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バウンド bound  作者: はねとり 諒
23/28

23 ひとつの石ころ

 自らの失言でエルセーの報復を受けたトリィアの顔は、前回よりも更にふっくらと仕上がっていた。


「うぅ…すみませんでした…」


 ところがエルセーは満足そうにひと息つくと


「ふう……あら?なんでこんなに盛り上がったのだっけ?」


(はあ…っ?もう、何が何だか…拾ってくれたのがお姉様で本当に…良かった)


 トリィアは自分の幸運に心から感謝していた。


「そうそう、私が偽装を解いた理由を聞いてきたのね、それで私を見たトリィアが私が老けた…と………?」


 エルセーの時間が巻き戻された。しかも改ざんされていた。


「ちょちょっ?そ、そんなこと言ってませんっ!じゃなくて、そういう意味では……」


「なんてねっ!分かってたけどっ!私に『老けた』なんて言っちゃダメよ?」


(り、りふじん…ああ、おねえさま…)


 トリィアはがくりと座りながら崩れおちた。


 そんなトリィアを見てころころと笑っていたエルセーはふうっと伏せ目がちになると


「まあ…一度は覚悟を決めたのだもの、完全な状態で確実にテーミスを葬るつもりだったんだけど…あなたに聞いた限りではここまでしなくても良かったかしらねえ?」


 にっこりとエルセーは笑って見せるが、再会してからずっと、気がかりだったことがトリィアにはあった。


「あの大お姉様?…たしか以前に、あの偽装は自由には元に戻れないようなことをおっしゃってましたよね?それと、いつもの馬車ではないのはマリエスタを名乗れないから…だけならいいですが、まさか…」


「ふうん…なんだかんだでもう…さすが、いいえ…困ったほどにあの子の弟子ねえ。思うこと、考えることがよく似てる。受け継いでいるのねえ?」


 トリィアの後ろに立つウレイアの影を垣間見る。


「ああ、ちょっと横道にそれちゃったわね…まあネストールとは少しの間でも夫婦ごっこをした仲だし、黙って消えるのも難しいからね、私のことを正直に教えてあげましたよ」


 エルセーの言葉にトリィアは身を乗り出した。


「そんな…それではこれまでのことを全て捨てる覚悟をされて来たのですか?」


「すべて?」


 エルセーは首をかしげた。


「何を言っているの?私の『すべて』はウレイア…いいえ、今はあなた達よトリィア。あんなものは長い人生のおまけ…ちょっとしたイベントみたいなモノかしら?」


「大お姉様…」


「とにかく、私もそのつもりであの人に告白したのだけど、話は意外な方向に進んだのよ…」


 その時のネストールの返事は…






「やはりそうだったのだね…」


 屋敷の居間で、自分はいわゆる『魔女』と呼ばれる者だとエルセーに告げられたネストールは、驚く素ぶりも見せずにそう答えた。


「あら、やはり気付いていたの?」


「ああ、いや…そうであって欲しい。そう思っていたのかな…」


 それは初めてマリエスタの屋敷を訪れ、ネストールといくらかの会話をした時にウレイアも感じていたことだった。


「ではやはり、ミス・ベオリアとミス・トリーもだね?」


「…そうよ」


「ああ、でも…リードは『人』だよね?」


「ええ?ええ、あの子は14の頃から私の世話をしているわ。だいいち男でしょう?」


 ネストールは一人ひとりの正体をただ確かめるようにエルセーに確認した。


「『あの子』か…もしかして3人とも私よりも長く生きているのかな…?ああ、いや…許してほしい、女性に歳を聞くのは失礼なことだね……」


「かまわないわよ、言いたく無いことには答えないから……私とベオリアはあなたよりずっと長く生きていますよ。トリーは少し歳下かしら」


 それを聞くと納得したかのようにうなずいた。


「そうか……それでは人としても敵わないのも当然のことだな…」


 ネストールの反応は意外ではあった。


 罵倒する、怒りを示す、もしくは怖れられる。そんなことを多少は予想していたのに、敵意はおろか恨み言のひとつも出してこない。魔女に時間を奪われていたはずなのに、それもネストールは納得していたかのようだった。


「あなたには悪いことをしたわね。本当は何も知らずに、穏やかな人生をおくってもらうつもりだったんだけど、そうも言っていられなくなってね、言い訳をするつもりも無いし……要するに私はあなたを利用していたのよ、ケールの名前を目にした時に興味と下心が芽生えたことも本当だし」


「うむ?君が何故ケール様の名を……?」


 ネストールは意外なところに強い興味を示した。


「オリビエ、君はケール様の名前を知っていたのかい?」


 その顔はエルセーの答えに何かを期待しているように見える。


 さて、エルセーがここまで自分たちのことを話してきたのは、実はネストールの口を塞いでおくべきかを見極める為の試験でもあった。


 もちろんネストールをはじめ、使用人全員を殺すのは、エルセーにとっても本意では無い。だが自分達のこれからにさし障る原因となり得るならば、彼らの運命をここで終わらせるしかないのだ。


 だから詳しく話すほどに試験の合格基準は厳しいものになってゆく。ならば結局は、彼らの生死はエルセーの言葉にかかっているとも言えるのだ。


「ええ、私達にとってケールは特別な存在だし、私の……師の友人でもあるわ」


 その言葉を聞いた時、ネストールは驚きと共に少しだけ腰を浮かすと、すぐに膝の力を抜いた。


 そしてうつむいて間を置くと、ひとこと呟いた。


「これで果たせる…」


「ん?」


 ネストールはおもむろに立ち上がりエルセーに歩み寄ると、すっとひざまづいた。そして


「ケール様に『えにし』を持つ御身に…アドニス・マリエスタに代わり、お預かりしていた全てを償還いたします」


 当然のように自分にひざまづき、何のためらいもなく自分に全てを差し出すネストールを見下ろしていたエルセーは僅かに戸惑い、言葉を失った。


 その様子を見ながらもネストールは話しを続ける。


「オリビエ、当家…いや、マリエスタの名を継ぐ者には代々受け継いできたある責務があるのだよ」


「せきむ?」


 ネストールはうなずく。


「残念ながら失ってしまったものも多いのだが…ひとつはアドニスがケール様からお預かりした領地と領民を守り続けること。そしてもうひとつは…ケール様、もしくはケール様ゆかりの者が現れた時、それに相応しいと判断できた時には、それら全てをお返しする役目を負ってきたのだよ」


 それはエルセーが呆れるほどの忠誠心から受け継がれてきた一族の掟だった。


「あなた…あなた達はいまだにケールの帰りを待っていたと言うの?」


「本当に帰ってきて頂けるかは……問題では無いのだよ」


「それに可哀そうだけど、ケールはあなた達を捨てていったのよ?」


 それはウレイアが覗き見たケールの記憶から分かったこと、おそらく事実だろう。そしてこの言葉にネストールは疑問を感じた。


「ケール様はご自分の代わりに信頼していた弟子を預けてくださったのだよ?本当にお戻りにならないなら全員を連れて行かれただろう。それより、君はどこまで知っているんだい?」


(…エリス、ね。レイ、やはりあなたの中のケールの記憶は、本物のようね)


「私とケールの間には『えん』はあったかもしれないけれど、『ゆかり』と呼べるものなど皆無なのよ?」


 ネストールは神妙に少し考えを巡らせると


「ケール様とご友人だったのは君の師匠という話しだったが、あらためて聞くが、君自身はどこまでケール様のことを知っているのだい?」


 興味を抱かれるのは仕方のないことだが、彼の方から危険な領域に踏み込もうとしてくる。


(どこまで話して良いものか?そもそも話す意味と価値があるのかしら?)


 このままネストールを丸め込んで全てを奪ってしまうのは簡単かも知れない。元々そんな企みもあったし、不安要素となり得るなら殺しても仕方がないとも思っていた相手だ。


 が、しかし、短い人生の彼が自分に捧げてきた時間は本物であったし、エルセーがネストールを気に入って夫婦ごっこを楽しんでいたことも事実だった。


 ならばお互いの気持ちを否定し、それを裏切るようなことなど、自分の誇りにかけて出来るはずはなかった。


「まだケールが考えの至らない未熟な娘だった頃に、私の師はケールと知り合ったのよ。それと…私達の生きている世界はね、あなたが見てきた世界とはまるで違うと、まずは言っておくわ。だから師とケールが信頼し合っていたことなどあり得ないけれど、長い間語り合っていたのは事実ね。そして、それだけでも十分特別だと言える関係なんだけどね」


「ふ、ふむ…」


「私は師からケールの多くを聞かされた。そのほとんどは経験の浅かった彼女の失態と、奔放で感情的な振る舞いくらい。あまり、良い評価では無かったかもねえ?」


 エルセーは具体的には内容を漏らさなかったが、都合の良い嘘を語ることはしなかった。しかしネストールは


「少なくとも私たちや領民にとってケール様は母親と言っても良い方だったんだよ。それに初めから全てを備えている者などいないだろう?そんなケール様を名君にまで育ててくれたのは、君の師匠だったのではないのかな?…つまり、ケール様と君は、兄弟弟子ということにならないかい?」


「なっ?」


 まったくもって都合の良い解釈である。頭の良いエルセーでも思いもしなかったことだし、ケールをその序列に加えたいなどと思うわけがなかった。


 たしかにかいつまんで話を聞けば、そう受け取られるかもしれない。


 たしかにオネイロにも少しはそんな意識があったのかもしれない。だからケールの失態の結果をあれほど気に病んでいたとも考えられる。とにかく今、ネストールの中でエルセーはケールの妹ということになった。


 そしてあのエルセーが呆気にとられていると、急にネストールも呆れたように含み笑いをした。


「分かっているよ、こんなものは自分に都合の良い商人の屁理屈だということは…それだけ私も必死なのだよ、勝手にも君をこの地に縛りつけるためにね」


「まったくねえ…でもあなた?ケールが本当に戻ってきた時、譲り受けたものを返すことを私が渋ったらどうなると思っているの?」


 ネストールの目が丸くなった。


「え……?いや…き、君たちは一体、どれくらい生きられるんだい?」


「んん?そう聞き返されると私も困ってしまうけど…ただ、ケールがまだ生きている可能性は、十分考えられるわよ?」


 彼が驚いた時間はほんの少し、すぐに気を取り直すとエルセーの話しを懸命に飲み込んだ。


「私の想像も及ばない世界があるんだね…?まあ私が見たかったもの、確かめてきた事は君の人となりだけで十分なのだから、君たちの世界を知る必要は無いのだろうな?興味は尽きないが…」


「そうねえ、興味を持つのはあまりお勧めしないわ。見る必要も無いし、確かめたくても踏み込まない方が安全よ?」


「それほど…?そうか。では話しを戻そう、もしケール様が戻ったとして、君が返還を渋ったら…という話しだったね?はたして君は返還を渋るかな?君は私の妻なのだから私が死ねば全ては君のものだ、しかし、それを先ほどまでの君は惜し気もなく捨てようとしていたじゃないか?」


「あら…痛いところを突いてきたわね。でも今はそうでも、例えばこの後…100年積み上げたものを突然全て返せと言われたら?差し出したくなくなるのも当然ではなくて?」


「ひゃ、100年後?」


 無理やりに言われるがまま納得してはいても、具体的に言葉にされるとやはり彼には驚きであるようだ。


「ううむ…」


「まあ、ゆっくり考えてくださいな。さっき言ったように今は何も答えてあげられないの。でもあれね…この厄介ごとを収めた後に戻ることを許されるのなら……問題があるわねぇ」


「問題?」


 それは10年以上をかけて積み上げてきた、この老け顔の傑作である。


 自分で鏡を覗き込んでも作品を確認することはできない、自分の顔を頭の中で想像しながらシワを刻み、肌をたるませ、マテリアルを併用しながらも常に何割かの力を割いていた。


 解いてしまうのは簡単でも、これをまたイチから作り直すにはちょっとした時間が必要になるし、まったく同じ顔を再現することは不可能だとエルセーは考えていた。


「今のこの姿はねえ、作りものなのよ」


「ん?つくりもの…とは?」


 既にネストールの思考はエルセーの話しに追いつけなくなっていた。


「にせものよ。本当の姿はねえ、あなたと出会った頃と何も変わっていないのよ?」


「えっ、と?!そう…なのかい?」


 一体実年齢は幾つなのか?どのくらい生きられるのか?顔を変えるとはどういうことなのか?彼女らのちからとは何なのか?一体何が出来るのか?


 頭の中は手一杯で何ひとつまとまらない。回転の速さに自身のあったネストールの頭でも、未知の世界の真実に対しては手の施しようが無い。


「ふう、つまりねえ、今度会うときには若返っているものだからっ……顔を隠して戻らないと使用人が騒ぐでしょう?」


 ようやくここら辺でエルセーの説明に反応する。


「わ、若返るのかいっ?あの頃にっ?」


「いえ、そうではなくて…まあ、いいわ、帰ってきた時に実際に見てもらってから説明するわ」


 ネストールには幾つかの事実を教えた。その上で数日考えてもらうとしよう。とりあえずは命を奪う必要は無いとしておいた。


(いやねぇ、レイの甘さが移ってしまったかしら?)


「いやっ、でも、まあ…君の危惧していることは起こらないと思うよ?驚きはするだろうが」


 落ち着きを取り戻したのはおそらくエルセーの言葉から推測や憶測することを捨てて、会話の内容だけを受け止め始めたからだろう。そして彼は自信ありげな態度を見せたがエルセーは苦も無くその理由を看破する。


「代々守られた秘密と血脈は、使用人にまで及んでいるのね?」


「さすがだね…その通りだよ、当家の使用人達はアドニスの時代から家系を替えずに勤めを果たし続けているんだよ。そしてマリエスタの秘密も守り続けてきた」


「イウラ・マギサス…」


 エルセーはわざと唐突に名前を出してネストールの反応を確かめた。


 イウラ・マギサスとは魔女を崇拝する宗教と言ってもいい団体である。信者の中には自ら魔女となるべく自虐的な行為を繰り返す者も多い。


「イウラ?マギ…何だい?」


「……何でもないわ、忘れてちょうだい」


 しかしそれは、どうやらエルセーの杞憂であったようだ。イウラの信者、彼らは彼女たちの闇の部分だけが集まって淀み固まったような存在である。もう長い間彼らの噂を聞かなくなったが、今でもどこかで自らの欲望の泥の中に身を沈めている人間がいるだろう。


「それでは、またここに戻って来てもかまわないのね?」


「もちろんだよ。ここは君の家なのだから…もし必要であるなら当家の全てを自由に使ってもらってもかまわない、君の厄介ごとの役に立つならね。それに、また美しい君を見ることが楽しみで仕方がないよ」


 エルセーの眉尻がぴくりと動いた。






「なんて、失礼なことを言っていたけどねえ、失言に気づいてもいない様子で…」


「まったくですっ!大お姉様の『しゃく約』として『佳麗』なお姿は年齢など関係ないというのに…所詮男なんてそんなものですっ」


 エルセーはすぐに腕をにゅっと伸ばしてトリィアを引き寄せ抱えこむと、顔や髪を撫でまくった。


「まあっ、まあまあまあっ!なんて良い子なのトリィア!本当に可愛いったらもう…なに?私のところに来たいの?」


(おお?対大お姉様用に調べておいた言葉がこんなに効果があるとは。よしよし、これからはこの作戦で行けそうですっ。でも……余計な誤解を生み出してますー…)


 ウレイアの指示におかんむりであったエルセーもトリィアのおかげで大分調子を取り戻した。


「さてさて…こんなところにいても仕方が無いから行きましょうか?リードっ、馬をつないで出発して。目的地はボーデヨールの西側にある村に変更よ」


「はい」


 エルセーが声を張って小窓からリードに指示を出した。しかしその指示に困ったのはトリィアだ。


「え?あ、ちょっと待ってください。私はすぐに戻らないと…」


「ええ?あなたも一緒に来るのでしょう?私だけ除け者にするつもりい?」


 ふたたびエルセーのご機嫌が曇りだす。


「そ、そんなつもりではありませんが、その、私が戻らないとテーミスに尚更不信感を抱かれるかも知れませんし…」


(まずいまずいまずい…ここを切り抜けるには?)


「ええ?それこそ今更ではなくて?」


「うっ、お、大お姉様は…秘密兵器ですし…ええとぉ……」


(ええい、もう正直に…)


「すいませんっ私はお姉様のそばにいたいですっ!」


 短い沈黙の後、エルセーは少し呆気に取られていた後に微笑むと


「そうよねえ?…それでこそ…よねえ?」


 真っ直ぐなトリィアの気持ちにエルセーが駄々をこねられるわけがなかった。


「分かりました。では途中まで一緒に行きましょう?話でもしながら……」


「は、はい、ありがとうございます」


 エルセーはうなずいて満足気に笑った。






 そろそろ2人は会えただろうか?


 そんなことを考えながらウレイアは教会を監視し続けていた。


(それにしても、静かすぎるわね)


 まるで看守にでもなった気分だ。そしてまた、テーミスの部屋へ手を伸ばす。短い時間ではテーミスの行動にはこれといったパターンは見つけられない。


 唯一、これも予想だが、ひと気の無い深夜の礼拝、これのみが彼女の習慣だと思われた。


 他の時間はほぼ自室に閉じこもり、人形の様にベッドの上に『置かれている』今も前回見た同じ姿勢でベッドに横たわっていた。


(それにしても、私が触れていることに気づかないはずはないけど…反応もしないなんて)


 それに、思えば24時間着替えることも無く礼服の姿のまま。クローゼットにも服と言えるものは予備の礼服とローブのみ、いったい生き返ってからどのような生活をしてきたのだろうか?


(生前は何不自由無く幸福な暮らしを送っていたはずよねえ?ならその時期の生活習慣を繰り返すと思うけど…どうも想像していた『天使』のイメージとは違うのよね?)


 じっくりとテーミスを観察しながら色々な想像を巡らせる。じっくりと見てみたかったダイヤがはめ込まれたペンダントが首から垂れていた。


 ぴくり…


(あら…)


 初めてテーミスが反応した。ウレイアも驚いた……てっきりもう動かないものだと、どこかで思いこんでいたからだ。


(できれば石は肉眼で見るのが一番良いのだけれど。大きさは残念だけど、これだけのダイヤは宝石商でもあまり数は……?)


 !!!!!!!!っ


 ウレイアははぜる様に立ち上がると外套を引っ掴んで飛び出した!


 馬に鞍も載せずにまたがると、そのまま街の中を全力で走らせる。トリィアの後を追って!


(なんてバカなのっ!)


 疑問はあった。それでもテーミスの存在そのものに気を取られてその存在とどれほどの能力を持っているのか考えなかった。


 初めはそのつもりで教会の中はくまなく調べたつもりでいた。彼女が取り込んだであろう同族たちが気にはなっていた。教会の出入りはチェックしていたつもりになっていた。


 こたえはひとつ……


(抜け道がある!)


 そしてあの見事なダイヤはガラスとすり替わっていた。


(あれはテーミスじゃ無いっ!前回確かめた時は間違いなくテーミスだった)


 テーミスが姿をくらませるならばウレイアにとって一番恐ろしいのはトリィアとの接触だった。それに違う目的なら身代わりを置いていくはずもない。


(トリィア…)


 ウレイアは誰の目を気にする余裕も無く馬をせかした。






 悪いことに馬車はトリィアの気持ちを汲んでボーデヨールへの道を急ぐ。


 そして中ではまたしてもウレイアの話で盛り上がっている。


「もうあの子には散々手を焼かされたものなのよ…?」


 エルセーの話しにトリィアが口を尖らせている。


「私の方がよほど可愛らしいではないですかー?なのにお姉様ったらすぐに私をお怒りになるんですよー?」


「ほほほほ、言ったでしょ?あの子は堅物だからって。レイを攻略するなら情に訴えるか、常識外から攻めることねえ?」


 トリィアは腕を組んで難しい顔をした。


「ううん、分かっているのですが…お姉様も警戒しているし、すぐに立て直してくるんですよー。それに結局あとで怒られるじゃないですかあ?」


「まあねえ、それが出来たらあなたも免許皆伝!よねえ?」


 ウレイアが警戒せざるを得ないのは、この2人が悪巧みをやめないからだ。


「あの、大お姉様?」


「んん?」


「お姉様とはどんな出会いだったのですか?」


「え……?」


 エルセーは口を指で軽く隠すと、ヤケに悩んでから呟くように言った。


「ああ、んーまあ……いいかしら…ねえ……?あの子も怒らないでしょう」


 エルセーは意外に義理がたい、事後承諾にウレイアが怒らないかをよくよく考えていた。


「そうねえ、もう……随分と前だけど、その頃はずっと東に…もう無くなってしまったボゴネルという国があったの」


「ボゴネル…?」


「そう、まあすぐにペンズベリーに負けて無くなっちゃうんだけどね…私はその国でちょうど人からは離れて暮らしていた時期だったの……」


 悲惨な死の後の出逢いは、運命的ではあっても、客観的な好景や美景とは大体は無縁である。


 まず、エルセーとの初めての出逢いの時ウレイアの意識は無かった。


「あの子はね、家の近くの川の中で石に引っかかって浮いていたのよ、それもうつ伏せでねえ……」


「え、ええ?つまり、お顔が川に浸かっていたということですか?」


「ええ、当時はまあ…子供の死体なんかも珍しいものでは無くて、気がついても気にもとめないのだけど、何故かしらねえ…あの時は無意識に川に入って歩み寄っていたの……」


 そう、ウレイアは川で拾われた。そしてこの出来事がウレイアの名前を決定づける。


「てっきり死体だと思っておもて返してみたらねえ、すぐに咳き込んで水を吐きだしたのよ。そして息を吸い込んだと思ったら薄っすらと目を開けた…すぐにまた気を失ったけど」


「………」


「その薄っすらと開けた目を見た瞬間に気づいたのよ、ああ、生まれたばかりの同族だってね。それにそう思った時にはもう抱きあげていたわ」


「ああっ……待ってください大お姉様、そんな感動的に話されては私はもう…」


 トリィアは勝手に目を潤ませて顔を覆っているが、


「え?あらそんなに……?ううむ…ま、まあ、私もその時は感情が高ぶってはいたけど……と、とにかくそのまま家に連れ帰って体を拭いてね、私のベッドに寝かせておいたのね……」


「ふんふん…っ」


「やがてあの子も目を覚ましたのだけど、そこからがもう大変…何しろ触ろうとするだけで噛みつくほど敵外心が強くて心を完全に閉ざしていたのよ、オオカミでも拾ってきたのかと思うくらい」


「お姉様が…?」


 今度はハラハラとしながらエルセーの話しに耳を傾ける。


「あの子は…まったく人に心を許せなくなっていて……それでも私達には言葉の『強制力』があるでしょう?慣れるまでの数カ月はそれで身の世話をしてあげていたんだけど、大分慣れて抵抗しなくなった頃に初めて私にこう聞いた、『あの力は何だ?あなたは魔女なのか?』てね」


「す、数カ月も?」


「私は、『いいこと?二度と私を魔女と呼ぶんじゃありませんっ、そしてあなたも、誰にも魔女などと呼ばせてはいけませんよ?』そう叱った。初めての会話がこれよ?後で最悪だと思ったわ。でもあの子はそれだけの会話で今の自分を理解したのよ。10歳くらいの子供が、死んだはずの自分と身体の異変、それに力を使う私を観察してね」


 ウレイアは自分の身体の異変にはすぐに気が付いていた。お腹も空かず、眠気にも襲われない。


 その頃暴れていたウレイアはよく小さな怪我をしていたのに傷の治りが異常に早いこと。遂には自分で切った小さな切り傷が見る間に治っていく様を見て。


「『あなたが私を魔…仲間にしたの?』あの子はそう聞いてきた。だから、『いいえ、あなたは川の上流から流れてきた。だからあなたはこの大地から生まれたのよ?』そう言って聞かせたんだけど…ふふ、あの子はまったく納得していなかったわねえ?」


「でしょうねえー…はは……」


「でもそれからは少しずつ信用してくれるようになって、いつのまにか不安が募るとすぐそばで眠るようになったり、いつも私が目の届くところにいるようになって……私がいなくなると必至になって探したり…」


「か、かわいいー…」


 トリィアは手を組んで少女のウレイアを想像して喜んでいた。


「私もつい……わざと隠れて息を殺したりして…でもねえ、いつも見つけたらそれでおしまい。抱きしめてくれたり、笑ってはくれなかったけど……あの子はいつも何かを我慢しているような顔をしていた。それに、そんな遊びが訓練にもなっていたのねぇ?いつの間にか目が届かなくてもあの子の視線を感じるようになっていたのよ。まあそれはそれで、かくれんぼのかたちが変わるだけなんだけど」


 楽しそうにエルセーがくすくすと笑った。


「ああ……いじわるしたんですね?」


「いじわるだなんて、訓練よお…?あ、あの子が見てる、私が眩ます、また追ってくる、なら今度は騙す、みたいにねえ……あの子はいつも仏頂面だったけど、そういう時だけは笑っているような気がしてた」


 トリィアはぐっと堪えるように話を聞いている。


「その内に簡単な技を見せてあげるようになると、その様子をかじりつくように見ていてね…私がやめると、もっと教えろ、もっとよこせ、って怒った顔をするのよ?」


「あー、分かるっ、分かります。あの好奇心は生まれつきとしか思えませんよね?」


「たしかに好奇心は人一倍、いいえ、十倍だと言っていいけれど…あれはねえ、必死だったのよ、あの子……」


「なぜですか?」


「うちに来て3年位かしら…あの子が懸命に技を覚えて一応は身についてきた頃にね、私に真剣な顔を見せてこう言ったの。『この恩には必ず報いるから石を幾つか分けて下さい』てね」


 トリィアは驚いた。


「えっ?マテリアルですか?たった3年で?」


「そうねえ、だから尋常では無かったのよ、あの必死さはねぇ。それにそうは言ってもまだまだおぼつかない感じだったけれど……それでも私は持っていた石をすべてあの子の前に差し出した」


「それで?」


「その中から水晶だけを選って分けると頭を下げて部屋に閉じこもってしまった」


「安いから…ですかね?」


「それもあるでしょうけど、既にあの子はマテリアルの本質的なものを理解していたんじゃないかしら?」


 トリィアは唖然としているが、素材に関して今ほどの理解は当然無かった。


 ただ、石塊であれ木片であれ、何度もなんどもエルセーの真似をして試みていくうちに、それぞれの限界というものが分かっていた。そしてその時ウレイアが求めていた結果には、どうしても水晶が必要だったのだ。


「閉じこもりがちな日が何日も続いて、ようやく落ち着きを見せたと思ったら今度は、何か言いたげな目で私を何日も見ているの。だから、『行きたい所があるの?』って聞いたらね、『ボゴネルの街に行きたい』何かを決心したように言ったのよ」


「その目的は復讐…ですよね?」


 エルセーはうなずく。


「私は立ち会うことを条件に、あの子を深夜に連れていった。見届けるつもりもあったけれど、何しろあの子は姿を隠すような技を何も覚えていなくて…私が隠すしかなかったのよねえ……」


「隠れるつもりもなかった。必至で必死の覚悟だったんですね?」


「そう?ただ考えていなかっただけじゃないの?そういうところもあるからあの子」


「お姉様に聞いた話から分かります。向かった先は、教会、ですよね?」


「そうよ…あの子は用意していた石を教会を中心に螺旋状に外へ外へ…選別した石ころを並べて要所には水晶を置いていく…マテリアルを繋ぐなんて教えてもいないことを目の前でやろうとしているあの子を見て、驚くやら感心するやら。だけどねぇ……」


「何です?」


「ああ、これは失敗する、すぐに分かったのよねえ。それでもあの子は本気だったから黙って見守り続けてね…街を丸ごととはいかないけど、ようやく300メートル位を囲ったのよ」


 トリィアはその仕掛けを想像すると、すぐに気がついた。


「それじゃあつまり、まわりの民家も巻き込んでいたんですか?」


「ええ……あの子の脳裏には焼き付いていたのよ。両親が焼き殺されている間、それを見て自分たちに怒りをぶつけ、熱狂していた観衆の姿がねえ?とても許せるものではなかったのでしょう…」


「あとは、ドミノ倒しのように最初のひとつを『倒す』だけ。その最初のひとつはそこら辺に転がっている珪石だった」


「ああっ、知ってます!私も教わりました。ただの石ころの中でもマテリアルにするには適当だと」


 珪石はどこにでもある石ころだが、濁りの少ないものほどマテリアルに適している。これもやはり、幼いウレイアが様々な物を試しているうちに気がついたことだった。


「私はそこまでは教えていなかった。手に入る全てを集めて、試して、より分けて……それがどれだけ大変なことか分かるでしょう?復讐のために努力したそんな3年間が……目の前でひとつの実を結んだのよ。石ころとしてね」


 エルセーはいつくしむように、でも時にはしぼるように話を続ける。


「じっと石を見つめて動かないあの子をはらはらしながら私は見ていた。それはこの子が失敗したあとに、どう慰めてよいものか、そればかり考えていたから…。でも動かない、その石ころを見つめたまま、『倒そう』としてはためらって、また『倒そう』としては思い止まって、どうしてもあの子は小さな石を倒せなかった」


「優しい…方ですから……」


 トリィアはうつむくて、手を握りしめた。それは幼いウレイアが何故ためらって復讐の石を使えなかったのかが分かるからだ。


「そうね…あの子は視ていたもの、石を置きながら家族で眠る人たちを…親に抱かれながら安心して眠る子供たちをねえ………そしてその石ころを掴み上げると、私にそっと差し出したのよ」


「……っ!」


「それから走って私があげた水晶をひとつ残らず集めてくると、それも私に差し出した…………それで3年間の復讐はおしまい…また押し黙ったままのあの子を私は連れて帰った……」


 エルセーはそこでゆっくりと息をついた。彼女にとってそれから語られることは何よりも愛しむ大切な思い出のひとつなのだ。


「ところがねえ……帰る間もずっと自分を押し殺していたあの子が、家に入るなり私の背中にしがみついてきたのよ。私が驚いている間に顔を押しつけたかと思うと…初めてあの子は泣き出したっ。声が枯れんばかりにわんわんと泣きだしたの………なのに、私はいつ泣き止むかもしれないあの子をただ抱きしめてあげることしかできなかったわ」


 エルセーはうつむきながら苦しそうに微笑んで、


「でもそれからねえ…あの子が笑うようになったのは。それにしょっちゅう抱きついてくるようになったのも……」


 トリィアも目を潤ませながら微笑んだ。


「大お姉様とお姉様が本当につながった瞬間ですね?」


「そうねえ、それに自分の運命を受け入れた瞬間でもあったのよ、だから…私は新しい名前を与えた。大地の女神『ウレイア』…地より生まれ出て大地そのものとなった女神。地に住む生き物全てを育み、同時に激しい怒りの象徴でもある『ウレイア』この子はその名にふさわしい、そう思ったから…」


 エルセーは静かに話しの幕を下ろした。


「これであの子との出逢いのお話しはおしまい………そろそろ分かれ道じゃないかしら?」


「ぐす…良いお話でした。大お姉様っ、ありがとうございました…」


「そうなのかしらねえ?悲しい話のような気もするけど」


 頰に手をあてると首をかしげて笑った。


「んー、そうかもしれませんが、おふたりだけを思うと、とても良い感動的なお話しだと思いました。涙無しではもう………でもお姉様はやはり出来が違いますねー?私は恥ずかしいばかりですよ」


「いいえ、出来が違うのではなくて事情が違ったのよ、それと、性格もねえ」


「そうでしょうか?お姉様はそんな幼い頃から難しいことをなさっていたのに…。それにしてもその教会は幸運でしたねー?何にしても難を逃れて」


 そのことにはトリィアは少し不満そうだった。


「ああ、それねえ……ほほ、後日またレイを連れてねえ?…教会だけを消し炭にしてあげましたよっ、この私がっ!あははははは…」


 高笑いをするエルセーにトリィアは呆れたように苦笑した。


「あ、ああ、そうでしたか…」


「あの時は気分が良かったわあー、本当に……良い景色だった……」


 うっとりと当時を思い出し、今だにその余韻に浸れるエルセーを見ていると、なぜだかトリィアも嬉しくて幸せな気持ちになった。


「ぷっ、大お姉様っ、あっはははは」


 ふたりが笑い合っていると、やがて別かれ道にさしかかった馬車はゆっくりと車輪を止めた。


 トリィアはエルセーをしばらく抱きしめた後、乗ってきた馬にまたがって頭をボーデヨールに向けた。


「そういえば大お姉様っ?、ちょっと気になったんですけど…その時の石ころはどうされたのですか?」


 エルセーは満面の微笑みを浮かべると


「もちろん私の宝物よ!大切にしまってあるわ」


「やっぱり…っ。それではまたっ」


 トリィアは大きく手を振りながら馬を走らせた。


「何だかお姉様をぎゅっと抱きしめてあげたい気分です」


 足取りも一層軽く馬は駆けて行った。


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