03-03.因縁を繋ぐ子。
ナイト帝国先帝カイに絡まれたリンディは、エルを伴って学園の食堂までやってきた。今日はもう店じまい済みであったが、勝手知ったるなんとやら。彼女が宙をついっと指でなぞると、キッチンで鍋や食材が踊り始めた。
「相変わらずオマエは器用に魔法を使うな? リンディ」
豪快に言い放って、カイが適当な場所に座る。リンディ、エルも続いて木製の椅子を引き出し、席についた。
「あたしゃ弱いんで。できることが多いのが、取り柄なんですよ」
「誰にも負けたことがねぇ魔法使いが、よく言う」
「勝負と強さは関係がありません」
「違いねぇ」
カイがどこからか酒瓶を取り出し、分厚い木のテーブルにどん、と置いた。瓶は随分大きく、安酒にも見える。リンディは影から魔法で、背の低いグラスを三つ、取り出した。
「大味そうな酒に見えますね」
「ちげぇよ。こいつはこれでも蒸留酒だ。度の強いのもいけるかい? エルよぅ」
「はい。特に問題なく」
「いいねぇ、ちっこいのにもうそんなに飲めるのか。いくつだ?」
「13になりました」
「くく。うちの国じゃ飲ませらんねぇな」
リンディは、カイが瓶の栓を開け、手ずから三つのグラスに液体を注ぐのを見守る。
(つまみは、シンプルで邪魔にならないものがいいな)
そのふわっとした静かな香りを嗅ぎながら、野菜や肉の切れ端を塩と油で炒めたものを用意。皿に乗せて、魔法でテーブルまで運ばせた。
「ここは自由だ。なのに秩序がある。しかも暴力で縛り付けてるわけじゃねぇ。オマエんとこが国じゃなくて、本当によかったぜ。リンディよぅ」
グラスを配り、カイが上機嫌に言う。リンディは器の中の透明な酒を揺らしながら、少しの息を吐いた。
「それはこっちの台詞です。よく学園を攻めませんね? カイ殿」
「ここを取り込んだら、乗っ取られるからじゃないですか? 学園長」
「カカ! その通りだ――――頼もしい未来の学園長に」
三人、グラスを掲げる。
「「「乾杯」」」
盃を合わせ、各々一口。リンディとエルは目を丸くし、お互いを見た。目の端に映る先帝が、にかりと笑っている。
「水のようだ」「美味しいです」
「だろうとも。味のわかる奴らに奢れて何よりだ」
先帝とエルが、豪快に飲み干して、次の酒を注いでいた。リンディはちびりちびりと、グラスを揺らしながら味わう。
(学園を占領したら、かえって乗っ取られるから攻めない、か。だがそれは……理性の話だ。感情が衝突し、何らかの理由で学園に恨みでも抱かれたら……凄惨なことになるだろうな)
リンディの頭をよぎったのは、乙女ゲームの展開。シリカ王国の学園攻め。それは回避されたはずではあるが……一抹の不安があった。
「なんだ? パルガスのあほのことでも気にしてんのか? リンディよう」
(……なぜそこで人の心を読むのか、このジジイは)
パルガス・シリカ。リンディを振った上、魔王と契約して呪いにかかり、解呪したアンジーすら捨て、王となった男。リンディや学園とはほぼ没交渉で、直接の交流はない。しかし息子の王子を飛び越えて孫のラカルに継承権を与えるなど、個人としては変わらず不可解な動きがある。
「いまだに、よくわからない男なので。そういえば、カイ殿。孫のブレイル殿に帝位を譲っておられましたし……気持ちなど、わかりませんか?」
今代皇帝ブレイルは、カイからすると孫にあたる。ウォルタードはそのブレイルの遅くに生まれた子どもで、カイのひ孫だった。
「うちとあの馬鹿を一緒にするんじゃねぇよ」
不機嫌そうに言われ、リンディは自らの失態に気づいた。慌てて頭を下げる。
「そうでした、お許しを」
「構わねぇよ。オレの家族の呪いを解いたオマエを、責めるこたぁねぇ。息子に継がせてやれなかったのは、オレのけじめと都合だしな」
カイは、家族を魔王に呪われ、国を挙げて対魔王の戦争を始めた。当の家族については、縁あってリンディがその呪い……契約魔法を解除している。しかし一度魔王に与したことには違いないので、継承権ははく奪されていた。難を逃れていた公女が婿を取り、その息子であるブレイルがカイの後を継いでいる。
「…………そうだな、リンディ。男ってなぁ、惚れた相手を見りゃ動きが分かる」
カイが厳かに述べた。リンディの目には、渋い爺の顔に、さらに苦渋が滲んでいるように見える。
「はぁ。伴侶を見ろと?」
「ちげぇ。それが人とも限らねぇ。まぁオレは嫁と子ども、家族だ。だから手ぇ出した魔王は許さねぇし、奴に味方した奴らは全員殺す。だが国中から避難を受けようとも、家族は許す」
「わかりやすいですね。パルガスも、何かに惚れこんで行動していると?」
「ああ――――たぶん、魔王にな」
グラスを傾けて述べるカイの言葉に、リンディは目を鋭く細める。
(言われて見れば、思い当たる節しかない。ひょっとして、分霊を抱えている可能性もある、か?)
「つまり、話ってなぁそれだ。リンディ、エル」
身を乗り出すカイを、リンディとエルは強く意思の灯った瞳で見つめた。彼の言葉を待ち――――。
「シリカを――――」
エルが息を呑んで、席を立った。
(エル?)
「見つけましたよ、お爺様」
食堂の入り口から、何者かの声が掛かった。いつの間にか、黒く豪奢なマントを羽織った、緑髪の男が立っている。兵や付き人を幾人も連れていた。
(……危ない。〝防音〟の魔法を張り忘れていた……よく止めてくれたね、エル)
エルは直立不動の姿勢で、立ったままだ。リンディもまた、席を立って彼女の隣に並んだ。一方のカイはというと、めんどくさそうに首だけを彼――――皇帝ブレイルに向けている。
「おい。今日オマエがこっちに来たら、迷惑だろうがよ」
「お爺様とて、来ているではないですか」
「オレは構わねぇ。引退の身だ。だから急に来ても、リンディかアンジーがいれば、角も立たねぇ」
うそぶく先帝に対し、ブレイルの顔には苛立ちが見え、使用人たちにも緊張が走っていた。
「だが現役の皇帝は別だ。特に、調整もなく学園長や教頭会うのはご法度よ」
「お爺様は、相も変わらず頭が固くていらっしゃる。久々に恩師と話をしたいだけですよ」
リンディは二人を見ながらぼんやりと、数十年前を思い出す。ブレイルは、この学園の生徒だったことがある。ユーラニアの父とは友人同士で、いつもつるんでいた。二人とも今では落ち着いているものの、アメイジング研究部の立ち上げを行った悪童の一味である。
「しょうがねぇ……おい、ブレイル。俺をもてなせ」
「…………はい?」
「東方視察中だったオレから、視察を上申したオマエに報告してやるからよぉ」
「それはお爺様が勝手に!?」
「判をついたのはオマエだろうが。オレがいない間、のびのびできたんだろう?」
「ぐっ」
(なるほど……)
リンディは納得する。ある意味、ブレイル皇帝の目的はカイと同じだ。一人でいるだろうリンディかアンジーを強襲、強引に会談を取り付けようという腹積もりだったのだろう。
(そして二人の目的は、真逆。カイ殿は、シリカ攻めの提案。これは魔王に対して警鐘を鳴らした学園とは、目的が合致する。その彼が、現皇帝のブレイルがあたしと話をするのを止めようとしている、ということは……やはり)
「カイ様。あちらは?」
エルが声を上げる。彼女が向いているのは、食堂の別の入り口の方だ。誰もいないように見えて――――外から、人の影が伸びていた。
「知らねぇなぁ。パルガスの息子じゃねぇか?」
「知らないとはひどいですね、カイ様」
答えた声を受け。
(パル、ガス――――)
差し込む光に混じって現れた、赤毛の男の姿に。
60年前の……光景が蘇る。
しかもその男が。
無言で。
迫ってきた。
(ちょ、な!?)
「ああ、なんと美しい。リンディ様」
男……イブロス王太子が、じっとリンディを見つめる。もう50近い男のはずであったが、肌に染みも皴も見られない。20代の青年のように若々しく――――。
「このような方に、非礼を働いたとは。父に代わり、お詫び申し上げたい」
慇懃無礼で向こう見ず。粗さと生意気さが詰まっていた。リンディはその姿に、かつて自分を振った男の影を、強く見る。
「こ、国家元首を勝手に代理するような言葉は、受け取れません」
「なら」
さらに一歩、イブロスが詰め寄って来る。カイが席をがたりと立ったのが、目の端に映った。リンディの細い顎に、手が当てられ、視線が無理やり引き戻される。端正な顔立ちが、すぐそこにあった。
(嫌…………)
リンディの胸中には、強い不安が去来した。それは、昨夜感じたユーラニアへの想いとは全く異なるもので。
重く、震えるような。
一刻も早く、離れたくなるような。
おぞけを伴う、ものだった。
「このイブロス、個人の言葉として……どうか」
リンディの手が引かれ、体がイブロスから離れる。
「…………何かな」
庇ってくれたのは、小さな後継者……エルだった。
「紳士の振る舞いとして、いかがなものかと存じますが。紹介もない。名を呼ぶことも許されていない。そしてどう贔屓目に見ても目上。見過ごせません」
「酒臭い子どもの言葉など、何の価値もない。学園ではルールが違うのでしょうが……シリカ大帝国に連なる者として、看過できませんな」
(なっ!?)
イブロスが顔を歪め、手を掲げる。その白い手袋からは、炎が巻き起こった。
「――――やめろ」
リンディはエルを引き倒し、位置を瞬時に入れ替え、イブロスの燃える手を握る。火はあっという間に消し止められ、ただ両者の魔力が火花を散らした。
「ふふ。情熱的なお方だ」
歪んでいた彼の顔が、また端正で透明なものに戻る。リンディはおぞけを感じながらも、何をするかわからない男の手を……離せない。
「正式にお詫びをさせていただきたい。ブレイル皇帝陛下、いかがかな? 仲立ちをお願いしたい」
「引き受けよう」
「あたしは承諾した覚えは――――!」
皇帝ブレイルと王太子イブロスの言葉に、反論しようとした瞬間。
(ひっ!?)
イブロスに、手を掴まれ、絡められた。
「受けて、くれますね? レディ」
彼の顔が下がり、その口元が手の甲に近づく。
僅かに濡れた感触があった後……イブロスの顔が上がり。
赤い瞳が、リンディの視線に合わされた。
リンディは……目の端に涙が溜まるのを、止められなくて。
浅く首を縦に振るのも――――止められなかった。
「おい、クソガキ」
声と共に、イブロスの身が乱暴に突き飛ばされる。カイの大きな背中が、リンディたちの前に割り込んだ。
「オレの酒宴を邪魔しやがった詫びは、どうしてくれる?」
「…………失礼。後日にしていただきたい」
服の襟を直し、イブロスが慇懃無礼に頭を下げている。
「ではリンディ様。日を改めて」
「こちらも出直そう。迷惑という、話でしたからな」
イブロスとブレイルが笑うような視線を残し、使用人たちを引きつれて食堂から立ち去って行った。
「…………情けない」
残されたリンディは、ぽつりと零す。声が、震えていた。
「学園長」
(やられた……明らかに、狙われていた)
パルガスへの苦手意識を、どうも逆手にとられたようであった。先のイブロスの様子を思い出すだけで、リンディは僅かに身が震える。
「リンディ。オレは出直さねぇ。このまま居座るぞ」
「カイ、殿?」
「バルガスもいけすかねぇが、あのガキは輪を掛けてだ。腹の虫が、おさまらねぇ」
カイが再び椅子を引き出して座り、新たな酒瓶を置いた。
「とっておきだ。作戦会議と行こう。どうかオレに」
彼はゆっくりと――――深く頭を下げる。
「積年の恩を、返させちゃくれねぇか。この通りだ、リンディ・グラネート」
「カイ殿……」
リンディは、その礼を止めることができなかった。代わりに、にやりと不敵な笑みを浮かべ、カイが頭を上げるのを待つ。
「ではあたしからも、とっておきを出しましょう。大陸産、高地のものですよ」
「へぇ、それはさすがに飲んだことがねぇ。エル」
「はい」
いつの間にかリンディの隣に来ていたエルが、固い声で応えていた。どこか決意を秘めた彼女の顔つきを見て、リンディは無意識に肩の力が抜ける。
「潰れずについて来いよ? そしたらオレは、学園長として認めてやる」
「――――望むところです。飲み過ぎて逝かないでくださいね? カイ様」
「クク。ほんとにリンディみてぇな女だ。じゃあ飲み直しと行こう」
リンディは深く息をし、追加のつまみを魔法で作り始めた。
(……あの男。いったい)
赤い瞳を、思い出しながら。
(何が、狙いなんだ)




