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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
40/76

16.逃亡領主と鬼才と利用

──知らない!知らない!知らない!あんな子供がこんなモノを造る魔術師だなんて!


──どう見たってただの子供でしかないのに!


転がるように迷宮を駆けるリーズ卿の足は止まることがない。止まったら死んでしまうという危機感に突き動かされて、恐怖にぶれる視界を抱えて走っている。あの少年の冷え切った目が脳裏にこびりついて離れない。四方八方から迫り来る壁に押しつぶされて、あのままぺしゃんこになって本当に殺されるかと思った。あの瞬間、獣越しに確かに自分にかかる圧力を感じていた──本当に恐ろしかったのだ。


不意にあの嘲るような笑い声が耳に届いて咄嗟に足を止めようとした──その勢いでつんのめって、もつれた足のまま勢いよく転がる。その勢いでボタンや靴が弾け飛んであちこちに散らばっていく。全身にズキズキとした痛みを抱えながら見上げると目の前ににたにたと笑う魔術師が立っていた。


「あーあ。いやあこんな風になっちゃうと旧家だか名家だか形無しですねえ。なっさけないったらありゃしない」


「あ……あぁ……き、さま、貴様ぁっ……!!」


「だーから言ったじゃないですかあ。シラン・アヴァはル・ティーヴァが誇る天才だって。なぁに勝手に見下して自分で自分追い込んでるんです?」


「何を言っているんだ、早く私を助けろ!!このままじゃ私があのガキに殺されるだろう!!」


「シランはそんな品のないことしませんってばあ。まぁ、アレです!アルバート・リーズ卿──今までありがとうございました!」


あっけらかんと告げられたその言葉にリーズ卿は目を見開く。目の前の魔術師は今何と言ったのだろう?まるで──まるで別れの挨拶のような言葉をあっさりと口にする。まさか、と震える声が喉から零れ出た。握っていたはずの主導権が伽藍洞だと──リーズ卿の脳裏を最悪のシナリオが積み上がっていく。縋るように伸ばした手すらひらりと避けられて、かつんと回廊に靴音が響いた。


「は……?」


「ついでに良い事を教えて差し上げましょう、リーズ卿。魔術師が一番得手とするのって相手を「使う」ことなんですよ。相手を掌の上で踊らせて、足元が覚束なくなったところで捨てる。……ですので感謝します!」


「はっ……きさっ、貴様、おい、まさか……!」


「私の目的はシランをこの国に引き摺り出す事。アカデミーの手が届かない場所で彼と一対一で競う事。リーズ卿が私を買ってくれたのは僥倖でした!だってアレを持ち出すのにもシランをアカデミーから出すのにもいい言い訳になったんですから」


「シキミ・ロン……!!」


「貴方はもう逃げられません。だって天才魔術師の迷路ですもの──出口はない。私が保証しましょう。貴方はもう行き止まり。いやあ、ここまで大変でした!」


「おい、待て──!!」


「じゃあ、サヨウナラ!」


次の瞬シキミの足元に赤黒く光る魔法陣が現れて周り出す。そして一際光を放つとその姿は掻き消えた。ぼう、と光の残滓がリーズ卿を嗤うように残って消えた。笑い声が遠く響く残響となって、一人の男を絶望に深く突き落として行った。


♢


目眩く色を変える道筋を、鬼才の魔術師は疾走する。強いていうなら今この迷宮は彼の思考回路そのものだ。彼が思った通りに道は現れて消えて、また再構築を繰り返す。この迷路に出口など存在しない──正解の道筋がそもそもないのだから。


──ドン!


「あっははははぁ!加えてコレだもんなあ!君の嫌がらせってほんっと最高だ!」


目の前で壁が生えて道を塞ぎ、回避せんと一瞬足を止めれば足元にぽっかり穴が開く。落ちまいと魔法陣で足場を作れば天井が追り下がって足場を逃げ道を奪うものだから、天井ごと爆破して空いた隙間に潜り込む。そうして這い出た上の階層にまた迷路が広がっていて、つややかな道が伸びている。


たった一つの行動でいくつもの選択肢を与えては、追い詰めて翻弄する天才の思考の海。純粋に迷路の壁で押し潰せば勝つ勝負を、相手の手札を使い切らせ屈服させるために先延ばしして惑わせる大迷宮。何度もアカデミーで向かい合った戦い方は、けれど何度相対しても勝つ方法を見つけることができない。


──ずっと、この競い合いが好きだった。


──ずっと続けていたかった。けれど叶わないと知ったから、ピリオドを打つことにした。


壁に魔術を埋め込みながらシキミはまた回廊をひた走る。上の階層によじ登る際に解けたらしい包帯がべろりと袖口からこぼれ出てはためくものだから、剥ぎ取った。傷だらけの両腕が露わになる。──血が足りないのか、少し、頭が痛い。


「……ああ、いいとも。遊ぼうよ、シラン。これがきっと最後だもの。……出し惜しみなんてしない。君相手に相応しい全力で迎え撃つよ。最後の最後で──君を負かす」


ぞぶぞぶと音を立てながら壁に埋め込んだ魔術を起点に獣が姿を現す。ゆらめく体毛、忌避感を持たせる瞳、全身から放たれる呪いの気配──呪術の鬼才は獣を従えてまた嗤う。


「さあ、そろそろ君は姿を見せてくれるかな?シラン・アヴァ。私が認めるル・ティーヴァの最高の魔術師として──決着をつけようか!」

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