12.最優の騎士と他人の心
──騎士団長執務室。
月も中天に登ろうかと言う深夜。リーズ卿の捜査に勤しむエドとアダンを尋ねたのは盆に茶と夜食を持ったシランだった。意外、とまではいかないが時間帯的には予想外の来客に眠い目を瞬かせながら中へ通す。ここまでどうやってきたのかと問えば厨房で茶を淹れている時に騎士がやってきて案内役を買って出たらしかった。十中八九近衛から潜り込ませている監視だなと思いつつ、伝える必要もないだろうと二人は口を噤む。
「何の茶だ?」
「薬膳茶です。薬室から薬草を分けてもらって。疲労回復の薬効が高いのを調合しました」
「はは、シラン殿はなんでもできるな」
「天才ですので」
すっかりお決まりになった少年の返事に思わずアダンは笑う。張り詰めていた緊張が一気に緩んで、休憩にしようとどかりとエドがソファに腰掛けた。それを見たアダンも倣って座ると、エドが口にするよりも先に茶を口に含む。──毒は入っていなさそうだ。自分の様子をチラリと見たエドが茶で唇を湿らせた。すん、花をカップに近づけて匂いを嗅ぐ。薬膳茶という割には甘い香りがした。
「花のような香りがするな?」
「あ、セルジュの花ですね。クシャとアマリが入ってるんですがそのままだと苦いので、甘さと香り付けに」
「おー、飲みやすいな。この夜食は?」
「食堂の夜勤の料理人たちから。胃に優しいそうです」
「それは助かるな」
ほかほかと湯気を立てるスープは野菜が程よく溶けていて美味しそうだった。同じく毒味として先にスプーンで掬いながらアダンはそれを口に運ぶ。食べ慣れた食堂の味だった。夜に優しい、塩気の薄い野菜の味。作ってくれた料理人たちの気遣いと、それを運ぶことを選択してくれたシランの優しさに思わず目元が緩む。
「それで、どうしたんだ?」
夜食を食べ終わりほんの少し胃も膨らんで、眠気を誘う深夜の執務室にエドの声が響き渡る。問われた少年はぱちりと一度瞬きをしてからそっと目線を下に落とした。握り込んだ拳が食い込んで白くなっているのを見て、アダンはシランの分のカップに茶を注ぐ。あんたたち二人に持ってきたお茶なんですけど、とぶつくさ文句を言いながらシランはそれを一気に飲み干すと、大きなため息をついた。何かを決意するような息の吐き方だった。
「……分からなくなって」
「事件がか?」
「事件はもう答え出てるからいいんですけど。……シキミのことです」
「例の魔術師が?……そういえばアヴァロンの魔術師と聞いたが」
「まぁそうなんですけど、僕が気にしてるのはそこじゃないんですよね。……もっと個人的というか……、……僕では分からない分野というか……」
「分野?」
「……どんなに考えてもシキミがル・ティーヴァから抜け出して、リーズ卿に協力する理由が浮かばなくって」
ぽつり、小さな声が響く。それは論理をパズルのように組み立てて一部の隙もなく語る魔術師ではなく、ただの友達を想う少年の色をしていた。再び握り込んだ手のひらに、そういえば昼間ヴィオレッタから呪いを解いた時に何かを握り込んでいたことを思い出す。黒く澱んで艶めいた小さな石、のようなもの。おそらくシキミという魔術師の使う魔術のかけら。
「彼女はどういう人なんだ?魔……道具?の開発やらにしか興味がないと言っていたが」
「奇人ですね。感覚で魔術を使いこなす一種の天才ですよ──僕とは別系統の。基本を使わずに応用だけで術を行使できる変態です」
「つまり君の尊敬する相手なんだな。俺とミーネみたいな……肩を並べる相手ってとこか」
「アダン様とミーネ様の関係よく知らないんですけど……まあ多分そうです。加えて称号はもちろん、賞賛にも、人をどうにかするのも興味がなかったはずなんです。だからどんなに考えても、シキミはリーズ卿に……しかも自分の欲で人を殺そうとする人の手伝いをしようとするなんて、彼女の性格を鑑みると有り得なくて」
「金を積まれていたとかは……ないか」
「金じゃシキミは動きません」
悔い気味に否定するシランを落ち着かせるようにどうどう、とエドが宥める。そうだな、と顎に手を当てた。シランは両足を揃えた上に膝に手を置いて、前のめりの姿勢で待っている。
「……リーズ卿捕縛の時に君も行くんだろう。その時に直接聞けばいい」
「はあ?」
「こらこらそういきり立つな。……シラン殿、ついでにアダンも聞いておけ。どんなに親しい間柄でも所詮は他人だ。腹の底まで全て見透かすことなどできん」
釘を刺すようなエドの言葉に知らず、アダンは息を止める。脳裏に浮かんだ顔にけれど、と言い訳しようとして首を振った。ぐっと言葉をこらえて続きを待つ。
「相手の行動理由で考えても分からないことはもう直接聞くんだ。いいか、自分以外は自分じゃあないという意味では他人だ。……他人のことを何にも聞かずにこうだろうなんて決めつけるなよ。そうした果てにあるのは悲劇しか残らん。いいな?」
「心に刻みます」
「……じゃあそれまでこのモヤつきはどうすればいいんですか?」
「紙にでも書き出して厨房の薪にしてもらえ」
ぶすくれた様子のシランは不満げに頷く。ため息をついて天井を仰いだアダンは無性にミーネに会いたくなった。
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