7.鬼才魔術師と化かしあい
最後ちょっとだけ痛いです。
──オルヴェン国内、とある屋敷にて。
「今なんと言った?ル・ティーヴァの魔術師」
「遠目の魔術が妨害されてできませーん。その耳かっぽじってもう一回お伝えしましょうかぁ?」
青筋を立てて憤怒の表情を浮かべる壮年の男に対し、魔術師はからころと楽しげに笑ってみせる。金縁の眼鏡の奥で笑うその瞳は無邪気に相手を嘲笑っていて、それが一層男の憤怒に火をつけた。怒りに任せて手を振り上げたところで魔術師が深めた笑みに気づき、ぐっと拳を握る。魔術師がいなければ──魔術師の協力がなければこの目的は達成されないからだ。不興を買えば今度は自分たちに何が飛んでくるのか分からない。なんせ国立騎士団副団長をあと一歩で殺し損ねた人間だ。
「……妨害されているというのは向こうについたという魔術師のせいか?」
「おそらくそうでしょうね!彼以外に私の遠見を弾ける者はいませんから」
「フン、どうだかな。貴様、ル・ティーヴァの鬼才などと名乗っていたが実際は落ちこぼれではないのか?」
「あっはっは!私が落ちこぼれだったらオルヴェンは今頃滅ぼされてますねぇ!」
男の嫌味に心底楽しそうに手を叩いて魔術師は嗤う。その反応が腹立たしかったのか男の顔は赤を通り越して今や赤黒く染まっていた。ぶるぶると怒りに身を震わせて、開き切った瞳孔で魔術師を睨みつけるとやっと満足したのか彼女は笑いを止めた。くふ、くふ、とそれでも体を揺らしながらひらひらと部屋の中を歩き回る。燃え滓と焼けこげた魔法陣が散らばる、すっかり荒んだ──元は豪華だったろう一室を。
「それでぇ?次は何をご所望で?」
「……城のメイドや騎士を操ることは出来んのか」
「出来ますよぉ、でもやめた方がいいと思います。言ったでしょう、相手にしてるのはル・ティーヴァが誇る天才だって。お嬢様の監視にかけた魔術も今頃見破られてますってぇ、もー、何回言ったら分かるんですかねぇ」
「貴様はその天才と肩を並べていたと言っていただろう!」
「そうですよ?シラン・アヴァは私と同等の魔術師です。肩を並べてるってことは追い越せも追い抜かれもしないんですってばぁ」
「翻弄することは余裕だと大口を叩いていたのは貴様だろう!シキミ・ロン!」
「翻弄するだけならね。……っと、」
シキミと呼ばれた栗色の髪の女性は不意にすう、と表情を消して目を閉じる。直後パン、と屋外から破裂音がした──次いでバラバラと固いものが地面に落ちる音。シキミが指をくるりと回すと勝手に窓が開いて、先程破裂した──否、撃ち落とされたらしいモノが飛んでくる。宝石のようにキラキラと輝いて、けれど普通の宝石ではあり得ない形状をしたそれ。糸で編み上げたように繊細に作られたそれは蝶の形をしていた。
「……なんだ、それは」
「シランくんの探知魔術ですねー。相変わらず見事な魔術構成だこと。ここに的確に飛んできてるってことは結構向こうにバレてますよぉ?どうします、リーズ卿?」
「……!貴様そんなものを屋敷内に、」
「逆探知して撹乱しておいたのでご安心くださいな。で、どうします?」
銀が混じり始めた金髪の男がぐう、と口髭すら食い締めんばかりに歯噛みする。今にも地団駄を踏み出しそうな勢いでアルバート・リーズは床を睨みつけていた。血走った目が今にもポンと音を立てて飛び出しそうだ──そんなことを魔術師は呑気に考えているが口には出さない。
「……、………け、」
「なんです?」
「武器を……呪いとやらを研いでおけ。私たちを隠すことを忘れるな──次の策を考える」
「では、ご命令のままに」
大仰な仕草で礼をするとフンと大きく鼻を鳴らしてアルバート・リーズは去っていった。乱暴に閉じられた扉の向こう、怒声と花瓶が割れる音がする。先日騎士団の副団長が呪いを破ってからずっとこの調子だ──そのうち家中の花瓶を叩き割って、今度は家具にあたるのだろう。
やれやれ、とシキミは首を振って手の中の宝石を見た。粉々にされた蝶はその魔力のカケラも残さずにただ沈黙を以て煌めいている。
──不意には、と気がついた。
瞬時に手の中の宝石を再生成して、鋭利なナイフを形作ると思い切り手に突き立てる。迸る血が床を汚して、同時にそれが複数の魔法陣を展開した。開いた窓がバタバタと音を立ててはためいて、部屋中に風が巻き起こった。
「……あぁ、君はそういうやつだ。知ってたとも──ほんっと、君は性格が悪いよな。そして天才だ。オルヴェンでこんなコトやるなんて誰が想像できたって?!」
的確に飛んできたのは間違いがない。けれどあの少年はおそらくあえて国中に魔術の蝶を撒いて炙り出した──何もなければ帰ってくる蝶が、帰ってこない上に撹乱魔術を使われた。国中に広がった魔術の網に穴ができれば、そこにいる魔術師の存在は確固たるものになる。幾重にも張り巡らされた罠も思考も、シランはいつだってシキミの予想を凌駕する。これだから彼から目が離せない──彼を称賛して止まないのだ。
「さいっこうだよ、シラン。さぁ、全力を以て競争と行こうか!このコトは──まぁ、リーズ卿には内緒ってね!」
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