17.最優の騎士と方位磁針
謎明けのターン!よろしくお願いします。
騎士服の懐から取り出した赤い方位磁針を模した宝石は、求めるものの方向を指し示すのだとシランは言っていた。加えて音と気配を頼りに黒く伸びる回廊をアダンは走り抜けていく。
──次の角を曲がって、左へ。そのあとはまた右に曲がって直進する。
くるくる回る針が示す方向を追いながら、アダンは次第に焦りを募らせていく。目的地と距離が縮まっている感覚はなく、回廊はただアダンの足音を反響するだけでそれ以上のヒントを示してはくれない。
これは賭けだった。自分とシランと団長しか知らない、誰にも漏らさなかった大きな賭け。シランが語っていた──ミーネの命は呪いに蝕まれていた時よりも、意識もなく眠り続けている今の方が危険だと。確かに彼女は金鹿の異名を持つ最強の騎士だけれど、どれほど斧を振るおうと力が強かろうと眠っていれば無防備だと。
たった一人を失うか否かは自分の足にかかっている。賭けに出るにあたって二の足を踏むアダンの背を押したのはシランとエドの言葉だった。
──それでもあんたは最優の騎士なんでしょう?
──ミーネの片割れならできるだろう?
まったく好き勝手言ってくれるものである。それでも、そうだと信じられたのなら──騎士として応えないわけには行かない。それは歴史あるシュヴァリエの名を持つ己のプライドと副団長の存在意義が許さない。
次の瞬間意識の網に追い求めた気配がかかる。躊躇いなくアダンは赤い宝石を握りつぶし──そうして真暗な回廊に「彼女」を引き摺り込んだ。驚いたように狼狽して、か細く息を呑むその様に心が引き裂かれるような悲しみを覚えるけれど、それをぐっと飲み下して冷静な騎士の仮面を被った。幸せだった時間は戻ることはなく、また犯した罪は消えることはない。アダンにできる最善は誰よりも冷酷に相手に向き合うことだった。だから、
「……驚くよな、急にこんなところに迷い込んだら。……けど、分かってるんだろう」
冷え冷えとした声が喉から溢れて空気を震わす。振り返った白いかんばせには驚愕に見開く両目が浮かんでいて、普段は見せない動揺が見てとれる。長い黒髪がさらりと流れて揺れた。
父に縛られぬ明日が欲しいと苦しんでいた令嬢、ヴィオレッタ・リーズがそこにいた。
「……アダン?」
「……」
「ど、どうしてここに?お父様を捕縛しに向かったのでしょう?それにここはどこ?あの魔術師さんは?」
「……ヴィオラ」
「こ、んなところで何しているの?こうしている間にお父様は逃げ出してしまうかもしれない……!あのシキミという人だって!放っておけば何をするか分からないわ……!」
「……ヴィオレッタ」
「ねぇアダン、お願い、私を守って……!貴方なら、幼馴染の貴方なら分かって──」
「ヴィオレッタ・リーズ嬢。……君には国立騎士団副団長の殺害を唆した容疑がかかっている。そして、殺害未遂も」
──歪な口元がひゅ、と音を立てて凍りついた。
必死に訴えるように胸元で手をぎゅっと握りしめて、ふらふらとアダンとの距離を詰めていたヴィオレッタの動きが止まる。はくはくと声にならない言葉を吐き出している様はまるで無実を主張しているようだ──普段の彼女の様子を鑑みても、真っ青になって震える様を見ても無実にしか見えない。
けれど、とアダンは目を閉じた。一度息を吐いて目を開く。恐る恐る伸ばされたヴィオレッタの腕を掴む。ごりりと掌に感じる硬い感触にまたはっとヴィオレッタが息を呑んで、腕を引こうとした──けれど、アダンは離さない。痕が付かないくらいの、けれどか弱い令嬢が振り解けない強さでその手に力を込めた。
「シキミ・ロンから預かった呪術道具だな」
「なん、の、こと、」
「君ならよく騎士団に出入りしているし、王城にもよく訪れる。ミーネを慕っていると告げれば潜り込むのも容易いだろう。一度失敗したから、父親と魔術師を身代わりに差し出して自分は被害者だという体を取った。騎士団の信用をもとより得ていて、それでいて助けを求めれば近づくのは簡単だ」
「……!」
「捜査で予測は立っていた。素手やただの騙し討ちではミーネに敵わない相手。回りくどい殺し方をしなければ命を奪えない相手。まぁ、ミーネの実力を考えれば大半の人間はここに該当するが……だから彼女に対して反意を持っている人間に絞り込んだ。そうまでして命を奪おうと執着する者で、かつ非常に賢く貴族として誇りを持っている者。……お父上では無理だ、なんせ感情的だからな。けれど君は違う」
「……」
「お祖父様譲りで冷静で観察眼に長けている。どう振る舞えば相手からどう見えるかを分かっている。君はリーズ卿を隠れ蓑にして事件を操っていた。そうだな?」
「……理由がありませんわ」
「……ミーネを恨んでいたんだろう。存在を消し去りたいほどに」
「理由がありません」
「……っ、ある。……君は、」
冷静さを取り戻したヴィオレッタの瞳が真っ直ぐにアダンを見つめて離さない。その視線から逃げるように目を伏せた──脳内でシランの言葉がリフレインする。アダン様は気を持たせすぎなんです、とかの天才は前置きしていた。
──羨望は妬みに、妬みは恨みに変わります。
「俺の隣に当たり前のように立っているミーネが、羨ましかったんだろう」
──貴方とご令嬢が幼馴染なら、それでいて後から出てきた出自不明の人間がずっと一緒にいるようになったら、自分の場所を取られたって感じるんじゃありませんか?
血を吐くような思いで口にした言葉に、ヴィオレッタが徐々に表情を歪めていくのを張り裂けそうなこころで見つめていた。
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