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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
35/76

intermission:Hello, maze

──人は整然と並べられたものを美しいと感じるらしい。


──魔術師は魔術師を超えることに意味を見出すらしい。


例えば数字通りに並べられた魔導書。色の移り変わりを示すように陳列された妖精石。大きさの順に並べられた天球儀。いちいち文章のように長ったらしく、それでいて中身のないすかすかの魔術式。

例えば称号を首からぶら下げて肩で風を切って歩く思い上がり。必死に組み立てた魔術式を互いにぶち壊しあって笑う学会。審査と言って論文を盗み、自分の手柄のように語る老害。

整然としていること、即ち美しいこと。超越すること、即ち存在すること。馬鹿げた視点だと思った。呆れた価値観だと思った。何のために最高峰と謳われたこのアカデミーで、彼らは魔術を研究しているのだろう。権力に駆られて人の足を引っ張る魔術の研究なのだろうか。


入学してから予習で読んだ簡単な参考書は非常にシンプルですぐに自分は理解した。復習も兼ねて中級の参考書に手を出して視野が広がった。ワクワクしながら手に取った高等な魔導書は無駄に長く上に邪魔な術式も多くて中身が無い。一応読み切ったものの二度と読むことはないだろう。

感覚で理解できる基礎魔術。適正の多い魔術系統。あらゆる分野の魔術を理解し、卒業後は次々とシンプルで効果的な魔術式を発表し続けて先達や重鎮たちを黙らせた。その様を天才と囁かれ始めたのはいつだったか。

──気づけばどの魔術でも最先端をひた走る孤独な走者になっていた。


人は整然と並んだものが美しいと言う。なら、本が並ぶことすらない空の本棚は美しいと呼ばれるのだろうか。


♢


「……ないな」


「ん?」


その出会いは偶然だった。アカデミーの回廊にでかでかと魔法陣や魔導書を広げて床に座り込んでいた年上の魔術師。どうやら異なる魔術系統を組み合わせて新しい魔法陣の開発をしているようだが、上手くいっていないらしい。面倒そうに一瞥して避けていく魔術師たちを遠目に見ながら、しばらくその様を眺めていた。けれどあまりにも進捗も発想も独創的で、基本のきの字もなっていないものだから呆れたようにため息と言葉をこぼす。それをまさか拾われるとは思わなかった。


「何がないって?君私が何やってるのか分かってるのかい?」


「はぁ。呪術の応用でしょう?それ、その術式だと上手くいきませんよ。繋ぐなら元素魔術じゃなくて召喚術の方がいいと思います」


「は?」


「では。……ったぁ?!」


「待て待て待て待て君例の天才だな?ちょうどいい!分かるなら助言を貰いたい!あっそのあたりのボツになった魔法陣好きなのあげるよ!」


「子供の落書きより無価値なので要りません」


「あ、これあげる!で、召喚術に繋げるとしたらここか?こっちか?」


「ぜんっぜん違う!そもそも基本がなってないんですよ貴方は!」


「なんだってーーーー?!」


去ろうとした自分の腰にガッチリしがみついて、目を輝かせる栗色の髪の眼鏡の女性。回廊でぎゃあぎゃあ喚く自分たちを通行人は薄気味悪そうな目で、或いはついに出会ってしまったと真っ青な顔で通り過ぎていく。

後になって彼女がアカデミーでも有名な奇人で鬼才と呼ばれたシキミだということを知った。


「なぁ、この式はどう思う?」


「欠陥しかない。貴方本当にアカデミー出てるんです?!」


「出てるとも!五年前だが!」


「五年で習ったこと全部抜けるならもう一度入り直してきてください」


基礎魔術だけでも学び直してこいと言えば、授業は肌に合わなかったのだと笑う。その言葉は否定しなかった。整列したものは美しくないだろうと彼女は語る。同じ価値観を持った、魔術師の権力闘争も腹の探り合いをしなくて済む同胞。孤独な天才にとって失い難い出会いだった。


「君そういえばなんで呪術分かるんだ?」


「分かりますよ、天才ですので」


「タハー!私全然妖精魔術分かんないのにな!」


「理論も分かってないのに使いこなしてる人に言われたくないです」


同じ速さで研鑽を積む好敵手だった。同じ早さで新しい術式を編む仲間だった。あまりにも彼らが出会ってからの進歩が目覚ましすぎたのか、ついにアカデミーは二人に称号を与えた。最高位の魔術師、アヴァロンの称号。二人で分け合った名誉と栄光。首輪に見えていたそれも、二人ならつまらない壁を打ち破る光に見えた。


だっていうのに、称号を得た一年後にシキミは姿を消した。

その半年後にオルヴェンにいることを知って、捕縛するように送り込まれた。彼女に打ち勝てるたった一人の魔術師として。


「……こんなとこでこんなコトして、何考えてるんですか、あんた」


薄暗いランプの下、眠り続ける金鹿の顔を眺めながら手の中の昏い宝石を弄ぶ。手のひらの中で息づく呪術は慣れ親しんだ彼女のものだ。二人で研鑽を重ねた結果、鬼才の術式は自分が一目置くほどになっていた。随分良くなりましたよねとふとした折に告げれば、あんなにも大喜びしていたのに。


「……なんで、僕に何も言わないで、こんなコトしてるんですか」


呟きは宙に溶けて、夜は深度を増していく。

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