14.最優の騎士とリーズ卿
「……驚いた。騎士団でも最優と謳われるアダン・シュヴァリエ殿がこのような僻地へ何のご用で?」
「仕事で貴方に会いに来ました。アルバート・リーズ卿」
貼り付けた笑みを浮かべながらアダンとシランを迎え入れたリーズ卿に案内された客間は、別邸とはいえ随分とがらんとしていた。頬を引き攣らせて怯えた様子のメイドが茶を運んできて、ソファにかける三人に配っていく。アダンはそっと視線を周囲に巡らせる──どの使用人も顔を俯けていて、纏う雰囲気は暗く重い。随分と年の行った執事の頬に黒いあざが浮かんでいるのに目を止めて、気づかれないようにアダンは息を吐いた。
隣に座ったシランは無表情でまっすぐにリーズ卿を、あるいはそれを通り越して何かを見つめている。もぞもぞと動かす指先にも気がついたがなにも言わない。
「……仕事、とは?」
「先日騎士団に起きた事件はご存知ですね?副団長であるミーネが襲われ記憶を奪われ、あまつさえ殺されかけた──例の不可解な事件です」
「あぁ、もちろん存じておりますとも。しかしそれで何故私のところへ?騎士団が今やるべきことは犯人探しはもちろんですが、新たな副団長の選出では?就任早々醜態を晒した小娘なぞに、」
「……貴方に彼女の殺害を画策した容疑がかかっています。ル・ティーヴァの魔術師と手を組んで。話を聞かせていただいても?」
嘲るような響きのリーズ卿の声を淡々と遮って、アダンは懐から取り出した書簡を机に開く。捜査命令書と書かれ騎士団長の署名が入ったその書類をさっとリーズ卿が取り上げると、いかにも信じられないというように芝居がかった仕草で顔を近づけて凝視する。顔色に変化はない。まるで予期していたような反応だ──いや、分かっていたのだろう。それでいて隠し通す自信があると見て取れる。
「ハ!なにを言い出すかと思えば!殿下も貴方もお疲れなのでは?ル・ティーヴァの魔術師など唾棄すべき存在です、そんな奴らと私が手を組むなんてとんでもない!ましてや騎士団を害するなど!」
「ではそのような事実はない、と」
「もちろんです。お望みとあればこの邸中を調べてもらって構いませんとも。なにも出て来やしませんがね。むしろその隣の子供にこそ疑いを向けた方がよろしいのでは?その装束はル・ティーヴァのものでしょう?」
ピクリと隣のシランが反応して腰を浮かしかけたのに気づいて、腕を伸ばして制止した。黙って座り直したシランの真っ白になるほど硬く握りしめた両手に彼の憤りを感じ取る。ぽいとテーブルに投げ捨てた捜査命令書は磨き上げられた表面を滑ってアダンの元まで戻って来た。その書類を懐に戻しながらアダンは声の震えを抑えながら口を開く。
「……邸全てを調べる必要はありません。リーズ卿なら分かっているはずだ。私がこの書簡を持ってここに来たということは、貴殿の関与に確信を持っていると」
「……笑えん冗談だな、シュヴァリエの次男坊が」
「貴方がこの邸にシキミ・ロンという女性を一月ほど前から住まわせていることを知っています。あとはリーズ領で不気味な獣が徘徊していること、ご令嬢に監視をつけていること。……ご令嬢が話してくれましたよ。先日呪いがうまくいかなかったと酷く暴れたそうですね?」
「……娘の戯言を信じると?」
「では何故貴殿の執事の顔にあざがあるのでしょうか。まさか日常的に暴力を振るっているとでも?……それもそれで貴殿には話を聞かねばなりませんね」
「……!」
背後の執事を振り返ったリーズ卿の顔が真っ赤に染まる様を見た。くわっと目を見開いた憤怒の表情に執事が必死に顔を俯けているが体の震えは止まらない。控えているメイドも、ドアの向こうで固唾を飲んで聞き耳を立てているだろう使用人たちも、この邸には恐怖が漂っている。
「……なるほど、確信があると。まぁ、そうだろうな。なんせあの魔術師もそんなことを言っていた」
「シキミ・ロンのことですね」
「はっ……ははははは!知っているなら話は早い!なぁシュヴァリエの次男坊!私についている魔術師は並大抵の魔術師じゃないってことを知っているか?──おい!出番だ!」
その瞬間部屋にごうと風が吹き荒れた。部屋中のそこかしこに魔法陣が出現して黒い獣が飛び出してくる──それらは一直線にシランに向かって襲いかかっていく。やはり、言葉では駄目だったかとアダンが剣のつかに手をかけた時だった。
パキ、と音を立てて獣が静止する。悲鳴をあげて身を屈めていた使用人たちが恐る恐る顔をあげてあっと叫ぶのを聞いていた。部屋中に舞った星座が獣の頭を貫いてゆっくり回り続けている──無表情にソファに座って、つまらなさそうに頬杖をついたシランが口を開く。彼の手には例の黒い石、のようなものが握られていた。
「……なんでこんなのにあんた従ってるんです?」
「な……?!お、まえ、何をした?」
「まぁいいや。直接聞きます。……“lost in the maze”」
シランの目にはリーズ卿は映っていない。真っ直ぐ前を見つめたまま彼の詠唱は黒い石をひび割れさせ──次の瞬間一同を暗い迷宮へ引き摺り込んでいた。
よろしければいいねや⭐︎評価、感想等お願いします!




