540:密議密談
お宝のことはいったん置いて――。
スーさんからは、もうひとつ、重要な報告を聞かねばならない。旧王都とその周辺の現状についてだ。
現在、ミノタウロスのミーノくん率いる流民軍およそ二千が、その旧王都を目指して行進中。とはいえ大陸中央のゴーサラから、大陸南端近い旧王都まで、相当な距離を徒歩で踏破せねばならず、到着まではまだしばらく時間がかかるはずだ。
少し前にスーさんから聞いていた話だと、旧王都の廃墟は混沌たる無法状態にあるという。周辺から大量の流民が入り込み、いくつかの勢力に分かれてせめぎあってるとか。主要なグループは三つあり、わけても最大の勢力は旧王国の貴族が指揮する武装集団。かなり統率が行き届いており、装備も優れているという話だった。
スーさんには、この旧王都のさらなる調査を命じていた。現状、俺が動かせる手駒のなかでも、瞬間移動が可能なスーさんにしか頼めない仕事だ。
「現在は、その旧王国貴族……エヴラール子爵の指揮する軍勢が、ほぼ旧王都を制しております。他の集団もまだ全滅したわけではなく、外縁部あたりに勢力を張って小競り合いを続けているようですが……大勢はほぼ決したとみてよさそうですな」
説明しつつ、スーさんは懐中から羊皮紙を取り出し、お宝の上に広げてみせた。旧王都及びその周辺の地勢図らしい。
「この地図の中央から西側一帯がエヴラール子爵の勢力範囲となります。王城跡地もすでに占拠されております」
「ふむ。エヴラール子爵……」
「ご存知なので?」
「知らん」
俺はさくっと答えた。全然聞いたこともない家名だ。
旧王国の貴族制度については、俺も一応把握している。魔王城の後宮には旧王国の貴族や王族出身の女もいるしな。およそ現在のウメチカと同じで、一代貴族の準男爵が最下位。その上が男爵、子爵。でもって伯爵、侯爵、公爵となる。子爵あたりだと、伯爵以上の大貴族の分家というのが多いそうだ。
察するに、そのエヴラール子爵とやら、相当辺鄙な田舎の地方小領主、もしくはその跡取りってとこだろう。あまりに辺鄙すぎて魔王軍の侵略ルートからも外れ、結果的に旧王国の滅亡に巻き込まれずに生き残ったと。そんなとこじゃないか。しかし微妙に発音しづらい名前だな。
「子爵はまだ比較的若いようで。せいぜい三十代というところです。戦場では常に白銀の甲冑姿で颯爽と馬にまたがり、まさに騎士そのものという風情でした。配下の兵力は現時点でおよそ二千、歩兵主体で騎兵は少ないですが、よく訓練された本物の軍隊です」
スーさんは魔王召喚から旧王国滅亡までの六十年、俺の補佐役として戦場を往来してきた。そのスーさんが「本物」と評するくらいだから、よほどしっかりした組織なんだろう。
「子爵の軍勢は、既に占拠した地域の宣撫にも取り掛かっております。防衛の要所となる地域には柵を設け、旧市街に急造の仮設住居を建て並べて窮民を保護しつつ、兵力の一部を割いて荒地の整備や旧王城の瓦礫の撤去にあたらせるなど、復興作業に余念がないようです。どうやら子爵は、旧王都を自分の土地として掌握する気満々のようですな」
それはまた、手際の良いことだ。自分が新たな王様にでもなるつもりかね?
このまま放置しておくと、いずれミーノくんの流民軍と衝突することになるだろう。ミーノくん自身はそりゃ滅法強いが、軍勢のほうはまるで当てにならん。下手すりゃ壊滅の恐れすらある。やっぱり俺が直接行くしか……。
いや、待てよ?
ふと思いついたことがある。
「その子爵、ウメチカとは何か連絡を取っているのか?」
旧王城跡の裏庭には古井戸があり、その底からウメチカの外縁部までは、ほぼ直通の洞穴となっている。長い間、ウメチカ王家の方針で洞穴は封鎖されていたが、先日、他でもない俺自身が洞穴へ入り、防壁を切り崩して地上へ出ている。
スーさんは首をかしげつつ、ぴこぴこと長耳を振った。お、その仕草、ちょっと可愛いとか思ってしまった。おのれこの動く骸骨、無駄に美少女アピールしおって。
「いまの時点では、そういう様子は見られません。例の古井戸も放置されております。おそらく地下のウメチカの存在自体、まだ把握していないのではないかと」
ほう。となると……。
エヴラール子爵とやらが今後、古井戸から続く洞穴、その先にあるウメチカの存在を知ったなら、それらへどういう対処をするだろうか。もし子爵が本気で王様になるつもりなら、ウメチカ王家の存在は邪魔にしかなるまいが……逆に、王家への忠誠心が残ってるなら、あのウメチカ王を地上へ引っ張り出そうとするだろう。
また、ウメチカ側が旧王都の現状とエヴラール子爵の存在を知ったとき、どう動くか。あるいは動かないのか。これも気になる。
どちらにせよ、面白いことになりそうだ。ちょいと突っついてみるのも楽しいかもしれない。ウメチカが動揺すればするほど、後々俺がウメチカを掌握しやすくなる。立ち回り次第では、エヴラール子爵の勢力の切り崩しや弱体化も可能だろう。そうなれば、わざわざ俺が旧王都まで出向いて直接手を下さずとも、ミーノくんの軍勢だけで子爵の勢力を叩けるようになるかもしれん。この状況を利用しない手はないな。
「何か、手をお打ちになりますか」
スーさんが訊ねるのへ、俺は軽くうなずいてみせた。
「偽書疑心の計……いってみよう」
かつてボッサーンが俺を罠に嵌めた例のアレ。あの手で、地上と地下を同時にひっかき回してやろうじゃないか。




