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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
31/66

8.天才魔術師と蝶と小瓶

──王城、とある一室。


「……かかった」


閉じていた赤い瞳をゆるりと開いて、シランは小さく呟いた。星座が滑る半球の結界の中、不意にバリンと一箇所に穴が開く。アダンの部下が固唾を呑んで見守る中、結界は次々と割れて粉々になって散っていった──けれどシランの口元に浮かんだ笑みは深まるばかりで、余裕な態度を崩さない。


彼の前に鎮座するテーブルにはオルヴェンの地図が広げられており、その上で一等大きな宝石の蝶がゆったりはばたきながら回っていた。シランがポツリと呪文を唱えると、蝶の姿はどろりと溶けて地図に突き立てるピンになる。リーズ領、別邸。淡々と宝石はそこを指し示した。


「これが魔術師か……!」


「なんでもミーネ副団長の帰還に一役買ったらしい」


「でん……団長が依頼をしたと聞いた時にはどうなるかと思ったが……」


ざわめく騎士たちを尻目にシランは窓に目線を向ける。次々と窓からシランの元へ戻ってきた蝶は彼に掌の上で魔術を解いて、元の屑宝石となって積もっていった。小袋いっぱいの宝石がすっからかんになって、ただの石となって小山を作っている。


あのあと。アダンに調査を依頼し昼食を終えたあと真っ先にしたのがオルヴェン中に魔術の蝶をばら撒くことだった。自身が追う魔術師──シキミがリーズ卿と手を組んでいるのが間違いないとしても、彼女の居場所を確実に把握しておきたいと思ったが故である。

彼女なら、反射で自分の魔術を破ることも分かっていた。反射で破った後に、シランの意図を読んでさらに撹乱してくることも予想していた。ここまでしてくれないと逆に困る。シキミが難敵だと騎士団に示せば示すほど、おそらく自分の行動にかかる制限も少なくなっていくからだ。


「……その、シラン殿。今の魔法は……」


「魔術です。……ざっくり言えばこの国のどこにミーネ様を襲った魔術師がいるか炙り出しました。移動する可能性ももちろんありますが、現状はリーズ卿の別邸にいます」


「卿は魔術師を一人逃したりはしないな。むしろあの性格なら自分を守れと強要して立て篭もりかねない。卿は一昨日の政務議会から登城していないから、今も一緒にいて出方を伺っているんだろう」


「アダン様」


不意にドアが開いて、途中まで話を聞いていたらしいアダンが顔を出した。未だ窓から飛来する蝶に少し驚いた顔をしながらシランに手招きする。頷いたシランが小山となった宝石をざらざらと小袋に仕舞い込む間に、アダンは残された騎士たちに次々と指示を出す。

そうして一礼してシランはその部屋を立ち去った──袋に入れる際に零れ落ちた宝石が、床で弾けて跡形もなくなって消えていくのに残された騎士たちが目を丸くしていたことは知らない。


「早いですね」


「まだ何も調べちゃいないさ。ただ卿の動向とヴィオレッタの動向をざっくり調べただけだ。卿はさっき言った通りだが、ヴィオレッタは一昨日から毎日登城してる。聞いた話じゃ城下の邸に滞在しているらしい」


「邸には一昨日から?」


「さぁ、そこまでは。まぁリーズ領からここは遠いから城下に滞在するのはおかしい話じゃない」


「……登城の理由は?」


「騎士団への援助と図書館通い。……行動自体は前からあったことだ、不審な点はない」


話して廊下を歩く間にも蝶はシランの元へ戻ってくる。それを見てすれ違うメイドや役人たちが驚いた顔で見つめていた──その視線をあえて無視しながらシランは首を傾げ顎に手を当てて考え込む。


「……じゃああの人はリーズ卿に監視されてるだけか……?」


「騎士団に変なことを言わないように?」


「まぁ可能性はなくはないですけど。ただあの人についてる魔術の気配が僅かすぎて判別ができないんですよねー」


「君でも出来ないのか」


「僕で出来なかったらル・ティーヴァの誰も出来ません」


最後の蝶が指先に止まって石になる。それをぽいと小袋に放り込みながらシランはアダンを見上げた。とりあえず、と一度足を止める。


「ミーネ様のお見舞いに行ってきていいですか。次の手を僕も考えるので」


「……ああ。……俺も顔を見ていくか……」


「アダン様お忙しくないんです?」


そんな風に、王城の午後は過ぎていく。



「……いや、なんだこれ」


アダンと共にミーネを見舞ったその後、夜。魔術をかけ忘れたと医務室に舞い戻ったシランが目にしたのはミーネのベッドの周りをメイドたちが小瓶を持ってやいやいと何かしている場面だった。

シランの声に気づいたメイドの一人がこちらを向く。


「あら、魔術師様!」


「お見舞い?ちょっとすいませんね、ちょっとだけミーネ様のお世話をさせてくださらない?」


「ちょうどいいわ、ねぇ魔術師様、どっちがミーネ様に似合うと思う?」


「はい?えっ、うわ、ちょっ、何の話ですか」


ぐいぐいと手を引かれメイドの輪の中に引き摺り込まれながら、シランはちらりと結界と小瓶を確認する。攻撃は受けていないし瓶の中身は毒ではないらしい──とりあえず安堵した先、独特の香りが鼻をくすぐった。甘ったるいものやつんと鼻に刺さるハーブの匂い。ここだけあらゆる香りが大渋滞である。

よくよく見ればメイドたちの持っている小瓶は少しずつラベルや瓶の形状が違う。一人のメイドがふふん、と胸を張った。


「これはね、髪につける香油よ!」


「髪につける香油」


おうむ返しにシランは言葉を繰り返す。金色の香油がランプに照らされちゃぷんと跳ねた。

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