第5話:リサーチにきました
天気の良い日曜日の朝。
いつもならニチアサタイムと言われる、特撮オタクにとっては大事な時間だが、今日ばかりは録画予約だけを確認して、コハルに母の服を着せて車に乗せて、駅に向かった。
駅に向かうと見えるかつて我が家の所有だった休耕田は今は工事が始まっていて、数年後には色々できるのだろう。
そうなると少しはこの田舎も賑やかになるのかな。
「勝利、これからどこに行くの?」
「日本のサブカルの総本家の街だよ」
一応、家を出る前に調べておいた。
今日はコスイベの日。
なら、コハルのこの髪の色も大して不審がられないだろう。
駅について、コハルにペンギンの絵柄のICカードを渡して、ちょうど来た電車に乗り込んだ。
「ふうん、地球の決済システムはカードなのね」
「まあ決済方法の一つだよ」
日曜日の朝、乗客は多い。
コハルの髪の色を見て、ジロジロ見てくる視線も多い。
「ねえ、勝利。私、何だかすごく見られてない?」
「コハルの髪の色のせいだよ」
「え、じゃあ髪の色変えたほうがいい?」
「できるの?」
「ええ」
「って、ここでするな!これだけ見られてるんだぞ!」
「ダメなのね。地球って不便」
おとなしく座りなおしたコハルと一緒に向かったのは池袋。
今では都内のオタクの総本家の街だ。
今日は、月に一度のコスイベの日。
「じゃあ行こうか」
駅を出ると、今日も人の多い街が目の前に広がった。
横断歩道を渡り、少し狭い道を抜け、大きな電器屋の建物を抜けた先の公園では、今日もコスイベが行われていた。
「へえ……!色んな格好の人がいるのね!」
「コスプレって言うんだ。自分の好きなキャラの恰好を突き詰めた人たちだよ」
「素敵じゃない!」
きらきらした目で周りを見回しながら、ふと、コハルが一人の男に目を止めた。
カメラを持っている、年のころは30前後だろうか。
「あの人……」
「コハルの知ってる人?」
「3年前、私が地球に初めて来た時にコーラ奢ってくれた人よ」
え?
そして、コハルが躊躇わずその男に歩み寄っていく。
「ねえあなた!」
コハルに声をかけられ、男が振り返る。
「3年前に私にコーラ奢ってくれた人でしょ?」
「……あ、あの時の……!」
「あの時は本当にありがとう。また会えてよかったわ、ずっとお礼を言いたかったの」
「いや、コーラくらい……」
「いえ、あのコーラのおかげで、私はとても良いものを知れたの。感謝しているわ」
ニコニコ微笑むコハルは絶世の美女だ。
ちなみにコハルが着ている母の服は、少しデザインは古いけど母の好きだった淡い黄色のワンピースで良く似合っていた。
「コスプレですか?」
「え?」
「紫の髪に黄色の花柄のワンピースは、トレイックのアガサちゃんのコスかなって思いました」
「???」
こやつ、本物だ……。
そう、俺がこのワンピースを選んだのは、俺が大好きなトレイックという昔の特撮のヒロインにコハルが似ていると思ったからだった。
そしてここに来れば、この服を着たコハルがアガサだと分かる人もいるかも、と思ったのもあった。まさかそれが、かつてコハルにコーラを教えた人間と繋がるとは。
「1枚、写真いいですか?」
「あ、絵姿ね。どうぞ」
コハルがベンチに座って髪をかき上げるポーズを取る。
それはとても様になっていて、周りの他のカメコたちもおおー、と声を挙げて凝視している。
まあ、絶世の美女だもんな……。
中身はコーラ好きの宇宙人だけど。
って、そういや、アガサも宇宙人設定だったな。
「ありがとうございました」
かなりの連写のあと、男はカメラを何度も確認して、満足して頭を下げた。
「あ、お連れの方ですか?」
コハルのすぐそばで立って待っていた俺に男が声をかける。
「ええと……そうですね、連れと言うならそうです」
「トレイックのアガサなんて、ツウですねえ」
「トレイックお好きなんですか?」
「大好きです!何ならアガサが初恋です!」
「分かります!」
大変だ、仲間だった。
「再放送世代ですけどね。毎日夕方の再放送でアガサに夢中でした」
「俺もです。アガサが最終回で、主人公のカズマに『これでさよならだけど、宇宙は広いからきっとまた会えるわ』って言った時は、自分がさよならを言われてるみたいなさみしさがあって……」
「ちょっと勝利!」
コハルが俺の服の袖をつんつんと引っ張る。
あ、そうだ。ここに来た目的……。
「すみません、彼女をこれからアニメチックへ連れて行かないと行けなくて……」
アニメチック。
それは池袋に本店を持つ全国に支店のあるアニメの聖地のひとつだ。
コハルがサブカルを見るなら、まずそこは外せないだろう。
「そうですか。あ、これ、良かったら……」
男が名刺を差し出す。
カメコ用のカラフルな名詞だった。
「今日撮った写真、良かったら送るので」
「ありがとうございます」
俺は名刺を受取ってポケットにしまった。
「よし、コハル行こうか」
「うん」
その時、俺は気づかなかった。
男がコハルの後ろ姿をじっと見つめていたことを。
「コハル……?」
と彼女の名前を口にしていたことを。
「わああ!!」
店の中に一歩入ったコハルは嬉しそうに店内を見回した。
「すごい!色の洪水!」
まあアニメチックだからな……。
「どう?コハル的にいけそうな商品ある?」
「そうねぇ……。この辺りは今、地球のサブカルが少し流行り始めてる星の人たちにウケそう」
コハルが指さしたのは、1階の目立つ位置に置かれているガチャガチャだった。
女の子たちが楽しそうに回している。
「ガチャ?」
「ガチャって言うのね。こういう、何が出てくるのか分からないのって楽しいもの」
そうなると、カプセルトイの函体をどこかで買わないとな……。
帰ったら調べてみるか。
「それからこれもいいわね」
コハルが指さしたのは、並んだ可愛いぬいぐるみだった。
「こういう可愛いの、子どもたちがやっぱり好きなのよ」
「それは地球でも宇宙でも一緒なんだな」
今日のリサーチはこれでいいか。
「コハル、今日はこれくらいにして、何かうまいもの食いに行ってから帰ろうか」
「美味しいもの!?」
「ああ。ラーメンって食ったことあるか?」
「らあめん?」
「ああ。日本人がみんな大好きな不健康な食いもんだが、美味い」
「食べる!」
「よし、じゃあ行こうか」
アニメチックを出る前に、コハルに一回だけガチャを回させてみた。
出てきたのは、今人気のミニモンスター型のボールチェーンのついたフィギュアだった。
「これも可愛いわね!」
満足したらしく、コハルはそのミニフィギュアのボールチェーンをワンピースのベルトにつけた。
店を出たところに、彼が立っていることに気づいたのは俺が先だった。
「あ、さっきの……」
俺とコハルに気づいた彼は、ペコリと一つ頭を下げた。
「さっきは名乗ってませんでしたね。藤島叶と言います。カメコネームはカナです」
「はあ、どうも……」
「アガサさん、いえ、コハルさん」
彼が厳しい視線をコハルに向けた。
「ユーティ商団のバイヤーのコハルさんで間違いないですか?」




