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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
43/76

18.天才魔術師と掌の上

最後痛いシーンがあります。

五手先を読んで手を打って、望む展開に引き寄せる。そういう意味ではヴィオレッタ・リーズの思考はシランには手に取るように分かった──自分と同じ回りくどいやり方を選んで追い求めるタイプの探究者。相手の手の内を知り尽くして、その上で特定のカードしか切ることができないように誘導する猟犬のような性格。性格が悪いとシランは思う。彼のライバルが自分をそう揶揄するように。


「……間に合ったってことか」


迷路の面積が広がったのを感じ取って、アダンとヴィオレッタが接触したことを知る。次に肌を侵蝕する寒気を感じてシキミが迷路に魔術を埋め込んだことを読み取った。


ヴィオレッタに最初に疑念を抱いたのはただ「ル・ティーヴァのシラン」と名乗った自分を魔術師と呼んだ時だった──魔術師の戦場はテーブルの上と思考の中である。ほんの少しの呼吸の乱れも、僅かに瞳孔の動きも見定めて、彼女を罠にかけることを提案した。彼女のばら撒いていた小さな嘘の数々に騎士団も気づいていたのは正直驚いたけれど。

早朝にヴィオレッタが王城に駆け込んできた時から作戦は始まっていた──ミーネにかけていた結界をあえて解いていたのも、オリドを騎士としてではなく医務室の医官として置いたのも布石だった。疑いを逃れた彼女が勝利を確信して、自分の手でミーネを葬ると読んだために。


──きっとそれすらもシキミの掌の上だったのだろうけれど。


魔術師は狡猾で手段を選ばない、裏切りを常とする生き物だ。自身の成果のためなら成果を奪い合い、存在すらも消し去ることを厭わない。共に歩んだ研究者や雇った雇用主だってそれは同じ。当人であるシランはそれをよく知っている。


のぺりと壁から這い出てくる獣を散らすほどの勢いの流星で貫いて壁に縫い止め、押し潰す。まるでパズルが整列するかのようにシランの前に道は開かれ、壁の中を這いずり回って襲いかかる獣を迷路を操って圧殺する。地の利を奪われた魔術師にほとんど勝機なんてないはずなのに、奪われた上でその上を自由に泳いで刺客を放ってくるのがたまらない。シキミのこういう論理が通じないところが厭で憧れだった。


だからこそ分からない。純粋に魔術で踊るのが好きだったシキミが貴族を一家丸ごと巻き込んで、騎士殺しに手を染めた理由が。最終的には全て裏切って投げ捨てるくせに、魔女と契約してまでオルヴェンに入国した理由が。オルヴェンを守る魔女は、自分が守護する民が殺されると分かっていて魔術師を容易に通したりしない。逆に言えば通さざるを得ないほどの対価をシキミは差し出したということになる。


「……まぁ、いいか。直接聞けば。そのためにわざわざこんなものまで作ったんですし」


ふとそう呟いてシランは足を止めた。その瞬間四方八方から襲いかかる獣の嵐を網ほど細かな星座の目で細切れにして瞬殺する。軽やかな笑い声に指先で摘んだ宝石を宙に放った──巨大な星座を描いてゆっくりとシランの周りを回る宝石に、心の底から楽しそうな笑い声が響く。


「やっぱ君って最高だ、シラン!相変わらず性格悪いんじゃないか?」


「あんたに言われたくないです、シキミ。こんなところまで来て何してるんですか?」


そうして、最高位の魔術師は一年ぶりに邂逅した。


「何って君との競い合いだよ。ほら、アカデミーじゃ邪魔が入るだろう?」


「見れば分かります。なんでこんな他所の国まで来て回りくどいことしてこんなことしてるんだって聞いてるんです」


「アカデミーじゃ邪魔が入るからな!アヴァロン同士の競い合いはどうのこうのって。うるさいよなぁ、私と君のことなんだからほっといてくれって感じじゃないかぁ?」


「……あんたって勝ち負けにこだわる性格でしたっけ」


床を赤黒い魔法陣が這っている。自分の周りを光る宝石が巡っている。互いの呼吸と思考を微かな胸の動きと指先で読み合いながら、魔術師たちは言葉の応酬を繰り返す。シキミの服の両袖が血で真っ赤に染まっているのに気がついた。よく見ると顔色も悪い。騒がしい口調はそのままだが、随分と疲弊している──今も指先から垂れ流す血が魔法陣を描き続けている。


「いやぁ?特には。でもほら、事情が事情でさぁ」


「事情?」


「ところでシラン、君ここの騎士と組んだんだろ?どうだった?私が組んだ貴族たちはなんかこう、君にも負けず劣らず性格最悪って感じだったんだが!」


「……アカデミーでの貶め合いが馬鹿馬鹿しくなるくらいには気持ちの良い人たちですよ」


「へぇ!良いなぁ、居心地が良かったってワケだ!……うん、僥倖僥倖──じゃあ、もう良いな」


「は?」


──パリン


満足気にシキミが笑った時、そんな軽い音がして世界がひび割れた。警戒なんて一瞬も怠っていなかった。なのに、なのに──


自身に張った結界をほんの瞬きの間に粉々にされた。薄い氷を爪先で割るほどの気楽さで。ついでに右目から迸る熱と痛みが吹き出して、天才魔術師は理解する。


──この一瞬で、自身の右目は破壊されたのだと。

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