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40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします  作者: 伊達ジン


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第18話 所有の錯覚とフリーミアムの夜明け

 ゴールデンウィーク前の特有の慌ただしさと、微かな高揚感が街全体を包む中、俺は、滑らかにアスファルトを滑るハイヤーの車内で、分厚い事業計画書の最終チェックを行っていた。


 テーマは『携帯電話で服を買う文化』の完全な創出。

 PCベースのインターネット通販が徐々に主流となりつつある現在、iモードというモノクロで極小の画面を通してアパレル商品を販売するという発想は、既存の流通業界の大人たちには極めて滑稽な夢物語に映るだろう。

 画面は小さく、画像の解像度は粗く、通信速度は苛立つほど遅い。

 だが、俺のターゲットである渋谷の女子高生たちは、そのハードウェアの不自由さを、親指一本の超高速入力と、トレンドを読み取る類稀なる想像力でいとも簡単に補完してしまう。


「……彼女たちは、端末のスペックに依存しているわけではない。そこに流れる『空気感』を買うのだ」


 俺は赤の万年筆で、資料の余白に力強く書き込んだ。

 雑誌で憧れているカリスマ店員や読者モデルが実際に着用した画像を掲載し、刺さるテキストでその魅力を徹底的に煽る。そこから、わずかなタップ数だけで購入が完了する導線を構築する。

 この「思い立った瞬間に買える」という手軽さが、若者の衝動買いを爆発的に誘発する。これは十数年後に訪れるスマートフォン時代において、巨大IT企業が世界的な覇権を握るための原始的なモデルケースとなる。

 競合が不在の今のうちにこの未開拓市場を完全に押さえ、圧倒的な数のユーザーの購買データと行動履歴を蓄積しておけば、デバイスが進化した瞬間に、誰にも追いつけないスタートダッシュを切れる。


「社長。……データセンターのサーバー増強計画ですが、先ほど複数のベンダーから相見積もりが上がってきました」


 運転席の如月舞が、信号待ちで車が停止したタイミングで静かに口を開いた。

 今日の彼女は、ダークネイビーのピンストライプのスーツを完璧に着こなしている。バックミラー越しに後部座席の俺を一瞥したその視線は、無駄な感情を排し、常に冷徹に状況の最適解を分析しているプロフェッショナルのそれだ。19歳とは思えないその落ち着き払った声のトーンは、15歳の体に41歳の精神を宿す俺の波長と、非常に心地よく合致する。


「想定の範囲内か?」

「はい。ですが、今後の急激なトラフィック増加に耐えうるよう、さらに強固な冗長性を持たせる必要があります。……そこで一つ、提案なのですが。自社サービスのインフラをオーバースペックなまでに強化するついでに、その余剰リソースを小口に分割し、外部に貸し出す事業も並行して検討してはいかがでしょうか」


 舞の提案に、俺は思わず口角を上げた。

 さすがだ。俺の脳裏にあった次の展開と、全く同じ答えに辿り着いている。


「格安のホスティング事業、およびITエンジニアに特化した人材派遣か」

「はい。現在、ビットバレーと呼ばれる渋谷周辺の熱気に惹かれて、地方から上京してきた若き技術者が溢れています。しかし彼らの多くは、働くためのオフィスや安定したインフラを持っていません。当社が彼らを囲い込み、強固なサーバー環境と共にセットで企業へ提供する。……潜在的な需要は計り知れないかと」


 素晴らしい。

 俺は彼女の頼もしい背中に向かって、心からの賞賛を送った。


「即採用だ。舞、お前は本当に優秀なビジネスパートナーだ」

「……恐縮です。社長の描く広大な絵図を、ほんの少し先回りしてなぞっているに過ぎません」


 彼女のトーンは変わらなかったが、その声の響きが、ほんの少しだけ弾んだ気がした。

 絶対的な忠誠心と、それを裏付ける圧倒的な実務能力を兼ね備えた彼女の存在こそが、俺の最大の資産かもしれない。


 学園に到着し、1年A組の教室に入る。

 朝のホームルーム前、教室の黒板側の一角が妙に騒がしかった。

 その中心にいるのは、翔太だ。

 彼は数人の男子生徒に囲まれ、自分の席の机に腰掛けながら、得意げに声を張り上げていた。


「だーかーら! マナは俺の幼馴染だから! 変なちょっかい出すなよ?」


 耳を疑うような、前時代的な言葉だった。

 周囲の男子たちが「えー、お前らマジで付き合ってんの?」「抜け駆け禁止だぞ」と面白半分に冷やかすと、翔太はニヤニヤと笑いながら、明確な否定も肯定もしない。


「ま、そういうことだから。あいつのことは俺がガキの頃から一番分かってるし、あいつも俺がいないと何もできないからさー。他の奴が入る隙間なんてねーよ」


 あからさまな所有権の主張。

 そこに、桜木さん本人の意思や人格は一切介在していない。彼は彼女を一人の独立した人間としてではなく、自分の自尊心を満たすための便利な付属品として扱っている。


「……へえ。私がいないとダメ、なんだ」


 ふいに、静かで、ひどく冷たい声が教室の喧騒を切り裂いて響いた。

 翔太のニヤけた笑顔が、ピクリと引きつる。

 教室の入り口に、桜木さんが立っていた。

 彼女は通学鞄の持ち手を両手で固く握りしめ、真っ直ぐに翔太を見据えている。その顔に、かつて彼に向けていたような「世話を焼く母親」のような甘い面影は一切ない。

 無神経な言葉に傷つき、雨の中で涙を流したあの夜を乗り越えた、一人の自立した少女の毅然たる顔がそこにあった。


「お、マナ! ちょうどよかった、お前からもこいつらに言ってやって――」

「翔太。……もう、私のことは放っておいて」


 桜木さんの静かな言葉は、鋭い刃のように翔太の軽薄な空気を切り裂いた。

 周囲の男子たちが、ただならぬ緊迫感を察して、無言で後ずさる。


「は? なに言って……」

「私は翔太のモノじゃない。翔太の世話係でもない。……今まで、勝手にお節介焼いてごめんね。でも、もう翔太の面倒は一切見ないから。自分のことは自分でして」


 桜木さんは微塵も揺らぐことなくそれだけを言い残し、呆然とする翔太の前を通り過ぎた。

 向かった先は、今までのように翔太の隣の席ではない。窓際の、高城の隣の席だ。

 高城は顎のラインで切り揃えられた艶やかな黒髪を揺らし、無言で桜木さんのために椅子を引いて迎え入れた。二人の間には、他者が軽々しく介入できない、強固な信頼関係が築き上げられているのが見て取れた。


「マナ……おい、冗談だろ?」


 翔太は信じられないものを見る目で、桜木さんの背中を凝視していた。

 自分の都合の良い「所有物」が、自らの意思で勝手に鎖を引きちぎり、手の届かない場所へ飛び立ってしまった。その現実を、彼の極めて幼稚な自尊心はまだ処理しきれていないようだ。

 クラス中が水を打ったように静まり返る中、翔太だけが状況を理解できずに、ポツンと取り残されていた。


 俺は自分の席から、その一部始終を静観していた。

 ついに、彼女は自らの手で呪縛を断ち切ったか。

 俺が手を下すまでもない。翔太という「裸の王様」の崩壊は、もはや後戻りできないところまで進んでいた。


 放課後。

 俺は舞と合流し、渋谷の仮設オフィスではなく、近隣にある落ち着いたホテルのラウンジに来ていた。

 ここなら誰に聞かれることもなく、次の一手に関する重要な戦略を練ることができる。


「……NTTドコモへのロビー活動、順調なようだな」

「はい。iモード事業部のキーマンと接触し、当社の技術力とコンテンツの優位性をアピールしております。……特に、先日社長が指摘された『サーバーの絶対的な安定性』に関しては、非常に高い評価を頂きました」


 舞が手帳を開きながら、淡々と報告する。

 当時のドコモにとって、想定を遥かに超えるアクセス集中によるサーバーダウンは、最も頭の痛い喫緊の課題だった。「絶対に落ちないサーバーインフラ」を自前で持つコンテンツプロバイダは、彼らが喉から手が出るほど欲しい存在なのだ。

 公式メニュー入りの内諾も、時間の問題だろう。


「よし。では次のフェーズだ。……夏休みのトラフィック増に向けて、『通信し放題』キャンペーンを打つ」

「通信料の負担を、当社が持つということですか?」

「いや、パケット代は当然ユーザー負担だが、サイト内の有料コンテンツを期間限定で完全無料開放する。利益は度外視だ。まずは一人でも多くのユーザーをプラットフォーム内に囲い込む」


 そして、そこからが本番だ。

 俺はペーパーナプキンにボールペンで、簡単な収益モデルの図を描いた。


「ここからは『フリーミアム』の導入を本格的に考える。……基本的な閲覧とメッセージの書き込みは無料。だが、より深く、より優位に楽しむための機能を有料化する」

「月額課金モデルですね」

「ああ。月額300円。高校生のお小遣いでも痛手にならない、絶妙な価格設定だ」


 俺は具体的な特典機能を三つ挙げた。


「第一に、『あしあと』機能。誰が自分のプロフィールページを見たかが履歴として残る機能だ。これは人間の承認欲求と好奇心を強烈に刺激し、サイトへの滞在時間を劇的に伸ばす」

「なるほど……。自分の気になっている人が、自分のページを見たかどうかが分かる、というのは非常に強力な動機付けになりますね」

「第二に、プロフィールのカスタマイズ権。文字の色を変えたり、背景を点滅させたり、他者と差別化するために自由に装飾できる機能だ」

「そして第三に……」


 俺はペン先で、ナプキンの図の中央をコツンと叩いた。


「『アバター機能』と、それに連動する『デジタルアイテムの購入』だ」


 舞が、わずかに目を丸くする。


「PCを持たない彼女たちにとって、携帯電話の小さな液晶画面こそが、自分を世界に表現する唯一の『キャンバス』なんだ。自分の分身となるデジタルキャラクターに可愛い服を着せ替えたり、プロフィールページに専用のBGMを設定したりする。そのための装飾パーツを、月額課金で得たポイントで販売する」


 俺のロジックを聞き、舞の表情が驚きから感嘆へと変わっていく。


「……素晴らしい発想です。物理的なパソコンやカメラを持っていなくとも、携帯電話の内部だけで、完璧な自己表現と消費活動のサイクルが完結するのですね」

「そうだ。自己顕示欲という無限に湧き出るエネルギーを、すべて俺たちのシステムに還流させる」


 今年度中のKPI(重要業績評価指標)として、有料会員数10万人を設定する。

 俺は舞の目を真っ直ぐに見据えた。


「舞、いけるか?」

「社長がそう仰るなら、必ず達成してみせます」


 舞は迷いなく、力強く答えた。

 その瞳には、俺の描く未来への絶対的な信頼が宿っている。

 仕事の話をしている時の彼女は、極めて有能で冷徹な秘書そのものだ。だが、ふとした瞬間にコーヒーカップを持つ指先の所作が優雅だったり、流れた髪を耳にかける仕草に年相応の色気があったりと、女性としての魅力も十分に備えている。


「……少し、休むか。数字と仕事の話ばかりでは疲れるだろう」

「いえ、私は社長のお役に立てることが何よりの喜びですので」

「では、これは俺の個人的な要望だ。……舞と、他愛のない世間話がしたい」


 俺があえてそう言うと、舞は虚を突かれたように瞬きをし、それからふわりと、氷が解けるように頬を染めた。


「……社長は、本当にずるい方ですね。そんな風に言われてしまっては、秘書として断るわけにはいきません」


 彼女はプロフェッショナルの仮面を少しだけ外し、一人の19歳の女性として柔らかく微笑んだ。

 それからしばらくの間、俺たちは最近観た映画の感想や、街で見かけた流行りのスイーツの話など、あえてビジネスから遠く離れた話題に花を咲かせた。

 過酷なビジネスの戦場における、束の間の休息。この穏やかな時間が、俺の鋭敏になりすぎた神経を心地よく癒やしてくれる。


 帰宅後。

 俺は自室のPCに向かい、今日のラウンジで練り上げた構想を、具体的な仕様書としてテキストエディタに落とし込んでいた。


 『プロフィールサイト』の基礎構築。


 ハンドルネーム、年齢、住んでいる地域、趣味、そして「今の一言」。

 これらを登録させ、相互にリンクを張り合うことで、巨大な仮想コミュニティを形成する。これが、後のSNSへと繋がる源流となる。


「……鍵は、他者との『繋がり』への渇望だ」


 世紀末の若者たちは、得体の知れない孤独を恐れ、常に誰かとの繋がりを求めている。

 iモードという、24時間どこにいても手放さない常時接続デバイスを手に入れた彼らに、安全で刺激的な居場所を提供する。

 そこに適切な課金ポイントを設ければ、莫大な収益を生み出すプラットフォームが完成する。


 キーボードを叩く手が止まらない。

 黒い画面の中で、未来の巨大な経済圏の原型となるコードと仕様が、次々と組み上がっていく。

 俺は仕様書の最後の項目を書き終えると、力強くエンターキーを叩き、深く息を吐きながら椅子の背もたれに体を預けた。

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