27 bound 境界 -ありがとう-
聖カタストレ・カコー大聖堂。
ウレイアは言った…ここは魔女狩りで犠牲になった亡者達の魂が囚われている魔窟なんだと……
だったら教会をひとつ壊す度に幾つかの魂は救われるのだろうか?大切な人の待つ天上界におくってあげることが出来るのだろうか?
救いの光りを求めて天を仰ぐ魂にとってステンドグラスの極彩色は、天上界への道を隠す目眩しのように煌めいていた。月あかりにまとう光の粒を3人に降らせながら……
ウレイアの気迫を受けてテーミスはたじろぐどころか嬉々としてうっとりと呟いた。
「ああ…うふふ…やっぱり…っ!」
チャリ……
テーミスの言葉に混じって何かが聞こえた…それは……
彼女が一歩退いて何かを跨いだ瞬間、銀白のローブから飛び出した何かがウレイアを狙う!
(!?、速いっ!)
しかしっ、ウレイアは真っ直ぐに向かって来るものをひねって躱すと『それ』を凝視した。
(これはっ、細い鎖っ!)
しかも長い!まだテーミスとの距離は10メートルは有にある。それでもウレイアを通り過ぎ、尚も伸びている。
(鋼糸よりもはるかに重い鎖をこの長さで?しかも…)
鎖の先がひるがえってウレイアの背後を通り過ぎすぎた時、その先端には10センチ程の槍先が見えたっ。
(まずいっ)
ウレイアは凄まじいスピードで締まっていく鎖の輪に囲まれた!大きく逃げるにはもはや時間が足りない。
やむなくウレイアは鎖に捉われる。筋力を最大に使っても鎖は切れそうに無い。トリィアからすれば気がついた時には鎖がウレイアに巻きついていた。
(お姉様っ!?)
「この鎖は、私とエキドナの得物の合作といったところね?」
「ごめんなさい…こんな無粋なもの……でもエキドナ……?そうなの…?あなたがここに来てくれたのは……彼女のおかげなのね?彼女は本当に良く…私を手伝ってくれたの……もしかして彼女を殺したのもウレイア姉さん…?」
(やっぱり……やるわねエキドナ?)
やはりウレイア達の推測は当たっていた。エキドナは味方では無かった、おそらく敵でも無いだろう。しかしそれもまた正しい選択だ、恨み言など出てこなかった。
「エキドナが死んだ?そう……まあペラペラと良く喋るものだからハナから信用していなかったけれど…殺されたなら、それは私では無いわね」
「信用していなかった…?それでもここへ来てくれたの……?そうね…それ程の力を持っているウレイア姉さんに…怖いものなんか無いもの…ね?ふふ…あなたはやっぱり…諦められない……手足を落としても治るでしょう……?つかまえてからゆっくり…ゆっくり〝わたしとの絆を結びましょ?〟……えっ?!」
ウレイアの鋼糸がしなう!
攻撃力では鎖が優っても、しかし速さではウレイアの鋼糸の方が速いっ、距離は遠いが…ウレイアはテーミスのクビに鋼糸を叩きつけた!
ピシッ!
聞き慣れない鞭を叩きつけたような音が響いて、鋼糸はフードの付け根を僅かに斬り裂くにとどまった。
(んっ?!)
「その技はもう…見せてもらった………私のローブにはね…私の髪を編みこんでいるの……だから自由に強くできる…」
ウレイアはごくりと唾を飲み込んだ。
「あらまあ…気持ち悪い」
ただのローブでは無さそうだったが、まさか身体の一部を使った鎧だとは思わなかった。これもテーミスが考えたとは思えない、なかなか面白い発想だ。
しかしウレイアの鋼糸を見てからほんの僅かな時間で、ウレイア以上の攻撃力を得たようだ。そしてその鎧と、どれほど大きくできるのか分からない炎……しかし
教会を選んだ理由のひとつは、テーミスの炎を封じることができるだろうと予想してのことだが、それは思惑どおり、まあまあの結果を出している。聖堂の中ではテーミスも闇雲な攻撃はしてこない。
そして言葉による強制力。強がって見せてはいるが、実のところは耳に栓をしている。
これも簡単なことだ。テーミスの声を振動から拾えば会話も成立するし、直に耳に入れなければ思った通り効果もうすい。もちろんそれでも効果を完全に無効にすることはできないようだが……あとは気合いで乗り切れる。
(不安なのはトリィアをまた利用されることだけど、あのコちゃんと耳栓をしたかしら?)
はい、してません。いつでもできるように両手に握って身構えているが、トリィアはこの戦いの一部始終を見逃さず、聞き逃したく無かった。テーミスはウレイアに固執しているのか、それとも性格なのか、そこに考えが至らないようだがウレイアを制御したいのなら最も有効な弱点に違いなかった。
なににせよ、『線』で斬ることができないのなら、『点』でお腹を刺し貫いて臓腑を斬り裂くしかない。
「ウレイア…大人しく〝私の言葉を受け入れて〟…トリー…いいえ、トリィアも一緒にしてあげる…から」
まだ余裕のある鎖の先が舐めるようにウレイアを睨んでいる。ヘビと自称していたエキドナが悔しがる顔が浮かんだ。
「テーミス、私とのわだかまりを無くしたいなら、あなたは死ぬしかない」
「な……なんで…そんなに私を憎むの……?」
「ふう…」
ウレイアも今となっては苦しい笑いしか出てこない。
「あなたと初めて会った時はね、もしかしたら理解しあえるんじゃないかと思った………あなたのわがままを私がたしなめることさえ出来れば、あなたも救えるんじゃないかってね?」
「わたしを…救う?」
テーミスが不思議そうな顔をする。
「魔女と呼ばれる私達は人よりもずっと長い寿命を持ちながら、ほとんどは短命に終わるのよ…誰かに命を奪われてね。でも、そんな私達よりももっと短い生涯を終えてきたのがあなた達…『天使』と呼ばれるようになった者達……」
「天使?わたし…たち?」
「そう…何も聞かされてはいないのね?まあ、多くの場合……私達は人間に殺され、あなた達は魔女に殺されてきたのよ。『人』が『魔女』を殺し、『魔女』が『天使』を殺す……それが、もう何百年と続いている、互いを呪いあいながらね……」
「私は天使?だから…?だから私を憎むの?」
その質問にウレイアははっきりと首を振った。
「たしかにあなたのような『天使』を私達は厄災と呼んでいる。でも嫌になる程繰り返してきたそんな殺し合いを…私はもう、終わりにしたかった……それにあなたは、私達を姉妹と言ったでしょう?私達と共に国を創りたいとも言ってくれた」
その話しにテーミスの希望が募る。今、ウレイアが屈したフリをするだけでこの鎖は解かれただろう。
「言ったわ…だって本当のことだもの…だから一緒にいるべきでしょう?手伝ってくれるべきでしょう…?」
『強制』を忘れたテーミスの本当の言葉。それは『力』を使った言葉よりもずっとウレイアの心の奥に響いた。
「いいえ……」
「なぜ…?」
「あなたの歩む道が、滅びの道だからよ。あなたは『神の国』を諦めないでしょう?その夢を追い続けるかぎり、やはりあなたは『厄災』となる」
「?」
「悲しいけれど、だからあなたを葬らなければならなかった…はじめはね?」
「はじめ…は?」
だからウレイアもはじめは可能な限り、痛みや苦しみを与えないように、静かに送るつもりだった。
「私もそんなに…人のことは言えないけれど……あなたは人の痛みを知らなすぎる、人の痛みを省みようとしなさすぎる。あなたが自分のために利用したトリィアはね…私にとって一番大切なものなのよ……」
「!っ」
ウレイアの突然の言葉に驚いてトリィアは口をおさえた。
「そのトリィアをあなたは傷つけたっ…しかも最もしてはいけない方法でっ!」
「……?!」
「たしかにトリィアは今も生きている、でもね、正気で目覚めた時、あなたの目論見通りにこの娘は死んだのよっ。それを私は無理矢理この世に踏み留まらせた…………この娘はその死を乗り越えて今ここにいるっ、その意味と尊さがっあなたに理解できてっ?」
怒号を上げているわけではない。しかしウレイアの怒りが初めてテーミスをたじろがせる。
「私は個人的な怒りと恨みで今ここにいる。あなたが『天使』であることはもう関係ないのよ………これであなたが殺される理由が分かったでしょう?これは最も…人間臭い戦いよ?」
「あ……わたし…」
すぐにウレイアはテーミスの言葉をさえぎった。
「お願いよテーミス…今更悔やんだり謝ったりしないで頂戴。でも理由に納得してくれたのなら……さあ、殺し合いを再開しましょう?」
ウレイアはテーミスの鎖に囚われたまま、見栄を切った。
一旦はおののいていたテーミスは、うつむいたまま暗い空気を纏うと、『天使』には似つかわしく無い言葉を呟いた。
「トリィアが羨ましい…妬ましい…なんで?あなたがわたしに…何もくれないからっ?!」
!
瞬間的に鎖の先端が不規則に疾るっ…と、ずぐっとテーミスの槍先がウレイアの太腿に深々と突き刺さって骨までえぐった!
「!……っっ」
それでもウレイアは表情を変えず、微動だにせずテーミスを見据えている。むしろ顔をしかめて驚いたのはテーミスの方だ。
「?!、な、なぜ……?立っていられる痛みじゃ…ないはず…なのに……」
心が折れないなら膝を折らせたかった。しかしウレイアにはたとえ脚の腱を断たれたても膝をつくわけにはいかない絶対に譲れない『わけ』がある。
「テーミス…私というものはねっ、私が誇る師のいちばんの弟子であり…最愛で最高の弟子が仰ぐべき存在っ、たとえ誰の前であろうとも、折ってもよい膝など…私には無いのよ……」
((!!))
何ものよりも気高く、そして誇りに満ちたウレイアの微笑み、まるで想像していた神の尊顔を目にしたようにテーミスは見入り、この世界の素晴らしさと狭量であった己の心を思い知る。
そしてトリィアは詰まる胸を手で押さえた。
(おねえさま…)
膝をつく代わりにウレイアは、鎖に巻かれたまま祭壇の後ろへ飛び降りた。
(あと一歩、こっちへいらっしゃいっ)
ウレイアの体重で引かれたテーミスは耐えきれずに引きずられて前に出た。
パシッ!と乾いた炸裂音と共に石が破裂して、隠しきれないテーミスの足元に破片が突き刺さるっ。
「?!…いっ痛ーっ!」
たまらず崩れて手をつくと鎖の力がすっと無くなった。
その機を逃さず自由を取り戻したウレイアは、槍先を脚から抜くとテーミスの顔を狙って全力で投げつけるっ。
それと同時に血を引く脚もかまわずに石の祭壇を飛び越え鎖を追ってテーミスとの距離を詰めにかかった。
「え…!」
テーミスはすぐに自分の槍が目前に迫っていることに気づくが、ウレイアの本命は地を這うように鎖と一緒にテーミスを狙っている鋼糸の方だっ。
テーミスが顔をしかめながら力を込める!
「く…っ」
鎖は鼻先で直角に軌道を変えると、そのままウレイアの鋼糸を断ち切り床に刺さったっ。
(ん?見えていた?)
床を這うように高速で飛ぶ鋼糸を正確に槍先で捕らえるなど、高度な『監視』を使っても難しい。
ウレイアが武器としてこの鋼糸を選んだのは、まずかさばらないこと。相手を止めるパワーは無いが十分な殺傷力と特に見えづらいなどの理由があった。
(なら…)
距離を詰めたところで止まると、水晶のつぶをこれ見よがしにテーミスの足もとに放る。さっきの痛みを思い出したテーミスはびくっと小さな水晶に気を取られた。
その隙を狙って鋼糸がバネの様に丸まると、不規則な軌道を描きながらテーミスの顔を狙って弧を描きながら一気に伸びるっ。
テーミスはやや体を沈めてローブで足元を隠すと、バランスを崩されながらも首を横に反らして鋼糸を肩で受け止めて見せた。
(ふうん…)
まあ、今の石はただの囮だったのだが、石がウレイアの手を離れた瞬間にはそれが何なのか分かっているようだった。
(鋼糸の躱し方からしても…大分自分の時間を『延ばせる』ようね?)
「痛っ…い」
腰を落とした時に足の傷が痛んだのか、テーミスはがくっと膝をつきかけた。
ウレイアはその姿を見下ろして余裕を見せる。動かし続けたウレイアの脚の傷からは血が滴り続け、足元には小さな血溜まりを作っていた。
それを見てウレイアを見上げたテーミスは、歯を食いしばって立ち上がった。
そういう姿にウレイアは弱い…笑みがこぼれそうになるのをわざと茶化したフリをしてごまかそうとした。
「あら、かわいい…」
しかし、いや、ばれている。
テーミスは痛みを堪えて微笑みを返した。
そしてすかさず祭壇から離れたウレイアの周辺が熱を帯びるっ。
(!!)
ウレイアは横に走りベンチの間を抜けながら追ってくる炎の柱を躱し続ける。そしてペンダントの石をひとつ握ると空気を揺らして実像をぼかした。ゆらゆらと歪みながら正確なイメージと位置をごまかす効果がある。相手が戸惑って攻撃を躊躇してくれるだけで、十分隙を作れるのだ。
そして、しのぎを削るこの状況では『力』を偽装などに割いてはいられない。間隙をついて再び詰めると、用意していた石を放り鋼糸を突き刺すべく操る。
石と鋼糸を避けるためにテーミスでさえ『炎』を出せる余裕がなくなってくる。技を出そうとする間に致命的な隙を作ってしまうからだ。
同族同士の戦いでは、大概が互いの2、3手で勝負は着くはずなのだが、こうなると簡単には互いに決定打を決めることができない。
そのうちに技などの飛び道具のことさえ忘れて、結局は格闘戦に没頭していく。
躱し、石を投げ、
受け流し、鎖を飛ばすっ。
鋼糸を叩きつけ、すかし、
ひるがえって、また斬りつけるっ。
2人はどんどんと無駄な動きがそぎ落とされていき、躱すいとまも惜しんで血しぶきが舞うようになってきた。
たまにところどころで花火の様に火柱が上がり、たびたび血の花びらが散ってゆくっ。
そして……気がつけばテーミスの顔には笑みがこぼれていた。
(楽しい、楽しい、楽しい、楽しい…)
一瞬の出遅れで命を狩られる。しかしそれは、これまでの虚ろで希薄な人生からは想像も出来なかった『生の充足感』だった。
そんなテーミスと斬り交わし、正直に言えばウレイアも楽しみ、彼女のその姿に驚いていた。
(驚いたわテーミス、あなたがこんなに武闘派だったなんてね…でも……これではやはり不幸だわ)
おっとりとして荒事など経験したことも無いように見えていたのに、気持ちが昂るにつれて、テーミスの戦いには熟達者のような美しさまで感じる程になってきた。これはかなり訓練されていなければ出来ない芸当なのだが…ほんの一目でウレイアの体捌きを真似、ますます動きも良くなっていく。
そしてウレイアを見ながらも、何かを思いながら別のものを見つめているような、慈しむような表情を見せる。
そんな中で、昂ぶっていた2人とは違い、一番恐怖を感じていたのはトリィアだった。
(こんなの…お姉様が死んじゃう!でもどうすれば……?)
トリィアの心配は少しずつ現実味を帯びていく。
高揚しているテーミスの動きは、ますます洗練されて速くなっている。実際にテーミスが傷を負うことが徐々に無くなってきた。
対してウレイアは徐々に余裕が無くなっていく自分を理解していた。
(これが『天使』…っ、たしかに底が見えてこない……私は限界まであとどの位かしら?)
「くっ!」
顔の間近を槍が疾っていった。
見えてはいる!しかし今にも躱しきれなくなりそうだ。ウレイアはじりじりと祭壇を背に追い詰められていく。
それが一体何の差なのか?ウレイアは知りたかった。
そして石の冷たい感触を腰に感じると、ウレイアは全神経を集中して高速で疾る鎖の幾つかの輪に鋼糸を通し、絡めとってから手で引き絞った。
そしてようやく動きが止まる。
「ふう…楽しそうね、テーミス?」
まだまだ遊び足りない…テーミスは子供みたいな顔をした。
「あぁ…たのしい……っ!もっと…しましょう?」
すでに傷はふさがっていても、微笑む顔は血の化粧に染まっている。
「そう?それじゃあ…今の私の全力を見せようかしら?」
テーミスの期待が表情に溢れる。
「でもこんな戦いに悦びを感じていてはダメよ?どんなに強くてもいつか誰かに殺されてしまう。まあ…それは今日なんだけど……」
「え…?」
テーミスの表情が曇った。
「それに分かったわ、あなたを本当に喜ばせられるのは私では無いでしょう?この世界にあなたの安らぎは無いのでしょう?」
テーミスが本当に自分の夢を追い求めていたなら……こんな人形のような娘にはならなかっただろう。
でも他に生きていく術も無く、神と誰かを盲信して教えにすがるしか、テーミスに道は無かった。見つけようとはしなかった。
空っぽのテーミス……
「わたしの……やすらぎは…よろこびは私達が創る世界にある……今は仕方ないの……だから早く作らなきゃ…でもウレイアが手伝ってくれればすぐに…っ」
「永遠に来ないわ、たとえ私が手を貸してもそんな安らぎは永遠に来ない…」
ウレイアに否定されると悲しい顔をする、今でははっきりと。
「だからおくってあげる。今あなたが立っているその場所が、あなたの終着点よ……」
「?」
祭壇の手前6メートル……
そこは直径2メートルの必死の領域っ、今この場で許された最大の攻撃力をウレイアはそこに封じておいた。
「!」
ウレイアの言葉を疑わず理解したテーミスは、自分の周りをみまわすと同時にその場から退こうと脚に力を入れかけた。
足元にはこれまでの戦いで放って散らした幾つもの石が転がっている。
(もう遅い…)
一斉に散らした石が連鎖を起こし弾け飛ぶっ。今飛び退けばテーミスはただでは済まない、そして硬直する。それでも無数に襲う小さなカケラのいくつかはテーミスのローブを…編み込まれた髪の隙間を貫通して彼女の肉に食い込んだ。
「痛……っっ!」
そしてふわっと床の埃が浮き上がったその時、テーミスを中心に強い風が渦を巻くっ。
瞬く間に空気を捻り上げた豪風は、一瞬でテーミスの身体を浮かせるほどの竜巻きとなって、中にあるものを逃すまい唸っていた。
目を開けることもままならず、テーミスはたまらず、腕で顔をかばう。これで済むはずがない、テーミスはバタつかせても地にまともにつかない足に焦った。
その状況に覗いて見ていたトリィアが顔を出した。
(あれはっ、私が並べた石!)
その石はここへ来て別に動いていたトリィアが仕込んでおいた石だ。
ここへ来た後、別れたトリィアは、礼拝堂に忍び込むとウレイアに言われたことを思い返し、任された役割りを果たそうと石の入った袋を握りしめた。
「これはあなたがやらなきゃいけない。多少間隔は適当でもいいけど、順番と配置だけには気をつけてね?」
「全部で18個?大盤振る舞いじゃないですかっ。でも、あの…メモしても良いですか?」
「くす…ええ」
トリィアは丁寧にひとつひとつの石を間違いのないように隠していった。
「ええと?小さな水晶がまず…ここと…」
ウレイアがそれぞれの石の役割を教えながら説明した甲斐があったのか、書き留めたメモを見る必要も無かったようだ。
「円のかたちに…あれ?これって………?大お姉様が話してくれた子供の頃のお姉様みたい?」
テーミスを殺すための罠を仕掛けながら、トリィアはくすくすと楽しそうに笑った。
「これで良しっ………ええと、でもやっぱり、一応メモを確認しておきましょう」
そのメモを握ってトリィアは呟いた。
「テーミス…」
トリィアが自分の手で繋いだ石でテーミスを仕留める。それにはテーミスを捕らえて、その上時間を稼ぐ必要があった。
「トリィアっ!」
鎖に絡めた鋼糸をよじって切り捨てると、再び祭壇を乗り越えてトリィアの横に立った。それに合わせてトリィアも立ち上がる。
繋いだ石の最初の石は、トリィアが握っているっ、この祭壇に陣取った理由のひとつが、ここを起点としているからだ。
ウレイアはトリィアのその手を握り締めた。
そして逃げられる危険を冒してまで、ケールの置き土産をヒントに暴風の檻をつくり上げた理由…
それはトリィアがテーミスと対峙できるこの瞬間をつくり上げるため!そして…
「トリィア、これがあなたのために用意した、最高のショーよ…」
「!、はい…っ」
目の前には張り付けにされたテーミスの姿があるっ。そして、最期の一撃がトリィアの……自分達の手の中に…っ!
ウレイアはテーミスを『おくる』ために語りかけた。
「聞こえるっ?テーミスっ…!あなたはこの世界では幸せにはなれない。あなたに安らぎを与えられる者がここにはいないからよっ」
「?………っ」
「テーミスっ、向こうで…エリスが待っているわっ…!」
「!」
ウレイアはトリィアを握る手に力を入れた。
残りの石から見上げる程の8本の極炎が上がった!
赤を超えて黄色く発色しながら暴風に巻かれ、気流の上昇も手伝って更に成長しながら高く、高くっ…輝きだした炎は黄金色を思わせた。
ウレイアはトリィアの肩を抱えると祭壇の下に潜り込む、更にまわりの空気に層を作って熱に備える。
(鉄をも溶かす極炎よっ、あなたのローブはどこまで耐えられるかしら?)
火炎の竜巻となってどこまでも成長する炎は遂には天井を突き破り、割れたステンドグラスが鮮やかな雨を降らせ……
ベンチや石像や、漆喰の壁や石の祭壇や、まわりの全ての物からはあまりの高温のために燃える間もなく一気に白い水蒸気とガスが立ち昇る……!
本来ウレイアの攻撃力に際限は無く自由に形を変えることが出来る。しかし屋外でしか使えなかった。この教会を選んだ理由がそれだ、これだけの炎を普通の建物の中で作れば自分でさえ炭になってしまう。
天井が高く、ステンドグラスが落ちれば高熱もこもらず、熱を伝えにくい石の祭壇は身を隠すには最適だったのだ。
(それでもさすがにっ、熱いわね…)
炎は長くは保たない。それは溶鉱炉の縁で耐えている状態の自分達が長く保たないのも一緒だ。
でももう、勝負はついた……千切れて消えていくテーミスの気配を感じながらそう思って……ウレイアは油断していた。
(っ!?、まさかっ!)
槍がこちらに向かってきているっ!?トリィアを狙っている!
(まさかっ、石の裏板を破れるつもりなのっ??)
あんな小さな矛先が厚い大理石を貫通するとは思えない、しかし…ウレイアはその一撃が届くよりも先に戦慄を予感する!
(ち…っ!)
狭い祭壇の中ではトリィアを押し除けるスペースも引き寄せる余裕も無いっ。ウレイアはトリィアを引き寄せると同時に、すれ違うようにトリィアと裏板の間に身体を滑り込ませた。
「!!!……っ」
押し付けた背中に感じる焼かれた石板の熱とは違う熱さが、衝撃と共に腹の中を通って行く。なおも進もうとする執念を両手で受け止めると、それはトリィアの眉間に触れる直前で止まった……
「え…?………っ!?お姉様っ!!??」
目の前に止まった鉄の塊と焼けたウレイアの手をトリィアは見た。
「ぐ、んん、つぅ…っ!?」
(軌道を変えてまでトリィアを…?まったく……っ)
猛り狂った炎はテーミスの魂を引き連れて空へ昇って消えていった。
すぐにウレイアはテーミスだったものを視て確認する。そこには小さく固まった成れの果てが転がっていた。
「し、死んでいるわね…間違いなく…っう……」
「お姉様っそんなことより…っ」
今度こそ終わった、という安堵と共にウレイアはを強烈な痛みが襲う。
「んんっ!…………くうっ。これはテーミスの執念の一矢ね…もう死んでいたはずなのに…」
テーミスの執念が死んでも尚、鎖を動かし続けたのだろう。熱に晒され石板を貫通した矛先はもはや原形が無い。
「お姉様っ!!ひどい傷ですっ!!!それにそこ、は………っっ」
「嫌になるわね、まったく…っいくら考えておいても、必ず何かが起きる…んっ」
ウレイアは体を少し起こすと、背中に手を回した。
「ッ!!!」
鎖を握るだけでも激しい痛みが走る。しかし抜かねばならない…ウレイアはうなだれたまま目を閉じると、腕に力を込めた。
「ふう……んっ!いぃぃぃぃぃぃーっ!!!」
意識が飛びそうな痛みに耐えながら鎖を一気に引き抜くっ。腹に開いた穴からはどろりと血が流れ出した。
「お姉様……っ!」
「はぁ……帰りましょう、トリィア…」
しかし起き上がろうとしても体に力が入らない…
(!、これは…まずいわね。まあ…守りたいものは守れたし、目的も果たせた……)
子宮を貫かれた、致命傷だ……
助からない…それでも誰ひとり失わずに済んだ。トリィアとセレーネを任せられるエルセーもいてくれる。十分だ……ウレイアは割と満足して覚悟を決めた、その時……
ピシッ…っというどこかでガラスが割れたような音がした…
「え?!!!」
急にウレイアの体は異常なほどに体温があがり、汗が身体中から吹き出して、息が詰まる。
「んん…っ?く、はあ、はあ…くる、しいっ何が…おこって?」
大概の痛みを経験してきたウレイアにとっても初めて味わう苦しみ…熱さ……まるで沢山の小さなものが身体中を巡り蠢いているようだ。
(なんて……気分のわる…っいぃ……?)
ウレイアはなすすべも無く仰向けに転がり、自分の体に翻弄され何かにもみくちゃにされながら、通り過ぎて行くのを堪えて待つしかなかった。
「うっ、くう…っ、あ…はあ、はあ………っ」
このまま死んでいくのかと思っていたが、もがく程の気持ちの悪さは徐々に遠ざかって行く。しかし……考えることが出来るまで回復しても、その原因はまるで分からない。
(はあ…傷のせい?じゃない……一体何が起こったの?)
何気なく腹の傷に手を当てると、信じがたいことに気がついた。
「?!、穴はっ?」
もう一度、今度はお腹を広く押して確かめてみる。
(傷も痛みも無くなっている??)
「どういうこと……っ???」
ウレイアはすぐに体を起こして自分のケガを確かめた、そして困惑したまま周りを見ると
ッ!?
「トリィアっ!?」
無事であった筈のトリィアは目の前で丸くなって倒れ、苦悶の表情を浮かべていた。
「トリィア?どうしたのっ?一体何が……?」
トリィアはただひたすら小刻みに体を震わせながら痛みに耐えている。異常な回復と不可解なトリィアの苦痛、酷く動揺していたウレイアはその理由を必死に探っていると、先ほどすぐそばで聞こえた石割れの『音』が甦ってくる。
まさかっ、という思いで胸に手を当てて確かめる。
(トリィアのルビーが無いっ!)
すぐにトリィアのペンダントを確かめると、やはり対のルビーは無くなっていた。
ウレイアはトリィアを抱きかかえると、一体トリィアの身に何が起きたのかを確かめようとした。
「トリィアっ、あなた何をしたのっ?」
「んんっっ………」
外傷は無いっ。しかし血の気が無くなりお腹を押さえて苦しんでいる。
(でも尋常ではないこの痛がり様は…)
トリィアの手を押し除け腹部を軽く押してみる。
「い!いっ…たいぃっ!」
軽く押した指先に感じる筈のものが、押し返してくる筈のものが、手応えが…張りがまったく無い…
ウレイアは恐怖ですくんだ。
「まさかっ?…ありえない…っ!トリィア、一体あのルビーに何を込めたのっ?」
苦痛を浮かべながらトリィアはウレイアに微笑んだ。
「お、お姉様……よくっこんな痛みに耐えられますっねえ……?…うぅっ…っ」
「まさかあなたっ身代わりになるために…あのルビーには…」
ウレイアの腕にしがみついた手に力が入る度に痛みが襲っているのが分かる。
「んんっ…ち、ちゃんとお役に立つかどうかも分からなかったから…せいぜい…お守り代わりだろうなーなんて、思ってたんですけど…っ」
(そんなことが出来るはずがない…でも、とにかくトリィアを助けないと…っ)
「よかったぁ…役にっ……立って…」
「だまって…トリィア」
ウレイアは必死に考えた。どんな方法でもかまわない、トリィアを救えるのならば……しかしいくら振り絞っても、何も出てこない…出てくるものが無かった。
そしてふいに思い知る……
(人を傷つける方法など幾らでも思いつくのにっ)
どんな事態でも勝ってきた……
どんな敵でも葬ってきた……っ
それでも……ケガに苦しむ誰かを、消えかけた命を救えたことはあっただろうか……?
長い年月を生きて数えきれない戦いを生き抜き、絶え間ない研鑽の末に無類の強さを積み上げてきたというのに、ささいなキズを癒す『すべ』すら知らない、ただうろたえていることしかできない。そんな怪物は……
(あ……『彼ら』は正しい……私は、悪魔…)
「お姉様……」
「トリィ…」
「帰りましょう…私達の家に……」
(トリィア…この様子ではお腹の中は……でも、ダメよ、まだ諦めないっ!時間がある限り考えるのよ、方法を知らないなら今考えればいいっ)
先ほどから徐々に人の声も騒がしくなってきた。ウレイアはトリィアを背負ってとにかくここから離れることにした。
(きっと子宮にも大きなダメージを負ったはず。このままでは長くは保たない…子宮が必要なら私の…)
そんなメチャクチャなことを思いついても出来るわけがない、出来ても自分だけではどうにもならない。
とにかく自分達の姿を認識できる者はもういない。騒ぐ人間達を無視してウレイアは堂々と開け放たれた正面から教会を出ると、急いでとりあえず宿に向かった。
(分からない……どうすればいいの?どうすればトリィアを助けられるのっ?……エルセー…助けて…っ)
焦るばかりの頭の中はウレイアの足を急がせた。何もあては無い、そのあてのない『あて』を探して足が焦っている。
「あーぁ…せっかくお姉様の告白を聞けたのにい…」
細い声でトリィアが囁いていた。
(………っ、神よっ、見ているのなら…いるのなら私を連れて行きなさいっ、私の問いに答えなさい!何故私達に過酷な運命を強いるのっ?答えによってはその首を……)
「お姉様…ありがとう…」
「!……ダメ、トリィ…ア…おねがい……」
背中のトリィアの気配が、命が、剥ぎ取られるように小さくなっていく…それを感じることができる自分が…恨めしかった。
「はぁ……いやだなぁ…前の『死』はとても暖かかったのに…何だか…今日はとても…つめたい……………………………………」
大騒ぎになっている道の途中で、ウレイアの足はゆっくりと、静かに止まった……




