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データの鼓動 S.ヒノワ

 私とアルミラちゃんは、防衛を任された東側へと向かった。そこにもやっぱり荒野が広がっている。


「火星、荒野しかないの?」


「LDOの火星はあんまり開拓が進んでいない設定なんですよ。火星人が住んでたせいで他の惑星よりテラフォーミング完了が遅れてしまった、とかで」


「いたんだ火星人……」


 ともかく見慣れた荒野だが、今回はたくさんのプレイヤーがおりいつもよりにぎやか。テントを設営してアイテムを売買しているプレイヤーや、臨時の小隊パーティメンバーを募集しているプレイヤーなど、MMOっぽい交流が繰り広げられている。


「なあ、中型EDA用ショットガン弾って売ってるか? 用意してくんの忘れちまった」


「中型用は持ってきてねぇなぁ。ここは小型のTW系EDAが主力の火星圏だぜ、中型や大型向けを売ってるやつはいないんじゃねえかな」


「こっちにあるぞ、デトロイト・ダイナミクスの中型ショットシェル。お安くしときますぜ」


「街で売ってるやつより倍くらい高いんだけど!? くそう、いまから街に戻ってたら襲撃開始に間に合わんしな……しょうがない30発くれ!」


「まいど~」


「小隊メンバーあとひとり募集中でーす。現在のメンバー構成はTW型3機、ZG型1機、WF型1機。現在の配信視聴者数は合計で約200人でーす。できれば索敵や回復サポートできる支援機体乗り希望ー」


 と、その人混みを前にして、アルミラちゃんが一歩だけ後ずさる。


「どうしたの?」


「人が多いところはあんま好きじゃあないんですよねぇ。私、繊細なので。ひひひ」


《繊細……?》


《繊細とは、物の形が細く優美であること。また感情がこまやかで感じやすいこと》


《うどんのようにごんぶとハートのアルミラさんが繊細……?》


《いやいちおう繊細なところもあるんスよアルちゃん博士……》


《うっそだ~?》


「失礼な視聴者どもめ!?」


 むきーっとカメラドローンに怒りつつ、アルミラちゃんは人の少ない方へと歩いていく。私もそのあとを追って――、


「む? ようやく来たようだね」


 知らない人に話しかけられた。


 パイロットスーツ姿のスマートな女性。眼鏡をキラっと輝かせ、口元にニヤリと笑みをたたえている。私たちがその頭上のプレイヤーネームを読む前に、彼女は自ら名乗った。


「顔をあわせて話すのははじめてだね。タクトだ」


「タクト……?」


「……ランカーの、ですかね?」


「うん。以前にランダムマッチで君たちと戦ったことがあるのだが……覚えていないかな?」


「……思い出した。AS01TAUの初陣で戦った人!」


「戦った、と言ってもあの時は一瞬でやられてしまったがね。ははは」


「な、なんだかすいません……」


「いいさ、それが勝負というものだ」


《対応が大人だ……》


《年下っぽい女の子を泣くまで煽っていたどこかの誰かと違って……》


「私の大人の魅力がわからんとは愚かな視聴者どもめ。……アルミラですよ、はじめましてランカーさま」


「ヒノワです。よろしくおねがいします」


「わかっているよ。キミたちのデータは集めておいたからね。……まずアルミラ、ゲーム開始日は2039年4月15日。機体開発をメインとしたクラフト系配信を行い、約1年で300人ほどの登録者を集めた下位ライバー。2040年3月26日、ギルド『チームASP』を設立、以降はそちらでの配信をメインに活動している。ASPのチャンネル登録者数は5月現在で9000人以上。制作した超大型機の宣伝効果がギルド設立から約1ヶ月での急成長に大きく関わっているものと推測される。視聴者からの呼び名はアルミラさん、アルミラちゃん、アル、アル博士など。主な使用機体はT00からT90までの試験機トライアルシリーズ、それと数回の使用記録があるキアロディ――――」


「ストーカーですか?」


「データだよ!」


 アルミラちゃんの一言に反論した後、タクトさんは続いて私へと眼鏡を向ける。


「そしてヒノワ、ゲーム開始日はアルミラと同じく2039年4月15日」


(私とアルミラちゃん同じ日にゲームを始めてたんだ……)


「チームASPのメンバーであり、配信ではアルミラの開発した機体のテストドライバーを務める。使用機体はT91からT99までのトライアルシリーズ、AS01、AS02鴉。ASシリーズは超大型武装ユニット『TAU』との連携を前提とした機体であり、現在はAS02鴉とTAU02スパイダーユニットの合体した形態『アトラクナクア』を主に使用している。以上」


「あなたデータキャラのくせに集めたヒノワのデータが少なすぎませんか? ASPを立ち上げる前の記録がなにもなしとか」


「仕方ないだろう、ASP設立以前の動画が削除されていて閲覧できなかったのだから。個人で活動していた時代は登録者数10人にも満たない無名プレイヤーだったようだし」


「え? 動画が削除?」


「アルミラちゃんと組んだあとに個人チャンネルの方の動画は消しといたの。……1年分の黒歴史みたいなものだし」


「いつの間に……まあ、本人がいいって言うなら私は構いませんけど」


「私としては現在要注目プレイヤーとなっているヒノワくんの過去のデータをもっと集めたかったのだがね……ともかく、あの日の敗北以降、キミたちのデータは収集した。次に戦う時は負けないよ?」


「ひひひ、次やる時はまたデータにない新型機だしてやりますから」


「それは困る!?」


 とことんまでデータキャラだなぁ。


 と、ここでアルミラちゃんがちょっと怪しむような顔をした。


「……ところでタクト、さっきはなにやら私たちを待っていたかのような口ぶりでしたねぇ?」


「そういえば、ようやく来た、って言ってたね」


 なんで私たちが来ることを知っていたのだろう? ちょっとした疑問に首を傾げると、タクトさんはあっさり答えを口にする。


「人喰兵団にキミたちを雇うようアドバイスしたのは私だからね。87%の確率でキミたちがここに来るとわかっていたのさ」


「タクトさんが?」


「なぜです? ……防衛戦中に後ろから撃ってこの前の敗戦の仕返しを、とか考えてるんじゃあないでしょうね?」


「ははは、まさか。君たちの超大型機は大軍相手の戦いにおいて戦力になると考えたからだよ。配信を見た限り、あの超大型機の装甲と火力は1対1の戦いよりも多数を相手にした時にこそ力を発揮すると私は思うのだが……どうかな?」


 タクトさんの分析は、私たちの考えをピタリと言い当てていた。けれどアルミラちゃんはひねくれた態度で返答する。


「べーつーにー? 私の作った超大型機は大軍相手だろうと対戦だろうとめっちゃ強いですけどー?」


「それは認めるよ。私とてあの機体とデータなしで戦えば危ういだろうからね。なんにしろ、キミたちには期待しているということさ。この東エリア防衛の要として」


「言われずとも、私たちがいるからにはアリさん一匹も通しませんよ。ねぇ、ヒノワ?」


「ん、がんばる」


「ははは、頼んだよ。私の担当は反対側の西エリアだ、こちらは任せてくれ」


「ヤバくなったら助けを呼んでもいいんですよぉ~?」


「その時はそうさせてもらうよ。……そうだ、これを渡しておく」


 そう言ってタクトさんが差し出してきたのは、本の形をしたアイテム。


「これは?」


「私の集めたデータの一部だ。火星圏のマステマに関するデータや、過去の襲撃イベントにおける敵の進軍パターンなんかをまとめてある。よければ使ってくれ」


「わかりました。ありがとうございます」


「そんなんなくても勝ちますよーだ」


「余計なお世話だったらすまないね。さて、渡すものも渡したことだし、私はこれで失礼する。ご武運を」


「は、はい。そちらも頑張って……」


「ああ」


 ひらひらと手を振りながら、タクトさんは西の方へと歩いていった。たたずまいが大人の女。一方、アルミラちゃんはむすっとした顔でその背中を睨んでいる。


「……すっごい軽くあしらわれていたね」


「むー、気に食わん。眼鏡の女は気に食わんですよ」


「なんで?」


「なんでも!」


《理不尽さが子供のそれ》


《おこちゃまだ》


《チャイルドだ》


《かわいいね》


「無礼な視聴者どもめ!」


 ぎゃーっとひとしきり騒ぎつつ。


「……さて、そろそろ準備しましょうかね」


 落ち着いたアルミラちゃんは、ちょっぴり不機嫌顔で戦闘準備を始めた。

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