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541:手配万全


 旧王都への対応は、およそ方針が固まった。実際に手を打つのは、もう少し後のことになるが――。

 スーさんには、さらにまた一件、別の頼みごとをしておいた。どうもスーさんにばかり負担をかけてしまうな。この世でほぼ唯一の瞬間移動の使い手だけに、ついつい肝心な場面で頼ってしまう。


「いいえ。陛下の御為に働けることが、この身にとって一番の幸せにございます。どうか、ご遠慮などなさりませぬよう」


 そう嬉しげに述べて、にっこり微笑んでみせるスーさん。う、うぬぅ、なんたるいじらしさ……この場で襲いかかりたくなるわ。

 思わずスーさんの豊かな胸元めがけダイブしかかったが、その衝動を、なんとか、かろうじて、ぎりぎり踏みとどまって抑えつけ、俺はスーさんと立ち別れた。


 宝物庫を離れて、ふたたび食堂へ。もう子供らも起き出して、ミレドアと卓を囲んで芋粥を啜っている様子。さすがにまだ子供らの表情は暗いが、なんとなくミレドアに懐いているらしい。良い傾向だ。その脇で、リネスは例の龍変身の魔術書を熟読している。


「あっ、勇者さま。……あの、ご相談したいことが」


 ふと横あいから声がかかった。女がひとり、厨房のほうへ手招きしている。さっき厨房で芋粥をつくってた一人で、ここにいる女どもの中では年長の部類。二十代後半くらいかな。おそらく、昨夜来、ごく自然に女どものまとめ役みたいなポジションにおさまったんだろう。それはともかく、今の状況からみて、だいたい用向きは見当がつく。俺は大股に女のほうへ歩み寄って言った。


「用はわかってる。ウメチカに帰りたいのだろう?」


 女はうなずいた。


「は、はい……。そういつまでも、ここにいるわけにはいきませんし、ほとんどの人は、家族や親類もいるので……」

「でも、どうやって帰ればいいかわからない……と」

「そうなんです。さっきリネスちゃんから、だいたいの場所は聞きましたけど……」


 ここいらは、ウメチカとエルフの森を繋ぐ地下通路の一段下層にあたる。この居住区の端に、上層へと通じるエレベータがあり、そこから、かつて俺も通ったあの地下通路へ出られる。ただ、その地点はエルフの森への出口に近く、ウメチカとはまるで逆方向。そこからウメチカへ向かうとすれば、馬車で四、五日、徒歩だとおそらく何週間もかかるという距離だ。


「それでその、できましたら、みんなをウメチカまで連れて行っていただけたらと……勇者さまには、みんなを救っていただいたばかりで、その、勝手なお願いなのはわかっているのですが……ど、どうか、お願いいたしますっ」


 女は心底申し訳なさげな面持ちで、必死に懇願してきた。うるうると半泣きの上目遣いで。よく見ると、年増ではあるけど結構な美熟女さん。胸もでっかい。このまま黙って話を聞き続けてたら、ちょっといかがわしいお礼とかまで要求できそうな雰囲気だが、いや……今はそういうことをやってる場合じゃない。


「……その話なら、もう手は打ってある」

「えっ。本当ですか」


 女は、がばと顔を上げた。


「俺が直接ついて行くわけにはいかんが、ウメチカにはきっちり送り届けてやる。半日ほど待て」


 ここの女どもには、無事にウメチカに帰ってもらわねばならん。今後の、ある工作に必要な連中だからな。そのために俺が打った手とは――。





 昼過ぎ。

 俺は女どもと子供たち、リネス、ミレドアら、総勢三十数人を一斉に引き連れて食堂を出ると、地下通路上層へ続くエレベーターリフトに乗った。


 ざわつく女どもを適当に宥めつつ、リフトが上がった先で、俺たちを待ち受けていたのは。


「おおっ、アレステル卿! お待ちしておりました!」


 ピシッとスーツ姿の初老の紳士が、嬉しそうに第一声を放って歩み寄ってきた。背後には地下通路にずらりと並ぶ八両もの大型馬車と、大勢の商人たち。


「久しいな、伯爵。まさか、貴公がじきじきに来てくれるとは思わなかったぞ」


 俺が応えると、初老の紳士――ウメチカの大貴族にして、「虹の組合」理事長、さらに移民街代表たるジョフロワ・サントメール伯爵――は、穏やかに微笑んだ。


「いえいえ、他ならぬアレステル卿のご依頼ですからな。誠心誠意、仕事を遂行いたしますよ」

「それはありがたい。仔細は書面に記したとおりだ。後のことは任せても?」

「無論です。安んじてお任せあれ」


 俺とサントメールはうなずきあって、がしっと握手を交わした。

 そんな俺たちの後ろで、リネスもミレドアも女子供も、盛大な「お出迎え」に、皆一様にキョトンとしている。


「アーク、これって……?」


 リネスが不思議そうな顔で訊ねてきた。


「スーさんに頼んで、虹の組合本部に俺の直筆の依頼書を届けてもらったのさ。血蛇団のアジトを潰しておいたので、救出した女子供をウメチカまで配達してもらいたい……ってな」


 俺が応えると、サントメールが機嫌よさげに言葉を続けた。


「我々商人にとって、交易路に出没する盗賊は、いわば天敵です。なかでも血蛇団は特に厄介な組織でしてな。それをアレステル卿が叩き潰してくださったと。今朝、お使いの方から書簡をいただいたときは、それはもう驚いたものですよ。ともあれ、そんな事情ですから、アレステル卿のご依頼にお応えするのは、我々としても当然の筋というものです。もちろん無償ですよ」

「はー、そういうことかー……。アークってば、案外、顔広いんだね」


 リネスは納得げにうなずいた。一応、サントメールの説明で辻褄はあってるが……こいつには、また別の思惑があるはず。

 ジョフロワ・サントメール。ひそかにウメチカの体制転覆を狙い、その目的のため俺を利用しようと謀り事をめぐらせている、なかなかの陰謀家だ。とくに力を入れているのが、ウメチカ王家が公式には認めていない「伝説の勇者」の実在とその活躍をウメチカに喧伝しまくる広報活動。ウメチカに勇者ブームを煽り立てて揺さぶりをかけながら、王家の威信を低下させ、ウメチカ市民の支持を集めた勇者の手を借りて革命を成し遂げる――およそ、こんなプランを描いているようだ。


 おそらく今回の件も、この陰謀に利用できると踏んで、大喜びで駆けつけてきたに違いない。勇者が盗賊団を壊滅させ、大勢の女子供を救出したなんて、最高の宣伝素材になるだろうからな。

 いまだ勇者の実在を認めていないウメチカ王家は、この一件を受けて、どのような動きを見せるだろうか。サントメールには、せいぜい張り切ってウメチカを引っかき回してもらおう。



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