542:悪人とバイニン
ウメチカへ戻る女子供は、馬車七両に分乗させ、商人どもに送らせる。数日のうちに故郷へ辿り着けるはずだ。
おそらく、ウメチカへ帰っても、全員が何もかも元通りの生活というわけにはいくまい。特に子供たちは。だがそこまでは俺も面倒みきれん。自力でなんとか頑張ってもらおう。
「勇者さま。本当にありがとうございます。このご恩は、決して忘れません……!」
女どもの代表として、例の美熟女が、涙ながらに礼を述べてきた。
さっき、リフトに乗ってるときに、少し身の上話を聞いていた。この美熟女さん、もともとウメチカの下級貴族の嫁さんで、半年ほど前、家族揃って馬車で移民街へ向かう途中、血蛇団に襲われ、旦那と息子を殺されたうえ、自分はアジトに攫われた……という。ただ嫁ぎ先は貧乏貴族だったが、実家のほうは大貴族らしいので、帰ったらそちらに身を寄せて、今後のことを考えたい、とか。
「リネスちゃんも、助けてくれてありがとう。勇者さまに、たくさん可愛がってもらえるように、頑張ってね。応援してるから」
「えへへ、どーいたしましてっ。もうボクもアークの立派な愛人だからね。頑張るよ!」
リネスと美熟女は、笑みを交わしあった。何を頑張るのか、よくわからんが……。
「わたしも負ませんからねー? ここからが勝負ですよ!」
横からミレドアがにっこり微笑んで宣言する。ミレドアは他の女どもとは逆方向。サントメールの馬車に同乗して、いったん移民街へ入り、そこで雑貨や食料品など店の売り物を仕入れてからダスクへ戻るという。こんなときでも商売のことは忘れてないんだな。意外にしっかりしてるというか。
やがて、女どもを分乗させた馬車七両は、列をなしてウメチカ方面へ走り去った。それを見送りつつ、サントメールが一礼する。
「では、我々もこれにて。今回のアレステル卿のご活躍は、ほどなく移民街でもウメチカでも大きな評判となるでしょうな」
そりゃ、オマエがそういうふうに宣伝するからだろ。たぶん色々と面白おかしい背鰭尾鰭が付くんだろうなあ。
「……貴公の協力に感謝する」
俺は小さくうなずき、こう告げた。
「いずれ、時至れば、ともにウメチカへ赴こう」
「ええ。そう遠いことではありますまい」
サントメールは渋い笑みを残して馬車に乗り込んだ。いやぁ、好きだわこういう奴。打てば響くって、こういうことだろうな。
サントメールに続いてミレドアも馬車に乗り、窓から身を乗り出して手を振った。
「勇者さまっ、助けてくださって本当にありがとうございましたぁ! ダスクで待ってますから、いつでも来てくださいねー! いっぱい、いーっぱい、お礼しますからー!」
そう呼びかけてくる笑顔がキラキラ輝いている。暗い地下通路に光を振りまく宝石のようだ。こうして見てると、本当に一段レベルの違う美少女っぷり。いわれんでも、地下の探索がひと段落ついたら、またダスクに寄るつもりだがな。現状、遺跡の出口がこの地下通路とミレドアの家の二箇所しかないし。
馬車が動き出す。この次にサントメールと会うときには、おそらくウメチカはかなり混乱してるだろう。俺のほうでも工作を仕掛けるからな。
駆け去る馬車を見送りつつ、リネスがぽそりと呟いた。
「あのおじちゃん、なんか、すごい悪い人みたいに見えたんだけど……気のせいかな?」
たぶん気のせいじゃないと思うぞ、それ。子供の勘ってのは無駄に鋭くて困る。
サントメールらが馬車で去った後も、まだ四人ほど、商人どもがその場に残っていた。俺と交渉がしたいとかで。
「交渉とは?」
訊ねると、かなり年配のヒゲ面の男が、代表して答えた。
「わたくし、虹の組合所属の交易商で、ジルド・レエモンと申します。……血蛇団は、勇者さまが全滅させたという話でしたな」
「そうだ」
「ということは、いま、アジトは無人になってるわけですな?」
「そうだな。……ひょっとしたら、どこかに一人や二人、生き残りが隠れてるかもしれんが」
「その程度なら、問題はありますまい。交渉というのは、血蛇団が使っていたアジトの所有権についてです。我々は現在、それは勇者さまの手に帰しているものと認識しております」
……あー、なるほど。血蛇団のアジトとなっていた、地下遺跡内の様々な施設。本来は誰のものでもないはずだが、血蛇団を殲滅した俺が、そこの所有権を主張したとすれば、誰もそれに文句を言える奴はいない。法的根拠など何もないが、事実上、俺の私有地ということになるだろう。あくまで、俺がそれを主張すれば、の話だが。
で、このジルドとかいうおっさんは、先手を打って、アジトの所有権を自分らに譲ってくれと言ってきてるわけだ。
「それはサントメールの指示か?」
と訊くと、ぴくり、と、ジルドのこめかみが動いた。
あ。こいつ、なーんか企んでやがんな。こういう輩は信用できん。……それに、こいつらの身体からは、みょーな匂いが漂ってきている。どこかで嗅いだおぼえのある、独特の匂いが。
「はい。あの方のご意向です。地下に新たな交易の拠点を築くために、あそこは絶好の位置にあると……」
嘘こけボケ。こいつの態度と口調、そしてこの匂いで、もうだいたいカラクリが読めた。
俺はアエリアを抜き、無造作にジルドの首を刎ね飛ばした。さらに一歩を踏み込み、残る三人を瞬時に斬り捨てる。血風一陣、あとに残るは血の泥濘に沈む四つの死骸。
「……ふざけた連中だ」
俺はアエリアを鞘にしまった。リネスが少々驚いた顔を向けてくる。
「なんで斬っちゃったの?」
「商人は商人でも、こいつらの扱う商品は麻薬だ」
「あー……そういうこと。そっか、そりゃ許せないよね」
リネスは大きくうなずいてみせた。
こいつらの身体から漂っていた匂い――それは昨夜、あの未の間に咲き誇っていたケシの変異種と同じもの。あれを血蛇団と取引していた相手が、この連中だったわけだ。おおかた、あそこのケシ畑を独占するために、俺に交渉を持ちかけてきたのに違いあるまい。当然、サントメールの意図など関係ない。もしそうなら、サントメール自身が俺に交渉を持ちかけてくるだろう。そもそも、虹の組合はそんな物騒なブツの取引など認めていないはずだ。
もっとも、俺がこいつらを斬り殺したのは、べつに麻薬が悪いだとか許せないだとか、そんな義憤にかられてのことじゃない。
あのケシの変異種は今後しばらく、スーさんに管理してもらって、収穫物はルザリクへ運び込むつもりだ。あれには麻薬としてでなく、もっと別の利用価値がある。こんな連中に横取りされてはかなわんので、さっさと殺した。それだけのことだ。




