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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
42/76

intermission:lost maze

2話投稿しております。よろしくお願いします。

一目見た時に思い知った。私はこの人を好きになると。

一目見た時に心に決めた。この人と共に在り続けると。


「上からジャン、アダン、レオン。歳が一番近いのはアダンかな……愚息達をよろしく頼むね、ヴィオレッタ嬢」


お祖父様はある名門一家と親しかった。その縁で知り合った三兄弟の、よく似通った顔立ちの──けれど、一番歳が近いと言われた少年の顔を思わずじっと見つめると照れたように微笑まれる。ころり、呆気なく恋に落ちたのだ。ロマンス小説よりも簡単に、けれど複雑な回路を持って。


彼が騎士団に入るまでいつだって一番近くにいたのは私だった。茶会や交流会に出席しても他の同年代の子供達はシュヴァリエの名前に気後れするばかりで、それでも気さくに話しかけるアダンから逃げ惑う始末だった。逃げられてしょんぼりと肩を落とすアダンの背をそっとさすって慰めるのが私の役目だった。それが誇らしいとすら感じていた。眩く輝く星がその時ばかりは私だけの掌に落ちて輝いているようで。少しずつ、少しずつ、冬終わりの氷が溶けるような速度で彼との距離を詰めて手を取った。一番近くにいるために。


「聞いてくれ、ヴィオラ!騎士団にすっごい奴が入ってきたんだ!」


なのに、彼が騎士団に入団すると世界は一変した。

王城の騎士団に入れば今までのように頻繁に会うことはできなくなると分かっていたから、手紙を書く約束を取り付けた。誰が自分以上に親しくなるか分からなかったから、少しでも私の存在を刻んで刷り込んで忘れられなくなるように。こまめに書いた手紙は出せば出した分だけ丁寧な返事が返ってきて、彼の心は私にあるのだと錯覚した。


そう、初めから全部錯覚だった。アダンは私のことを好いてるわけでもなければ将来を考えていたわけでもない。


「すっごいやつ……?」

「ミーネって言うんだけど、すっごいんだよ。俺より歳下でこんなに小さいのに体力もあるし力もあるし、この間の野営訓練でこの辺りは獣道だから避けたほうがいいとか……それが当たるんだよ!」

「……そう」

「稽古も一緒にしたんだけど、今まで剣握ったことないんだって。でも俺がすっごい考えて攻撃してるのにパンパンって全部払っちゃうんだよなぁ」


こんなに、と身長を示した掌は私よりも小さい。名前の響きから女の子らしいという雰囲気を感じ取って思わず身を固くした。それでも嬉々として言葉を紡ぐアダンはそれに気づく様子もなく、きらきらと目を輝かせてここをこうして攻撃したのにあいつはこうやって防御してきたんだ、と語る。その紅潮した頬が「すごい」以外の意味を含んでいることにも気付いてしまった。私がアダンに向けるのと同じ色の光。星に焦がれて追いかける輝き。


ずしりと胃に大きな石が転がり落ちたようだった。


これが下心あってアダンに近づく不埒者ならどんなに良かっただろう。けれど社交界でもアダンの話からも、支援と称して騎士団に出入りするようになってからも彼女の悪い噂は聞かなかった。

貴族だろうと平民だろうと、誰に対しても手を差し伸べるお人好し。天性の肉体と揺るがない信念を持ち、実力でのし上がった努力家。礼儀作法は拙いが、それでも礼を尽くそうとしているのが見てとれる真摯さ。穏やかな陽射しのようにあたたかで、けれど鮮烈な刃を以て力を振るう金色の騎士。アダンの隣にいるために策略を巡らせていた自分が惨めに思えるほど、彼女は正面からアダンに向き合っていた。


それでも私は諦めなかった。正面から切り込むのが彼女なら私だって彼に釣り合う令嬢として名を上げていけば済む話だし、肝心のアダンが自身の感情に気付いていなかったからだ。

話を聞けば彼女は天涯孤独で家族もいないし、後見人もいないらしい。対して私は貴族籍を持っているし、本人の意思がなくたって婚約者にと推挙すれば彼だってきっと振り向いてくれる。綺麗になったなと微笑まれたのだって記憶に新しい。社交界での処世術も観察眼も、領地を収めるための法律だって学んで、研鑽して、釣り合うのはシュヴァリエ家だと私の価値を高めていく。アダンが彼女への想いに気づく前に私が目に映るように仕向けて、そしてやっと手が届くはずだったのに。


決定的な出来事が、アダンと彼女の副団長の就任だった。

二人が並んで立つ姿を見た。誇らしげに顔を向け合って笑う姿を見た。アダンが対になる相棒として彼女を推薦したのだと他の騎士が話すのを聞いた。


私が彼の隣にありたいと思うのと同じ速度で、彼は彼女の隣にありたいと望んだのだと思い知った。自覚もないままに彼が手を伸ばして掴んだことを知ってしまった。


「俺の隣に当たり前のように立っているミーネが、羨ましかったんだろう」


苦しそうな顔をしてそう私に語りかけるアダンの様子は問いかけの内容とは裏腹に戸惑っているようで、きっと誰かに吹き込まれたんだろうと容易に察しがついた。この状況になっても自分の感情にも私の想いにも気づかない鈍感さに腹立たしさを覚える。


そう、羨ましかった。貴方に選ばれた彼女が羨ましくて妬ましくてたまらなかった。


「……そうよ」


淑女の仮面が外れた声が喉の奥から転がり落ちる。言ってはいけないと理性が警鐘を鳴らすのに、苛立った感情は口をついで目が覚めるような熱を彼にぶちまける。


「だって貴方、あの騎士に恋しているもの。私のことを見ないくせに、貴方、あの騎士に夢中なんだもの!」


アダンの腕からふっと力が抜けて勢いのまま私は腕を振り解く。回廊に響く声がまるで処刑台の鐘の音のようだった。

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