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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
29/76

6.天才魔術師と魔力の痕

「オルヴェンって意外と面倒くさい国なんですね」


「俺たちから見たらル・ティーヴァの方が得体が知れなくて面倒くさいけどな」


翌る日。副団長として執務をこなすアダンについて回りながら、シランは事件やオルヴェンの王城事情について話を聞いていた。

オルヴェンには政治を取り仕切る貴族院、騎士を司る防衛院、医療を司る医療院があるらしい。比較的目的と仕事内容が明確な後者二つとは違い、近年貴族院の腐敗が見てとれる。

幸いだったのは王や王弟の目が鋭い事、そして特に王弟が城内に多数の目を持つ事だった。貴族院が何かをやらかせば速攻で王族の耳に入り退場させられる──暴走しがちな権力によく首輪を付けたものである。エドワルドが騎士団長を兼任しているのはそこもあるらしい。


「ル・ティーヴァの方がシンプルです。実力社会ですから。優秀なら優秀なほど登れます」


「へぇ。能力が足りなかったら?」


「主に論文発表の場で蜂の巣ですね」


アダンが大袈裟に肩を振るわせた。そりゃあ恐ろしい、と続けるとふと立ち止まる。

王城から騎士団塔へと続く空中廊下──そこから見下ろす庭園に二人の女性が向かい合っている。十四、五ほどの小柄な少女にすっかり大人な女性が深く傅いていた。二人は何事か話しているようで、時々風に乗って柔らかな高い声が聞こえてくる。


「……あれがアリゼリア殿下だ」


「王様の一人娘でしたっけ。傅いてる方は?」


「ヴィオレッタ・リーズ。件のリーズ卿の娘だな」


アリゼリアの方は後ろ姿しか見えないがなるほど、白金の髪を可愛らしく結っているしドレスもなかなかの豪奢さだ。風にピンクのリボンがゆらゆらと揺れていた──白金色の髪は王族の特徴なのかも知れない。

対するヴィオレッタは俯いているので表情こそ見えないが気の強そうな顔をしていると思った。さらりと落ちる紫がかった黒髪はよく手入れされている。


「ああ、結婚相手がいない人」


「そういう言い方をするな……。縁談自体は多いんだよ、なんせあの美貌だからな。ヴィオレッタが片っ端から断ってるだけで」


「騎士団副団長ってそういう情報も押さえるんですか」


「俺は別だ。俺も一応貴族だからな」


挨拶は済んだらしい、アリゼリアが一礼して去っていく。ふうと息を吐いたヴィオレッタがふと上を見上げてこちらと目が合った。再び礼をした彼女に対しアダンは気安く片手を上げて応じる。ふわ、と安心したようにヴィオレッタが微笑んだ。


「……知り合い?」


「貴族同士だからな」


「ふぅん……貴族同士って良い言い訳ですね」


「情報収集にはうってつけだろ。俺もそれ目当てで任命されてることくらい理解してる。騎士らしい騎士はミーネが担ってるんだよ」


ヴィオレッタが去っていくのを見送りながら、シランは注意深く観察していた。気の強そうな顔と裏腹に落ち着いた振る舞い、落ち着いた所作。礼儀正しく控えめなその姿に、通り過ぎる貴族やメイドたちは花を愛でるかのような視線を向けているけれど──シランには違うものが見えていた。まるで香水のように魔力が纏われているのを感じている。監視なのかたまたま移ったのかはこの量では判別できないが、どうやらリーズ卿が一枚噛んでいるのは間違いがないらしい。


「じゃあアダン様は何してるんです?」


「基本的にはミーネと一緒。ただ事件の時やきな臭い時は真っ先に駆り出される──俺たちはエドワルド殿下の目だからな、実家の伝手もフルに使って情報収集と洗い出し。俺の隊の奴らはみんなそうだよ」


「普通の騎士団っていうか剣よりペン……」


「もともとそういう役割分担なんだ、代々」


「代々ねぇ……」


聞けば目の前のアダンは「最優の騎士」と呼ばれているらしい。色々な意味が詰まっていそうな最優だった。シンプルに騎士として他者に手を差し伸べるミーネとは確かに良いコンビなのかも知れない。それはそれとして今は自分の方が彼女の片樹を張れるとシランは思っている。口には出さないが。


「じゃあ、そんなアダン様に一つ情報収集をお願いしても良いですか?」


「なんだ急に……内容を聞いてから決めるぞ俺は」


「そんなに難しくないですよ」


すっかりヴィオレッタの姿が消えた頃、ようやっとシランは階下から目を離してアダンを見据えた。そのシランの表情に思うところがあったのか、思わずアダンが居住まいを正す。


「ヴィオレッタ・リーズ嬢について調査を。彼女の周囲で宝石や……あとはそうですね、急に狩りに興味を持ったとかそういうことを調べて欲しいです」


「令嬢の周りで宝石はいとも簡単に動くぞ……」


「それでも、」


あの魔力は見覚えがある。シランにはよく親しんだ──彼が追いかける相手の魔力だ。無関係であるわけがない。彼女は呪術に特化した奇才だからだ──その痕跡をわざと残しているなんて、これは調べろという彼女からの挑戦状に違いない。


「彼女はおそらく事件に関与しています。とにかく洗ってください」


勢いに押されるようにアダンが頷いた。静かな王城の午前は過ぎていく。

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