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Feb.3(やっこさん)

「嘘なのか」


 初めて聞いた、みたいなしらばっくれは、なかなか堂に入ったものでして。そこであたしは推理を披露する。「本を読んでるときの姿勢がいい。席替えまで移動を申し出なかった。それに如月さんなら、コンタクトよりも眼鏡を選ぶ」そして最後に、「くじ、引きたくなかったんですよね?」


 如月さんは、ほう……と、感心したように目を細め、「半分、当たりってところかな」


「どこでまで?」


「くじ。変な席になりたくなかった。前なら競争ないからね。目は良いというほどでもないけれども悪くない。ほとんど度の入っていない眼鏡は確かに持っている」


「やった」あたし、なかなかの推理力。


「まあ、方便ね」


「嘘っぱちですか」


「全部が嘘ってことでもない。生まれつき左の耳、良くないから。教壇を右にした窓際の方が聞き取り易い」


「そうなんですか!?」


「そう」如月さんは頷き、「左後ろから声をかけられても気付かないことは、まあまあ、ある。肩を叩かれて驚かされるくらいには」


 ああ、それで。如月さんに声をかけたのに無視された、聞えなかったのかな、みたいな話があって、なんとなしに、誰も声をかけるようなことがなくなったのか。


「ひとに言わないでよ」如月さんが釘を刺す。


 言うわけないじゃないですか。それでも、「うん」あたしは頷いた。


 あたしの知らない如月さんが、形を作っていく。


「よし」如月さんは宣言した。「いいもの作ろう」熱意、すごい。


 それから先も早かった。次の学級活動では原稿の作り方の手引きを一枚にまとめ、配った。タイトルも決まった。それはこうだ。

〈航路──わたしのクラスの物語〉


「だっせェ」あたしは心底、思ったことを口にした。


「投票だから受け入れなさい」と如月さんは言うけれども。「民主主義って最悪ですね」


「共産主義は理想だけ」


「なんか色んなところから怒られそう!」


「怒らせておけばいい。知ってるでしょ、あなたなら」


 まあ、そうですけれども。そうなのか?


 表紙は、もっと簡単だった。美術部の鏡見くんが推薦され、本人も不満は疎か、積極的に協力してくれたのでした。偉いなあ、みんなすごいなあ、あたしはわりと無用だなあって、改めて思ったりするのです。


 けれども、原稿はそう簡単にはいかなかった。「何を書いていいのか分からない」女子が来る。如月さんは、資料という過去の遺産を貸し出す。「どう書けばいいかわからない」男子が言う。如月さんは、内容だけでなく、印刷機の特性、印刷範囲、平綴じの注意点にまで至る技術面でも助言する。ますます、あたしはお飾り気分になったのだけれども、「神輿は軽い方が良いってよ」褒めてるのかくさしてるのか。でも、適材適所と、あたしは思い直し、みんな、如月さんを頼りにし、如月さんは、とても頼りになる。学級文集は、如月さんを中心に、まわっている。


 お昼休みに、またもやクラスのお調子者が問題を持ち込んだ。なぜそれで良いと思ったのか、あたしには分からない。お調子者の論理を理解しようとするのは、無駄なことなのだと、あたしは思う。如月さんは、違った。


「なんだこれは」


 仲村が出した原稿は、汚い・よれてる・いい加減な出来で。マジックで書いただけの一文字の「あ」。本当にバカじゃなかろうか?


「真面目にやれ」如月さんの声は硬かった。


「これでいいって言ったぞ?」


「いいとは言った。でも、これはなんだ?」


 如月さんは立ち上がり、仲村を見下ろす。「これを良いと思うのか、本気だと言うのか」


 怒鳴ったわけじゃない。なのに、如月さんの声は、教室中にはっきり響いた。「いい加減にしろ」


 一歩踏み出した如月さんは、相手の肩を小突いた。たいした力で無かったと思う。けれども、女子から物理的反撃を喰らうことを予期してなかったのだろう、仲村は、たたらをふんで、机にぶつかった。浮いた足が椅子に引っ掛かり、ガタンッて大きな音を立てた。


「バカにするな」


 如月さんはそう吐き捨てると、さあっと引く潮のように、教室から立ち去った。


 午後の授業に、如月さんの姿はなかった。


 制服のポケットに、やっこさんの形に折られた紙片が入ってる。鏡見くんがそうと分からぬように、あたしに握らせたのは、やっこさんだけに、誰かさんの書いた回状で、筆跡から特定できたろうけれども、問題はそこじゃあない。


 ──如月さん、怖くない?


 わざわざ紙に書いて触れ回るほどのことだろうか。


 如月さんにとって文集は何なのか。確かなことは分からない。けれども、すごく真剣に取り組んでいるのは誰よりも知っている。その熱意が誤解されるのは、同じ係の仲間として心外で、だから、あたしは自分の役回りを、はっきりと認識した。

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