。実際あの事件以降妖精魔術も上手く使えずにいた──過剰反応する右目を抑えるために他の魔術を使わざるを得なかったためである。この時ほど自分の有能さに感謝したことはない。ミーネへの治療は形を変えて今も続けていられるのだから。
「やめてくれ、俺は、……」
「なんです?」
「……あいつが好きらしい。……好きなやつと引き離されるのは困る」
「自覚も殆どないくせに図太すぎませんかねぇ?」
「ぐっ」
ヴィオレッタに何を叩きつけられたか知らないが、アダンはミーネを意識することにしたらしい。が、周囲に言わせれば「やっと自覚をしたのかあの男は」という反応だったからそういうことなのだろう。エドに至っては「ペアを組む時必ずミーネと組みたがるしミーネが追いつくまで副団長はやらないと抜かしていた」と零していた。一番ミーネにとって危険なのはこの相棒じゃないのかとシランは正直思っている。
♢
雨が降っていた。本格的に始まった雨季がしっとりと空気を湿らせて、冷たさとぬるさをかき混ぜてくる。ぼんやりと回復し始めた視力は未だ元のようにはいかないが、一人で行動できるくらいには動けるようになった。元素魔術の応用で水差しの水に治療用の魔術を混ぜ込んだシランは慎重に廊下を歩いている。
「失礼しま──す……」
そうして潜った医務室の扉の先、部屋の奥へ歩みを進める。一番奥で眠る金鹿に、今日も見舞いを届けるために。
そうして、重力に従って螺旋を描きながら落ちる金色を見た。
手からつるりと水差しが落ちて、パリンと音を立てて割れる。
振り向いた鳶色の瞳が大きく見開かれるのを見る。爪先が冷たくなっていくのに、どんどん目頭は熱くなる。
「……騎士様?」
まだ顔は青い。顔の呪いの痕は消えない。けれどメイドたちが丹精込めて世話をした輝く金髪は衰えを知らず、長い眠りから覚めた姫のようにベッドからこぼれ落ちている。何より、鳶色の瞳がいつかの──記憶を取り戻した時のように明るく輝いている。
──気づけば足が濡れているのにも構わず飛びついていた。
一気にあの夜の記憶が蘇る。ここ最近頭を悩ませていたシキミのこともアダンのことも今は全部吹き飛んだ──騎士がミーネを取り戻して、呪いを打ち破って倒れた日に。シランが朝焼けを見出したあの朝に。
「……、し、らん、」
「起きた……!良かった……!あんた二ヶ月もずっと眠ってて、こ、このまま起きなかったら、僕どうしようって…!!」
「し、」
「い、いきなり倒れるし!足から血はダラダラ流れてくるし!足の皮は剥けたし!頭の傷は残るって言うし…!」
「ごめん」
「起きて、良かった……!!」
ミーネの重たそうに動く腕がしがみつく自分を抱きしめ返す。わあわあ泣いて、その泣き声を聞きつけてだんだん騒がしくなる医務室の中で、シランの変質した右目はきらきらと星を零していた。
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