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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
37/76

13.最優の騎士と急展開

事が動いたのは早朝だった。


真っ青な顔のヴィオレッタが王城の門が開門するなり騎士団に駆け込んできた──その頬には痛々しい傷がついており、滲み出た赤い血がこぼれ落ちている。

曰く、深夜に父の手の者から強襲を受けたとのことだった。どこから聞きつけたのか、騎士団に父の罪を告白したことを聞きつけたに違いない、一刻も早く捕縛してほしい。普段は冷静な彼女が話を通じ合わせる事が出来ないほどパニックに陥っているのを見て、アダンはすぐに対処するのを決めた。


シランにこれからリーズ家当主を捕縛に行くと伝えれば、覚悟が決まった表情で頷いていた。用意をしてきます、とまだ早朝の青い光の中を足早に駆け抜けていく──次々とアダン隊の隊員に指示を飛ばしながら、小部屋に通され震えているヴィオレッタの前に膝をついて彼女を見上げる。頬の傷は手当されていたが、すっかり憔悴したその様があまりにも物悲しげで消えてしまいそうだった。


「……一応聞いておく。リーズ卿が捕縛されれば君のこの先がどうなるかも分からない。それでもいいんだな?」


「……はい。……私は、私は父の監視などに縛られない、穏やかな明日が欲しいのです……!」


「分かった。待っていてくれ、ヴィオレッタ」


言い聞かせるように声に力を込めれば、震えながら令嬢は頷いた。お願いします、とアダンの手を握るその手のひらはゾッとするほど冷え切っていた。


♢


そうして準備ができたシランを連れて、リーズ領へ馬を飛ばしている。エドにこれから行ってきますと声をかければ目元の皺をぐにぐにと揉み解しながら団長は頷いて手を振った。

馬に乗り慣れていないというシランを自分の前に乗せて、アダンは先陣切って馬を駆る。朝の冷たい風が頬を切る中でふとアダンはシランに声をかけた。


「そういえばシキミのことは君に全部任せる、で良かったか?」


「はい。魔術師の相手をできるのは魔術師だけですし、何より──」


「アヴァロンの魔術師に対抗できるのはアヴァロンの魔術師だけ、だろ。……時間は稼げるか?」


「いくらでも。何か考えが?」


「……いいや、俺が欲しいだけだ。これでもリーズ家とは長い付き合いだからな」


脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。無邪気に笑う自分達兄弟と、緊張しながらも微笑むヴィオレッタ。それをあたたかく見守るアルバート卿と先代のガルロット氏。鮮やかな絵画のように息づいた記憶。どこから歯車が狂ったか分からないけれど、もう二度とあの時間は帰ってこないという悲しみが針のように胸をついた。

昨晩のエドの言葉がまた耳元でリフレインする。所詮は他人だと言い切る寂しい言葉。腹の底まで見透せないという教訓。貴族社会だというのはそういうものだと思い出させられた──ただ、この国の騎士団があまりにも明るすぎたのだ。特にミーネはいつだって腹の底を見せてくれていた気がする。いつだってまっすぐで、穏やかで、それでいて心の底から人が良くて──出発前に顔を見てくれば良かったとひっそりため息をついた。


「むしろあんたたちが僕らに時間をくれるんですね。一緒に逃げるかもしれないのに」


「君はもう逃げはしないだろ。ミーネに魅せられた者同士だ、裏切れないよな」


「魅せられてませんけどーー!?」


心外だというように叫ぶシランに思わずアダンは苦笑する。ちゃっかり準備ついでにミーネの顔を見て、オリドに入念な警備を依頼していたらしいとは他の隊員から聞いた。自分が捕縛の準備で走り回っている最中に会っているのが羨ましいが故の小さな意趣返しだ。


少しずつ太陽がその光を白くしていく頃。ようやっと街道を抜けてリーズ領の別邸へ辿り着くと険しい顔をしたリーズ卿が窓からじっとこちらを見下ろしていた。馬を降りて一礼をすると不機嫌そうな顔を隠さずに窓から離れて消えていく──とはいえ彼も貴族である。国立騎士団の訪問にすぐに扉を開けるだろう。


シランを見ると未だ馬に乗ったまま、その掌に何か握り込んで何かぶつぶつと唱えているようだった。手の中が不意に淡い光を放って、彼を中心に虹色の波が一瞬駆け抜ける。


「行けるか?」


「はい。……まず降ろしてください」


「馬も乗り降りできないのか……」


「仕方ないじゃないですか乗ったことないんですから!」


「じゃあ練習しておくんだな」


シランに手を差し伸べて降りるのを手伝えばぶすくれた表情で手を取られた。ぴょん、と地面に軽やかに降り立って、赤い瞳が邸を見上げる。その様子を横目に見ながらアダンは隊員を振り返った──今回はあくまでも顔見知りのアダンが説得する穏便な捕縛を目的としている。邸に入るのはアダンとシランだけで、他の騎士たちは外で待機することになっていた。最悪リーズ卿が逃げ出すことを考慮した布陣だった。


「お前たち、用意はいいな?」


「ハッ!」


「よし。行こうか、シラン殿」


「はい。……今度こそ、僕もあの人の役に立ちます」


気合を入れた様子のシランにふ、とアダンは微笑んで。そうして重い扉のノッカーを叩いたのだった。

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