03-02.本土老人会。
親族参観開始日。学園街に各国から続々と、生徒の親族たちが到着している。放課後になると生徒たちはそろって街に繰り出し、廊下はガラガラであった。明日の授業参観初日を前に、家族と積もる話をする者もいれば、親孝行にと街を案内する者もいる。ここぞとばかりに小遣いをたかりに行く悪童もいて、夜半まで学園に戻ってこない者が多い。
(さすがにあんなの、相談できない……)
そんな中。リンディは廊下をとぼとぼと、一人で歩いていた。ユーラニアは家族……エンタス公爵家の元へ向かった。アプリコットと竜胆は、彼女と共に招かれて同行している。
今日ほとんど目が合わせられなかった、ユーラニアの顔を思い出して……リンディはほんのりと、頬を赤く染めた。
(鈍いあたしだって、わかる。誰かに言ったら修羅場になるだろう、絶対。特にアンジーは激怒する。長い付き合いだ……よくわかる)
朝起きて見れば、ユーラニアはけろっとしたものだった。だがリンディはどうにも意識してしまい、昨夜からずっと目が冴えっぱなしである。
(あの子が望むなら、婚約破棄はなんとかしてやりたい。けれど、その後は。求めらたら、あたしは……どうしたら、いいんだ)
胸元に手を添え、リンディはぎゅっと手を握った。眠気もあって頭はぼんやりとし、いつまでもユーラニアの赤い瞳が、目の奥から離れない。
「ユーラニア……」
「学園長?」
「おあぁっ!?」
急に声をかけられ、リンディは跳び退る。上級生の誰かかと思ったが、視線の先に頭がない。
「どうされたんですか?」
「ぉ……エル、か」
学園制服姿の、小柄な少女。金髪碧眼の後継者……彼女の顔が、少し低いところにあった。鼓動と呼吸を無理やり落ち着け、目を泳がせながら、リンディはエルに何とか相対する。
「あー……あたしは大丈夫だ。誰か残っていると思ってなくてねぇ。ペリーもアーリィも、賓客の出迎えに行ったろう?」
「はい。だからボクは、お留守番です。本当にびっくりするほど誰もいないので、せっかくだから学園長を探してたんですよ」
「あたしを?」
「はい」
未来のヒロインが、あどけない顔に悪戯っぽい笑みを乗せた。
「なんです? ボクと二人はお嫌ですか?」
「そんなわけないだろう。あんたがあたしに、何の用かと思ったのさ。弱者層向けの学校の話でも、するかい?」
「さすが学園長。先回りされてしまいましたね」
(エルは……あたしと話すときは、ずいぶん自然に、楽しそうにするな。両親といるときはもっとこう……幸せで、でも遠慮がちで。不思議な子だ)
笑う彼女が、リンディの隣に並ぶ。学園長は少女の歩調に合わせ、ゆっくりと歩き出した。
(学園を理想郷とするため、今学園が外にはじき出している〝努力の意思がなくなった者〟……すなわち弱者に向けた居場所を、学園の中に用意する。確かにこれから学園街生まれ学園街育ちの者が増えれば、それは必要になるだろう。どこにも追い出せないんだからな。だが問題は)
リンディはどこへ向かおうかと考えつつも、小さく息を吐く。
「弱者の定義は、向上の意思無き者、でいいんだね?」
リンディが水を向けると、隣のエルは小さく頷いた。
「ええ。仕事も学業もできなくなって、学園のサポートを拒否して国に帰った人たち……彼らをそのまま定義に盛り込んで大丈夫です」
「一時的? 恒常的?」
「両方です。アプローチが違うだけで。一時的な人、今までいたんですか?」
「いた。一度国に戻って、再度学園街に来た者が」
「その後は?」
「半々だ。奮起した者、やはり追い出された者」
「はん、はん。それはすごいですね……全員また追い出されたのかと」
(まぁそう思うよな。あたしもそうだ)
軽快な会話を続けながら、リンディは彼らのことを思い出す。一度挫折し、しかしもう一度学園に戻ってきて……さらなる落伍をしたものは、そのうちの半分だけ。
「そうだろう。あたしも再訪者に関しては、一通り話を聞いてる。興味があってね」
「なんて答えました?」
「〝帰る場所なんてなかった〟。結局学園に居ついたやつらは皆、そう言ったよ」
エルがリンディを見上げて、少し目を丸くしていた。彼女は俯き、呟く。
「そうか……甘えられるところがもう、ない。それが奮起の理由。となると、この学園に居場所を作った場合」
「ただ居つかれる。その懸念はなかったかい?」
リンディが問いかけると、エルは首を振った。
「ありました。でも上方修正が必要だ。非常に危険ですね」
「コンセプトに影響は?」
「ありません。むしろ懸念が絞られた。やりやすいです」
「頼もしいね」
「どうも」
前を向いたまま、後継者がにやりと笑っている。リンディが頼もしく見つめていると、彼女の瞳が鋭く細まった。
「…………必要性もあって、ボクは学園長に、リンディさんに。あと10年でも、20年でも、いていただきたい。そう、思っています」
「おや、おねだりが控えめだねぇ? エル。自分の寿命のあとも生きていろ、と言ってもいいんだよ? 言うだけなら」
「アンジーさんが長生きできるからって、強気ですね?」
「まぁな。それで?」
問われたエルは。
頬を緩め。
顔を、綻ばせた。
「楽しい、です。リンディさんがいれば、ボクは。なんだって出来る気さえ、します。今まで――――」
しかし彼女の眉尻が下がり、声が沈む。
「何も、できなかったのに」
(…………家族の分断、加えて謎の武装勢力による拉致。この子は苦難の時に自分が無力であったことを、責めているんだな)
リンディはエルの感情に、顔に、覚えがあった。遠い昔、若き自分の感じたやるせなさと……その中でした選択に対する、後悔。伸ばそうとする手の先には、どこを向けても失敗と絶望しか見えなくて。それでも何かを、やるしかなかった。
友達になれそうだったアンジーに辛くあたり、パルガス皇子の関心を引こうと随分無茶をして――――何も、残らなかった。
自棄になって、魔王に挑んで、勝って。
それでも、何も。
家族も、故郷も、何もかも、無くなった。
(エルが理想の学園を追い求めるのは、つまり)
「だからもっと、ずっと。リンディさんと、一緒にいたい」
照れたように頬を染めるエルを見て、リンディは深く頷く。
「……エルはあたしに、希望を見たのか」
「はい」
「そりゃ……気が合うねぇ」
彼女が弾かれたように、顔を上げる。ゆっくりと歩きながら、リンディはじっとその青い瞳を見つめた。
リンディの視界の中で。
後継者の口元が。
不敵な笑みを、刻む。
「アンジーさんに、妬かれちゃいそうですね」
(悪い顔しやがって。楽しそうだこと)
自分も同じように笑いながら、リンディは軽やかに告げた。
「内緒にしといてくれ。口止め料は何がいい?」
「未来の学園長として、賄賂は受け取れないですねぇ。ピリッと辛いブランデーで」
「おや、アルコール検査に受かったのかい?」
少しおどけて見せると、エルが肩を竦めている。飲酒可能年齢は国や自治体が定めるところだが、学園では魔道具で「飲酒しても体が耐えられる」とみなされるといつからでも飲める。逆に検査で引っかかると、年齢に関係なくストップがかかった。
「父に内緒で受けまして」
「黙っておいてやろう。ありゃあ、娘と酒を酌み交わす日を、楽しみにしてるくちだ」
「母も先日、そう言ってました」
「ひでぇ母娘だな」
二人、静かに笑い合って――――。
「辛口のブランデーなら、ジャスのコニャック村のやつがいいのぅ」
低く沈むような声が割り込み、リンディとエルの肩を何者かの手が叩いた。
「ぎゃぴ!?」
(なんだ、今の声? エルのでないみたいな……じゃない。この方、なぜ今ここに)
リンディは雑に手を払いのけながら、後ろを振り返る。白く長いひげと、同じく白く長い髪を、それぞれ一本に縛った老人が立っていた。老齢だと確かにわかるが、一方で妙な若々しさも感じる。
「カイ殿。来られるとは思いませんでした」
カイ。ナイト公国公爵でありながら、魔王を滅ぼす体制を作るために帝政に移行。操られた家族の仇をとるために奔走した……先帝その人である。
「親族参観期間は入場自由じゃろうが。訪問申告が必要なのは、1親等親族のみ。ジジババは勝手に来ても問題なかろ? リンディの」
「まだ壮健であらせられる。もう90が近かったですよね?」
リンディは思わず半眼になって見つめる。学園内の者より、学園の細かい規定に詳しい老人は、見るだけでムカつくどや顔を浮かべていた。
「まだ88だ。勝手に爺にするな」
(ジジイじゃねぇか)
リンディが、ツッコミを苦労して飲み込んでいると。
「それよりリンディ」
先帝の灰色の混じった瞳が、明らかに……ぎらり、と鈍い光を放った。
「魔王のにおいが、するんだが?」
その気迫に怖気づいたのか、リンディの後ろにエルが隠れている。
「……………………またそれですか。あたしに会うたびに仰るの、やめてくださいませんかね」
リンディが肩を竦めて見せると、カイは顎に手を当て、首を傾げた。
「いや、それと違う感じがするんじゃがのう?」
「先日やりあったから、そのせいでしょう」
「おーおー! その話だ! 是非聞きたい! 酒はオレが出そう。どうだね? そこのちびっこ……否」
先帝がにかり、と笑みを見せる。欠けの無い歯が、厭味ったらしいくらいにまぶしかった。
「未来の学園長殿も、ご一緒に」
(本当に、侮れない。ボケるどころか、老いてなお鋭さを増すばかりだ、この元皇帝は)
紹介もしてないエルのことを、カイはすでに掴んでいるようである。リンディは諦めたように、エルの背を押して隣に並べた。
「紹介しよう、エル。初代皇帝、カイ殿だ。今は隠居されて、各地を魔道車で爆走するファンキーなジジイに成り下がっている。趣味は魔王残党殺し」
「成り上がりじゃろうが」
「意味がわかりませんね。こちらはエル・エリンジウム。ペリー・ブラックシップと、アーリィ・エリンジウムの娘です。あたしの後継者で、ここを理想郷に改造するのが趣味」
「よろしくお願いします、先帝陛下」
エルが丁寧に頭を下げている。こんなジジイに気を遣わせてしまったと、リンディは少しの後悔をした。
「おう。しかし理想郷だぁ? ここをか。改造ってこたぁ、ついに弱者追放を諦めんのか?」
何が楽しいのか、カイはにやにやとしている。老人の顔をねめつけ、リンディは小さく息を吐いた。
「追放場所をここに作る、って算段ですよ、カイ殿。そういう話、よければ混じりますか?」
「悪くねぇなぁ。趣味ってなると、この子の発案ってことかい?」
「そうです。あたしを使う気ですよ、エルは」
カイがその目を、大きく丸く開き。
「はっはっはっはっは! 誰にも靡かなかったこの女を! そうか、そりゃ最高だ!」
腹を抱えて、豪快に笑った。
「しかし、あのハゲの子か……もったいねぇ。だからオレぁ、追い出すなっつったんだが」
リンディは彼を胡散臭そうに見つめる。豪放な人物だが、今一つ本心がわかりにくいのだ。
「逆かと思いましたが。旧エンタス公の孫と聞きましたよ? ペリーは」
「前のエンタス……フェルナン・ブラックシップは白だって、オマエにも言っただろうが。あいつは魔王の契約魔法にわざとかかってもらって、カウンターを仕込ませたんだからよぉ」
(初耳なんだが?)
リンディは頬を引きつらせる。先帝はそんな彼女に構わず、何やら小さな憤慨を見せた。
「しかしこないだの手紙からするに、ハゲは追い出されたから魔王に言い寄られたんじゃねぇか。その危険があるから手元に置いといたのに、あのバカ孫どもめ」
「もっと手綱をしっかり握っておいてください。東方観光のし過ぎです」
「だから反省して、こうして様子を見に来てるんだろう? ウォルタードもエンジョイしてるか?」
「ええ、だいぶ。アメ研に入りましたよ」
「おお、おお! 楽しい話がいっぱい聞けそうで、やっぱりここはいいねぇ。で」
カイが、急に言葉を切り――――エルにぐっと、顔を寄せた。
「大人しくしてりゃあ、何も言わねぇ」
「っ……………………なんの、ことでしょう」
彼はにやりと笑い、エルの小さな肩を何度か叩く。
「ハッハ! ただの老人ボケよ。突っ込んでくれ」
「学園長、助けてください」
「あんたの対応で正解だ。聞き流しておきな」
リンディは吐き捨て、胡乱げな瞳でカイを睨んだ。
(…………この方は、無駄なことは一つも言わない。今のは、いったい)
エルの金髪の中に。
さっと黒い影が隠れたように、見えた。




