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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: 伊達ジン


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第4話 黄金の底値と雨の日の記憶

 1999年4月13日、火曜日。

 入学式の翌日。今日から本格的な授業が始まる。


 俺は登校前に、ノートパソコンで商品先物市場のチャートを確認していた。

 画面に映し出されているのは、金の価格推移だ。

 1グラムあたり1000円前後。歴史的な大底圏にある。

 ITバブルに沸く世間では「金なんてオワコンだ」「利子がつかない資産はゴミだ」と見向きもされていない。

 だが、俺は知っている。20年後、この金属が1グラム1万3000円を超える価値を持つことを。通貨の価値が揺らぐ時、最後に信じられるのはこれだ。


 (……現物資産として、底値のうちに拾っておくか)


 俺は短くメモを取り、パソコンを閉じた。


 1限目は現代社会の授業だった。

 教壇に立つ初老の教師は、新入生を値踏みするような視線で教室を見渡した。


「えー、では早速だが。バブル経済崩壊後の日本における金融システムの問題点について、誰か答えられる者はいるか?」


 高校1年生の最初の授業にしては、難易度の高い質問だ。

 教室の空気が固まる。誰も目を合わせようとしない。

 教師は満足げに鼻を鳴らし、出席簿に目を落とした。


「いないか? ならば、入試トップの西園寺くん。君なら答えられるかね?」


 指名された俺は立ち上がった。

 試されているのだろう。俺は現状認識を加えて答えた。


「はい。最大の問題点は、金融機関が抱える巨額の不良債権処理が遅れていることです。地価の下落により担保価値が目減りし、貸し渋りや貸し剥がしが横行しています。これにより企業の資金繰りが悪化し、景気回復の足かせとなっていると考えます」


 淡々と、事実のみを述べる。

 教師は目を丸くしたが、すぐに咳払いをして頷いた。


「……うむ。よろしい。教科書をよく予習しているようだな」


 俺は一礼して着席した。

 周囲から「すげぇ」「ガチだ」という囁きが聞こえる。

 その中で、隣の席の男子生徒が、背もたれにふんぞり返りながら俺を見ていた。

 金髪に染めた短髪。着崩した制服。

 城戸隼人だ。


「へぇ……ただの優等生ってわけじゃなさそうだな」


 隼人の言葉の裏には、探るような好奇の光があった。


 昼休み。

 俺は購買で買ったサンドイッチを持って、自分の席に座っていた。

 教室の前方では、いつものように日向翔太と桜木マナが会話している。


「翔太、お昼どうするの? ……あのね、今日は早起きして作ってきたんだ」


 マナが恥じらいながら、可愛らしい包みの弁当箱を取り出した。

 中身が見えなくても分かる。彼女のことだ、翔太の好物である唐揚げや卵焼きを、彩りよく詰めてきたに違いない。

 早起きして、幼馴染のために手間をかける。その健気さは、誰が見ても微笑ましいものだ。

 だが、日向の反応は鈍かった。


「えー? 弁当? ……わりぃマナ、俺、今日は購買の焼きそばパンって気分なんだよなー。もう買っちゃったし」


 日向は片手に持った焼きそばパンを掲げて見せた。

 マナの表情が凍りつく。


「あ……そ、そうだよね。ごめん、勝手に作ってきちゃって……」

「おう、気にすんなよ。晩飯の時にでも食うからさ。あ、それか誰かにやる?」

「……ううん、いい。自分で食べる」


 マナは力なく笑い、弁当箱を鞄にしまった。

 その指先が微かに震えている。

 日向に悪気はないのだろう。「気分じゃないものを無理に食べるのは失礼だ」という、彼なりの理屈があるのかもしれない。

 だが、相手の「気持ち」に対する想像力が欠如している。


 俺は無自覚な残酷さに心の中で独りごちて、サンドイッチを口に運んだ。


 放課後。

 帰ろうと鞄を手に取った俺の机に、影が落ちた。


「おい西園寺。面貸せよ」


 城戸隼人だ。

 ポケットに手を突っ込み、鋭い目つきで見下ろしている。

 クラスの空気が張り詰めた。


「……何か用か、城戸くん」

「くん付けはやめろ、気持ち悪ぃ。……俺のダチが日曜に青山でお前を見たってよ。すげぇ美人連れて、チンピラを法律で脅してたってな。昨日の挨拶見て確信したらしいぜ」


 なるほど、偶然通りかかった生徒に見られていたのか。

 隼人はニヤリと笑った。


「気に入ったぜ。……おい西園寺。ゲーセン付き合えよ。奢らねぇけどな」


 有無を言わせぬ強引さ。

 だが、その声には陰湿な響きはない。純粋に俺という人間に興味を持ったゆえの誘いだ。

 断る理由もない。俺は短く思案し、頷いた。


「いいだろう。ただし、手加減はしないぞ」

「はっ! 上等だオラ!」


 駅前のゲームセンターは、煙草の煙と電子音に満ちていた。

 俺と隼人は対戦台に座り、『ストリートファイターZERO3』で拳を交えた。

 結果は、俺の圧勝だった。

 経験値と、動体視力の差だ。


「くっそー! なんで勝てねぇんだよ! お前、絶対やり込んでるだろ!」

「読みが甘い。攻めっ気が強すぎて隙だらけだ」

「うるせぇ! もう一回だ!」


 結局、10戦やって俺の8勝2敗。

 店を出る頃には、日は傾きかけていた。

 隼人は缶ジュースを飲みながら、清々しい顔をしていた。


「あー、腹立つけどスッキリしたわ。……悪かったな、無理やり連れ回して」

「いや、いい気分転換になった。意外と楽しかったよ」

「意外とはなんだよ。……ま、お前が話せる奴だってわかっただけで収穫だわ」


 隼人は俺の肩を軽く叩いた。

 乱暴だが、そこには確かな親愛の情があった。

 彼のような裏表のない人間との関係は、計算高い大人社会に疲れた俺にとって、貴重なものになるかもしれない。


「じゃあな、西園寺。また明日」

「ああ。また明日」


 手を振って去っていく背中を見送り、俺は携帯電話を取り出した。

 迎えの車を呼ぶ時間だ。


 迎えに来た黒塗りのセダンの後部座席に乗り込む。

 運転席には、タイトなスーツを着こなした女性が座っていた。

 如月舞。

 俺の個人資産管理会社の社長秘書であり、公私にわたるパートナーだ。

 19歳とは思えない落ち着きと、陶器のような白い肌を持つ美貌は、車内の空気を凛と引き締める。


「お疲れ様です、オーナー。……ご友人との時間は楽しめましたか?」


 バックミラー越しに、舞の大きな瞳が俺を捉える。


「ああ。騒がしい奴だが、悪い人間じゃない」

「そうですか。オーナーが年相応のご友人と過ごされるのは、良いことだと思います」


 彼女の声のトーンが和らいだ気がした。

 車は夕暮れの都心を滑るように走る。

 窓の外には、建設中のビル群が見える。バブル崩壊で暴落した地価も、都心部ではようやく下げ止まりの兆しを見せている。

 ここから不動産流動化ビジネスが本格化する。


「舞、例の青山と六本木の物件データ、まとめておいてくれ」

「はい。既に机の上に。……それと、オーナーの好物のコーヒーも用意してあります」

「気が利くな」


 舞は無表情を崩さないが、その忠誠心は言葉の端々から伝わってくる。

 彼女との出会いを思い出す。

 あれは2年前。俺がまだ中学2年生、彼女が高校3年生の時だった。


 激しい雨が降る公園。

 ブランコに座り、ずぶ濡れで震えている少女――それが舞だった。

 父親が連帯保証人になり、多額の借金を背負わされた直後。ヤクザまがいの業者が自宅に押し寄せ、暴力的な取り立てを行う。


 「娘を風俗に沈めれば金になる」。


 そんな脅しを受け、彼女は進学を諦め、家族のために身を売る決意を固めていた。

 俺は通りがかりに彼女を見つけ、傘を差し出した。


『……風邪を引きますよ』

『……放っておいてください。どうせ、もう終わりなんです』


 彼女の瞳は死んでいた。

 俺は事情を聞き出し、その場で業者への連絡先を聞いた。

 中学生のガキが出てきても相手にされないだろう。だから俺は、金と法律を使った。

 雇っていた顧問弁護士を使い、業者の貸付契約における違法性を指摘。元本のみの一括返済という条件で、強引に手打ちにさせた。

 返済原資は、俺が株で稼いだ金だ。


『借金はなくなりました。貴女が身を売る必要もない』


 呆然とする彼女に、俺は名刺を渡した。


『その代わり、働いてもらいますよ。簿記1級を持っていると聞きました。俺の資産管理会社の帳簿整理を手伝ってほしい。……給料は出します』


 彼女は震える手で名刺を受け取り、雨の中で俺に平伏した。

 あの時の、涙で濡れた瞳を今でも覚えている。


「……オーナー? どうなさいました?」


 舞の声で、俺は我に返った。

 いつの間にか、マンションの地下駐車場に到着していた。


「いや……昔のことを思い出していただけだ。雨の日のことをな」

「……!」


 舞の手が、ハンドルを握りしめる。

 バックミラー越しの彼女の耳が、朱に染まっているのが見えた。


「……あの日、傘を差し出していただいたこと。私は一生忘れません」

「恩に着せるつもりはない。君はもう十分に、仕事で返してくれている」

「いいえ。……あの日から、私の時間はすべてオーナーのためにあると思っていますから」


 彼女は熱のこもった声でつぶやいた。

 その言葉には、単なる主従を超えた重みがあった。

 俺たちの間にある絆は、世間の常識で測れるようなものではない。


「……頼りにしているよ、舞」


 俺は短く告げ、車を降りた。背中に彼女の熱を帯びた視線を感じながら、エレベーターホールへと歩みを進める。

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