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まもののかどわかし  作者: toe
Goodbye, Maze
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5.天才魔術師と王弟の夜

──深夜、医務室にて。


シランはミーネの元を訪れていた。夜通し彼女を看病したいとあのあとエドワルドに願い出ればわざわざ医務室長に掛け合ってくれたのだ。王弟という身分は本当らしい。それにしたってオルヴェンの人間は変なところばかり伏せて話を進める性質がある気がした。やんごとなき立場にある人間なら前もって伝えておいてほしい。


呼吸が穏やかに続いている。上下する胸が一定の速さで動いている。顔色はランプの色でいまいちわからないけれど、朝見た時よりは随分と良くなっている気がした。掛け布団をめくって足を出す。早速手配してくれた屑宝石を一つ、手のひらに乗せて握り込む。魔力の込められた宝石はたちまち溶けて、手のひらから泉のように溢れ出した。ぽたぽたと落ちる雫が次々と包帯だらけの足に吸い込まれて淡く発光しては消えていく。


言うなればこれは薬の効能の増幅剤だ。薬では追いつかない治癒機能を高めてほんの少し強化するだけの──劇的に傷を癒すものではない。わざとそうしているのだとミーネが知った時どんな顔をするのだろうと少しだけ想像した──笑ってそうかとだけ返されそうだ。それで責められるならあの賊の根城でとっくに責められている。


「……騎士様、僕、もう少しあんたのお手伝いすることにしましたよ」


宝石を足に染み込ませきって布団を元に戻す。枕元の椅子に座って、深く眠るミーネにシランは語りかけていた。手のひらでもう一粒の屑宝石を扱いながら、ぴくりとも動かぬ瞼に言葉を続ける。


「あんたって言うか……もうあんただけの問題じゃなくなってて……結構大ごとなんですよ、これ。僕の知り合いが事件に関わって、お貴族様も絡んでるらしくて、それで騎士団が手伝ってくれって」


手のひらで宝石を溶かすと、シランはほんの少しミーネの頭を持ち上げた。緩んだ口元を指でこじ開けて、口の中に魔力を込めた宝石を流し込む。こちらは治療用ではなく、言うなれば食事代わりの栄養補給である。真名を持つ彼女に魔力を介した栄養補給がどれほど機能するかわからないけれど、やらないよりはやっておいたほうがいいだろうと判断した。医務室長曰く、傷の治りを早めるのは薬効と同時に栄養摂取が肝要らしい。


「僕、頑張ります。それで、毎日会いにきます。お手伝いがどんな状況だったとか、事件解決しそうとか、栄養補給とか、……だから、……騎士様、……ミーネ様」


飲ませ終わってそっと頭を元の位置に下ろす。彼女の周りを守る結界に今のところ攻撃された形跡は見受けられない。今夜はおそらく何事もなくすぎるだろう。


「早く元気になってくださいね」


意識のない彼女の唇が、ほんの少し笑んだ気がした。


♢


──王宮、書斎にて。


「良かったじゃないか、エドワルド。お前の部下、呪いを破ったことで箔がついたらしい──早速「呪い破りの金鹿」と名が通り始めている。貴族院も少しはおとなしくなるんじゃないか?」


「……兄上」


「ル・ティーヴァの魔術師も口説き落として連れてきたと言う報告も受けている。歳は十五も行かないんだったか?アリゼリアに会わせたら喜ぶんじゃないか、同じ年頃の子供にあれは随分飢えている」


「……。……オズワルド陛下」


暗い書斎をランプが照らす中、男二人がそこにいた。一人はエドワルド、もう一人は弟より幾らか長い白金の髪を一つに結って、くつくつと笑っている。本を取り出してぱらぱらとめくり、目当ての情報がなかったのか本棚に戻すを繰り返していた。嗜めるような響きの弟の言葉に陛下と呼ばれた男はまたくく、と笑い声をあげた。


「いいじゃないか。たまには兄弟水入らずのお喋りを楽しんでも。お前は昔から真面目すぎる」


「本題の後であれば喜んで。今は仕事の話をしています」


「言ったな?では酒を用意させよう。で、本題か。その魔術師をあの霊廟の泉に連れて行っていいか、だったな」


「……はい。ミーネが見込み、本人は自身が魔術師でミーネの味方であることを明言しています。信用できないのであれば制約で己を縛ってもいいと。……此度の事件についての協力も取り付けました」


「ふぅん?それが我が国に潜り込むネズミなら子供ながらにやり手だな、エドワルド。それでまたル・ティーヴァが攻め込んできたらお前はどう責任を取る?」


「……アダンと共に行動させることを条件づけています。何か不審な動きがあればアダン含め彼の隊が処分を下すでしょう。無論、最悪が起これば……私の首を賭けます」


「シュヴァリエの次男か。……いいだろう、あの血筋がひとときも目を離さないと言うなら認めようか。近衛の人間も調査に紛れ込ませておけ。少しでも怪しい動きがあれば首を落とすように命じろ」


その言葉にエドワルドはほ、と息を吐いて深々と礼をした。つまらなさそうに本を閉じたオズワルドがチリンと鈴を鳴らしてメイドを呼ぶと、酒の用意を言付ける。俺の部屋で飲もうかと促された兄について行きながら、月光が差し込む冷えた廊下を歩く。ひどく月が綺麗な夜だった。

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