独白④
竹村は「ふん」と鼻を鳴らすと「何故、そこまで成田会長に尽くしたのです? 仕事でしょう。殺人事件に関与するなんて、そこまでする必要はなかったのではありませんか?」と尋ねると、牧野は「会長には、返したくても返しきれない恩があります」と答えた。
「恩? 一体、何をしてもらったのですか?」
牧野のような人間に義理人情は似合わない。牧野は「はは。刑事さん。それは秘密です。会長が亡くなった今、もう私しか知らないことです。墓場まで持って行きます」と言って楽しそうに笑った。
成田孝臣の交通事故について再捜査が行われた。長谷川大嗣による過失致死の可能性が浮上したことにより、捜査は竹村たちが担当した。
事故当日、お抱え運転手だった溝口は成田が退社するのを待っていた。駐車場で待っているところを暴漢に襲われた。ナイフで脅され、制服と車の鍵を奪われ、近くに停めてあった車のトランクに監禁された。
そして、正体不明の運転手の運転で、成田を乗せた車はナリタ・エンタープライズを後にした。二人を乗せた車は高速道路のガードレールに衝突し、大破、炎上し、運転手と成田孝臣が亡くなった。
遺体のDNA鑑定が行われ、焼死体となった犠牲者は成田孝臣、長谷川大嗣であることが確認された。
「長谷川真理子の夫が車を運転していたのですね」吉田の言葉に「因果応報。成田は息子の仇として長谷川真理子を殺し、妻の仇として長谷川大嗣に殺された。人を呪わば穴二つというやつですね」と阿佐部が応じた。
「穴二つの穴って何ですかね」と吉田が聞くと、「馬鹿なやつだな。墓穴のことだ。人を呪う時は自分が入る墓穴を準備しておけということだ」と横から竹村が口を挟んだ。
「先輩は本当、物知りですね。成田は最後の瞬間に、長谷川の眼を盗んで、牧野に電話をかけて全てを告白した――ということでしょうか」
「どうだろう。長谷川大嗣が電話を掛けさせたのかもしれない。成田の悪事をバラす為に、そして、自らの行いを正当化させる為に。どうです? 阿佐部さん」
竹村に話を振られ、阿佐部は「そうですね」と頷いてから「それに井藤希の為に、でもあったでしょう」と答えると、「ああ」と竹村と吉田が揃って頷いた。
「長々、お世話になりました」
事件は決着を見た。阿佐部は明日、松山に戻ることになっていた。
「ご一緒できて光栄でした」と竹村。
「名残惜しいです。もうすっかり仲間のような気がしていました」と吉田が言うと、「仲間だなんて僭越な野郎だ」と竹村が批難する。
「いえ、仲間だと思って頂ければ、私も嬉しいです」
「今晩は飲みに行きましょう」
「先輩のおごりで」
「いいよ~金なら出すよ」
「そんな。割り勘にしましょう」
阿佐部も名残惜しそうだった。
意外だった。近藤が松山駅まで迎えに来てくれた。しかも、顔を合わすなり「お疲れ」と言ってくれた。飛行機が嫌で列車を乗り継いで帰って来た。体は綿のように疲れていた。正直、出迎えがありがたかった。
「わざわざすいません。来て頂いて助かりました」と正直に伝えた。
「一刻も早く、事件の話を聞きたかっただけだ」
照れ隠しもあるのだろうが、本音かもしれない。「寄こせ」と荷物を持ってくれ、車まで案内してくれた。
助手席に収まり、「近藤さん。事件の黒幕は成田孝臣でした」と話し始めると、「ああ」と軽く返事しただけだった。やはり事件の話が聞きたかったというのは方便のようだ。阿佐部を迎えに来てくれたのだ。
「成田孝臣は単独犯であったことを強調していました。井藤希が犯行を自白していましたが、成田の証言により証拠不十分で釈放になりそうです」
「あの女は本当に事件に巻き込まれただけだったのか?」
「どうでしょう? 自発的に黄鶴楼に向かった訳ですから、事件に関与していたことは間違いないでしょうね。それに、彼女は自由に屋敷内を歩いていても怪しまれなかった。だから、黄鶴楼に戻ってきた柴崎亜由美の後をつけて、展望スペースから突き落としたのは――少なくとも柴崎亜由美の転落死は、彼女の仕業だったのではないかと思っています」
「ああ」とまた近藤が短く返事をする。
疲れているのなら黙っていて良いということだろう。
暫く沈黙が続いた後、ふと、思いついたように近藤が言った。「成田が操縦していたクルーザーの名前は確か、ニューウィン号だったな?」
「ええ。そうです」
「何故、成田がニューウィン号という名前を付けたのか、今、分かった」
「何故ですか?」
「“新しい”のニューに“勝利”のウィン、合わせて新勝だ。成田山新勝寺から取ったのだろう。自分の名前の成田にちなんでニューウィン号という名前を付けたのだ」
「ああ、そうかもしれませんね」
こういうことに近藤は詳しい。
また沈黙が続く。車中、掛け合い漫才を見ているようだった竹村と吉田を思い出した。羨ましくはあったが、ここでは阿佐部と近藤なりの関係を築いて行くしかない。
「昨日、傷害事件があった。俺たちが担当することになった。面白い話を聞いてきた。明日から忙しくなるぞ」近藤が言う。
「はい。楽しみにしています」
今回の事件捜査で、近藤の意外な一面を色々、見せてもらった。少々、やりにくいパートナーではあるが、近藤と仕事をするのが楽しくなって来ていた。
「楽しみか・・・」予想外の返事だったようで、近藤が苦笑した。
「少し寝ます」
「着いたら起こす」
車は松山市内を走って行った。
了
拙作をご一読いただき、ありがとうございました。
まえがきで書いた通り、本作の最初のタイトルは「そして俺は生き残った」、当然、生き残った人物が他の人間を殺害した犯人だと疑われるのだが、真犯人は別にいた――というプロットだった。
もっと面白く、もっと意外性の溢れたものに、と悪戦苦闘している内に、今の形になった。殺人の舞台となった島を消してしまうというアイデアを思い付いた時は、これだ! と思ったのだが、島を消す為に幾分、無理をしてしまった。
孤島を舞台にした連続殺人事件を題材にする以上、見立てが必要だと思った。そこで仏教の五戒を使ってみた。他に八斎戒や十戒がある。「そして誰もいなくなった」が十名の人間が被害者となる話なので、最初は犠牲者を八人にしたかった。だが、序盤が冗長になりそうだったのであきらめた。
アガサ・クリスティ女史も大好きな作家だ。「そして誰もいなくなった」に影響を受けた横溝正史先生が童謡殺人をやりたくて、「獄門島」や「悪魔の手毬唄」を書いたそうだ。自分のような横溝ファンの中には、クリスティ女史の作品も好きな方が多いのではないだろうか。
ちなみに最初に見た「そして誰もいなくなった」の映像作品は映画だった。砂漠のホテルが舞台だったので、随分、雰囲気の違う映画だった。「オリエント急行殺人事件」の映画版が出色の出来栄えで、ラストで感動に包まれた。もっとクリスティ女史の他の作品を見たくなって、「そして誰もいなくなった」を見たのだが、がっかりした記憶がある。調べてみると、どちらも一九七四年の作品だった。
2015年に英国BBCで放送されたドラマ作品の「そして誰もいなくなった」は文句なく面白かった。
中国・武漢市には行ったことがあって、黄鶴楼も見ている。登ったはずだが、長い階段を登った記憶があるだけで、後はほとんど覚えていない。
阿佐部・近藤コンビの作品は本作のみ。また愛媛県を舞台にした作品を書きたくなったら、阿佐部・近藤コンビの再登場があるかもしれない。
基本的に作品世界は統一してあるので、警視庁捜査一課の竹村・吉田コンビは、他にもいくつかの作品に登場している。




