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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: 伊達ジン


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第18話 所有の錯覚とフリーミアムの夜明け

 1999年4月27日、火曜日。

 ゴールデンウィーク前の慌ただしさと、初夏の気配が混ざり合う朝。都心を走るハイヤーの快適な後部座席で、分厚い事業計画書の最終チェックを行っていた。


 今回のテーマは『携帯で服を買う文化』の創出。

 PCベースのインターネット通販が少しずつ市民権を得つつある1999年において、小さな液晶画面を通してアパレルを販売するという発想は、多くの大人たちには正気を疑われる滑稽な試みに映るだろう。

 画面は小さく、画像は粗いモノクロ。通信速度は絶望的に遅い。

 だが、ターゲットである女子高生たちは、そのハードウェアの不自由さを、親指一本の高速入力技術と、類稀なる想像力で補完している。彼女たちが求めているのは、スペックではなくコミュニケーションだ。

 赤ペンで資料に力強く書き込む。


 カリスマ店員や読者モデルが着用した画像を掲載し、テキストでその魅力を煽る。


 「渋谷で流行っている」「あの子も持っている」。その情報を親指一つで共有し、タップひとつで購入を完了させる。この手軽さが、論理を超えた衝動買いを誘発する。


 今のうちにこの未開拓市場を押さえ、ユーザーの購買データと行動履歴を蓄積しておけば、デバイスが進化した瞬間に他社が追いつけない圧倒的なスタートダッシュを切れる。


「オーナー。先日ご指示いただいた、サーバーの増強計画について見積もりが出ました」


 運転席の舞が、信号待ちのタイミングを見計らって口を開いた。

 今日の彼女は、ダークネイビーに細いピンストライプが入った、知的なパンツスーツを纏っている。陶器のように白く滑らかな肌と、バックミラー越しに見える切れ長の瞳は、常に冷静に状況を分析し、こちらの思考を先読みしようとしている。その洗練された落ち着きは、年齢の壁を超えて心地よい共鳴を生む。


「想定の範囲内か?」

「はい。ですが、オーナーの予測通り、サービス開始後の急激なトラフィック増加に対応するためには、現状のプランではリスクがあります。さらに冗長性を持たせる必要があります」


 舞は一度言葉を切り、少し思案してから続けた。


「そこで提案なのですが。自社サービスのインフラを過剰なまでに強化するついでに、その余剰リソースを外部に貸し出す事業も検討してはいかがでしょうか」


 その提案に、思わず口角が上がった。

 さすがだ。次に指示しようと考えていたことと、全く同じ答えに自力で辿り着いている。


「格安レンタルサーバー事業、そしてITエンジニア特化の人材派遣か」

「はい、その通りです。現在、渋谷の熱気に惹かれて上京してきたものの、働く場所や開発インフラを持たない優秀な技術者が溢れています。彼らを高待遇で囲い込み、サーバーという『武器』と共にセットで企業に提供する。需要は、爆発的にあるかと」


 見事な分析だ。背中に向かって、心からの賞賛を送る。


「採用だ。舞、お前は本当に優秀なパートナーだな。俺の思考をここまで正確にトレースできる人間はいない」

「恐縮です。私はただ、オーナーの描く壮大な絵図を、なぞっているに過ぎません」


 彼女の声が、ほんの少し、嬉しそうに弾んだ気がした。

 この忠誠心と高い事務処理能力を兼ね備えた彼女の存在こそが、何よりも代えがたい最大の資産だ。


★★★★★★★★★★★


 学校に到着し、1年A組の教室に入る。

 朝のホームルーム前だというのに、教室の一角が妙に騒がしかった。

 中心にいるのは、翔太だ。

 彼は机に腰掛け、数人の男子生徒に囲まれながら、得意げに声を張り上げていた。


「だーかーら! マナは俺の幼馴染だから! 昔っから俺の世話焼くのが趣味みたいなもんだからさ、手出すなよ?」


 耳を疑うような言葉だった。

 男子たちが「えー、お前ら付き合ってんの?」と冷やかすと、翔太はニヤニヤしながら否定も肯定もしない、曖昧な態度を取る。


「ま、そういうことだから。あいつのことは俺が一番分かってるし、あいつも俺がいないとダメだからさー。他の奴が入る隙間なんてねーよ」


 所有権の主張。そこに、マナ本人の意思や感情は介在していない。

 彼はマナを一個の人格を持った人間としてではなく、自分の人生を彩る「付属品」として扱っている。

 マナ本人はまだ登校していないが、先日の一件ですでに傷つき、離れようとしている彼女に対し、この期に及んでまだ「自分のモノ」だと思い込んでいるその無自覚な鈍感さが、何よりも罪深い。


 バンッ!


 突然、教室の空気を引き裂くような乾いた音が響いた。

 一瞬にして喧騒が止まり、空気が凍る。

 音の発生源は、窓際の席。

 高城が、読んでいた厚いハードカバーの本を思い切り机に叩きつけた音だった。

 彼女は静かに席を立ち、冷徹な足取りで翔太たちの輪に近づいた。

 顎のラインで切り揃えられた艶やかな黒髪のボブカット。知性を宿した涼しげな瞳は、今は絶対零度の軽蔑を湛えている。

 クラスでも一目置かれるクールビューティーの接近に、取り巻きの男子たちが慌てて道を空けた。


「おい日向」


 高城の声は低く、そしてナイフのように鋭かった。


「あ? なんだよ高城。また朝から小言かよ?」


 翔太はヘラヘラと笑っている。空気が読めていないどころか、自分が「いじられている」程度の認識しか持っていない。


「マナは、貴方のモノじゃないわ。勘違いしないで」


 高城は翔太の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。

 その言葉には、親友としての激しい怒りと、翔太という人間に対する底知れぬ軽蔑が凝縮されていた。

 だが、翔太の脳内では、その意味が変換されない。


「はぁ? 何マジになってんの? 俺たち幼馴染だし、生まれた時から一緒だし、普通だろ?」

「普通じゃない。貴方がしていることは、信頼ではなく、ただの執着と甘えよ。マナの気持ちを、一度でも真剣に考えたことがあるの?」

「あるよ! あいつも俺と一緒にいれて嬉しいはずだろ? 幼馴染なんだから!」


 会話が成立していない。

 翔太の辞書には、「マナが自分を嫌う」「マナが自分から離れる」という可能性のページが存在しないのだ。その盲目的な自信は、ある種の狂気すら感じさせる。


「話にならないわね」


 高城は深く、諦めにも似た溜息をつき、汚いものを見るような視線で翔太を一瞥した。


「警告したわよ。これ以上、マナを自分の都合で縛り付け、彼女の尊厳を傷つけるなら、私が許さない。消えて」


 高城は踵を返し、凛とした背中で自分の席へと戻っていった。

 翔太は「なんだよアイツ、生理か? 怖ぇーな」と肩をすくめているだけだ。


 自分の席から、その一部始終を静かに見ていた。

 高城の怒りはもっともだ。そして、彼女が公然と動いてくれたことで、クラスメイトたちの間にも「翔太の言い分はおかしいのではないか」という空気が醸成され始めている。

 外堀は埋まりつつある。俺が手を下すまでもなく、翔太の「裸の王様」としての王国は、崩壊の時を迎えようとしていた。


★★★★★★★★★★★


 放課後。舞と合流し、渋谷の雑然としたオフィスではなく、落ち着いた高級ホテルのラウンジに来ていた。ここなら誰に聞かれることもなく、重要な戦略を練ることができる。

 ダージリンの香りが漂う中、向かい合って座る。


「NTTドコモへのロビー活動、順調なようですね」

「はい。iモード事業部の担当者と接触し、当社の技術力とコンテンツの質をアピールしております。特に、先日オーナーが指摘された『サーバーの安定性』に関しては、非常に高い評価を頂きました。他社が頻繁にダウンする中、当社のインフラは盤石であると」


 舞が手帳を開きながら報告する。


 「絶対に落ちないサーバー」を持つコンテンツプロバイダは、プラットフォーム側から見れば喉から手が出るほど欲しい存在だ。公式メニュー入りの内諾も近いだろう。


「よし。では次のフェーズだ。夏休みに向けて、サイト内の有料コンテンツを期間限定で無料開放するキャンペーンを打つ。まずはユーザーを囲い込み、依存させる」

「パケット代はユーザー負担としつつ、サービスへの敷居を下げるのですね」

「ああ。そしてここから『フリーミアム』を導入する。基本的な閲覧と書き込みは無料だが、より深く楽しむための機能を有料化する」

「月額課金ですね」

「そうだ。月300円。高校生のお小遣いでも痛くない金額だ。あしあと機能やプロフィールのカスタマイズ、画像保存容量の拡張など、承認欲求を刺激する機能をプレミアム枠にする」


 プリクラをスキャンした画像や、デジカメで撮った写真をアップロードして共有する文化は、既に若者の間で生まれつつある。画像の保存場所とコミュニケーションの場を提供することは、最強の武器になる。


「今年度中のKPIとして、会員数10万人を設定する。舞、いけるか?」

「オーナーがそう仰るなら、必ず達成してみせます」


 舞は迷いなく答えた。

 その瞳には、絶対的な信頼と仕事への情熱が宿っている。仕事の話をしている時の彼女は、冷徹な秘書そのものだ。だが、ふとした瞬間にティーカップを持つ指先が優雅だったり、髪を直す仕草に無自覚な色気があったりと、女性としての魅力も隠しきれていない。


「少し、休みましょうか。仕事の話ばかりでは、疲れるでしょう」

「いえ、私はオーナーのお役に立てることが、何よりの喜びですので」

「では、これは個人的な要望だ。舞、他愛のない世間話がしたい」


 そう言うと、舞は虚を突かれたように瞬きをし、それからふわりと頬を染めた。

 能面のような秘書の顔が崩れ、年相応の少女の顔が覗く。


「オーナーはずるいですね。そんな風に言われては、断れません」


 彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。

 それからしばらくの間、最近観た映画の話や、街で見かけた面白いものの話に花を咲かせた。ビジネスの戦場における、束の間の休息。この時間が、鋭敏すぎる神経を癒やしてくれる。


★★★★★★★★★★★


 帰宅後。

 自室のハイスペックPCに向かい、今日の構想を具体的な仕様書に落とし込んでいた。

 プロフィールサイトの構築。名前、年齢、住み、趣味、そして「今の一言」。

 これらを登録し、相互にリンクを張り合うことでコミュニティを形成する。

 世紀末の若者たちは孤独を恐れ、繋がりを求めている。常時ポケットに入っている接続デバイスを手に入れた彼らに、24時間アクセスできる「居場所」を提供する。

 そこに承認欲求を満たす仕掛けと課金ポイントを設ければ、莫大な収益源となる。


 窓の外には、東京の夜景が広がっている。

 あの光の一つ一つに、携帯電話を握りしめ、誰かと繋がりたいと願う若者たちがいる。繋がりという欲求を満たす強固な土台。

 カタカタと、キーボードを叩く手が止まらない。画面の中で、未来の巨大プラットフォームの原型が組み上がっていく。

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