24.天才魔術師と似たもの同士
同時に3話更新してます。1話目。
医務室とはもっと静かなものじゃなかったっけ?
未だ移動もままならず、医務室から出られないミーネの元に大量に運び込まれた書類の数々と法律書の山。それに囲まれながら今回の事件の報告書に目を通しているミーネの横顔は真剣そのもので、一度手を止めては法律書やら何やらを漁りまた報告書を開いている。
もっと異様だったのは彼女がそうして書類仕事をしているベッドの周りでがやがやと訓練上がりらしい騎士たちが集まっていることだった。耳を澄ませばどうやらミーネに戦い方の指南を頼んでいるらしく、いてもたってもいられなくなったシランは乱入することにする。
「そこまで!訓練の時間は終わりです!ミーネ様も仕事終わり!寝る!騎士様たちはお風呂!汗臭いです!」
「うわっ魔術師殿に見つかった!」
「あー、じゃあ副団長!今日はこれで!明日また教えてください!」
騒々しく部屋を出ていく騎士たちを気安い様子でミーネは見送ると息を吐いて枕にもたれかかった。こんな風に騎士に囲まれるのも彼女が目を覚まして復帰してから、毎日のように見る光景である。山のような見舞いの品といい、起きた途端の嵐といい、彼女は確かに人を惹きつけてやまないのだろう。
「助かった」
「もー、明日は騎士団は出禁にします。ランゼさんとマルガさんに医務室の前に立ってもらって」
「突破するのが難しそうな味方だね」
二人とも気が強くミーネと親しいメイドの名である。山と積まれた書類と法律書を片付けながら、ふとシランはミーネの方を見やった。
彼女が復帰して最初に読んだのがこの報告書である。当事者であるミーネには捜査権はないけれど、何が起きていたのかは知る権利があるとエドが渡してくれたのだった。彼女なら良いか、とシキミの手紙を渡したのも自分である。報告書に載っているアルバート・リーズの庶民嫌いもヴィオレッタの嫉妬も彼女は凪いだ瞳でそうか、と言っただけだった。なおアダンの気持ちに関しては本人の意向により伏せられている。
「……今更ですけど怒ったりしないんですね、ミーネ様」
「うん?」
「あのお貴族様たちのことです。特にヴィオレッタ。……アダンさんがふ、…‥一緒にいるのが不満でとかミーネ様を殺そうとするとか逆恨みもいいとこじゃないですか」
「まぁ……騎士が恨まれるのはそう珍しいことじゃない。それに一歩間違えたら私も同じになっていたかもしれないし」
「は?」
目の前の穏やかな騎士があの苛烈な令嬢と同じになっていたとはどういうことか。信じられない気持ちで思わずミーネを見つめると少し困ったように──それでいて懐かしむように目を閉じた。
「……私、入団してからずっとアダンが憧れだったんだ」
「はぁ?!」
ここでも痴情のもつれが、しかも相手は渦中のろくでなしかと思わず身構えるシランに気づかず、目を閉じたまま騎士は語る。静まり返った医務室の窓の向こうで、また雨が降り出す音がした。穏やかな鳶色をその瞼に隠したまま、少し照れ臭そうにミーネはまた口を開く。
「アダンだけじゃないけどね。ジャン……アダンの兄さんも憧れだったし団長も憧れだった。ただ一番アダンが近かっただけで……あいつがいなかったら私はここまで来れてないかもしれない」
「……それは、あんな風になりたい、みたいな?」
「あんな風になりたいみたいな。明るくて、人に慕われて、実力があって。入団した頃の私は暗かったし、痩せっぽちでいつだって訓練では居残りだった。でもアダンはよく一緒にいて励ましてくれた」
「……想像できません、痩せっぽちのミーネ様」
「こんなに背も高くなったしね。……まぁ、いつからかな、アダンの背を預かりたいと思うようになった。ジャンは早々と近衛騎士団に行っちゃったし、団長も届かない場所にいたけどアダンは……頑張れば追いつけそうなところにずっといてさ。変な話、目の前にニンジンぶら下げられたロバみたいなものだったんだ」
「それでなんでヴィオレッタと同じになるんですか」
「彼女も努力してた。アダンと並び立つために。私と彼女は努力している方向が違って、たまたま今回は私がアダンと並んだだけだ。……だから、……努力に裏切られたらそういう気持ちにもなるのかなって」
──そんなことはないと思う。
例えミーネが努力に裏切られても、隣に選ばれたのがヴィオレッタだったとしても──他の誰かが並んだとしても、きっと彼女は逆恨みをしないで淡々と騎士としての義務に殉じるだけだと思った。記憶がない間も人助けに奔走していた姿を見ているシランはそれをよく知っている。彼女の善良さは生まれついてのものなのだと。
けれど、今はそれは言わないことにした。きっとこの騎士には一生分からない。長く積み上げた努力が一瞬で崩れ落ちる絶望と、そのやるせなさも、誰かに当たりたい苦しさも。緩やかな痛みには敏感なくせに、身を焼き尽くす焔には疎い人だから。
「……それ、ヴィオレッタの耳に絶対入れないようにしないといけませんね」
「なんで?」
「また毛を逆立てて怒ります。脱獄するかも」
「それは困るな。仕事が増える」
確かに、とシランは笑う。その後他愛もない雑談は医官が面会は終わりです、と雷を落としに来るまで続いた。静かに雨が降りしきる静かな夜は続いていく。
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