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海賊島の墓標  作者: 西季幽司
第四幕「歪んだ正義」
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鉄槌④

「井藤希さん、ご存じですね? 黄鶴楼で起きた三件の殺人事件、長谷川真理子、柴崎亜由美、水谷信二の殺害について罪を認めています」と告げると、成田は「えっ⁉」と驚いた後で「何故?・・・」と絶句した。

「牧野!」と声を上げて頭上を振り返る。

「すいません。会長にお伝えするには、まだ早いと思い、黙っておりました」と牧野が頭を下げる。

 井藤希が捕まったことを成田は知らなかったようだ。

「うむ・・・」と成田は唸った。

「動機は復讐。息子さんを殺されたことが殺害の動機だと言っています。井藤健太さん、ご存じですよね?」

「あれが会社を辞めてから、何処で何をしているのか知らなかった。いや、知らない振りを、思い出さない振りをしてきた」唐突に成田がしゃべり始めた。井藤希のことのようだ。「ある時、ふと気になって、あれが何処に住んでいるのか、ここにいる牧野に調べさせた。それから、近くを通る度に、あれが住んでいる場所の最寄り駅の辺りを通ってもらった。あれの姿を何度か見かけた。元気そうで安心した」

 こういう時はしゃべりたいだけしゃべらせた方が良い。竹村は成田がしゃべるに任せた。

「ある日、あれが男と並んで歩いているのを見た。新しい男が出来たのかと思って寂しいような嬉しいような気持ちになった。随分、若い男だと思ったが、顔を見て驚いた」

 そこで言葉を切ると、竹村、阿佐部、吉田と三人の顔を見回してから言った。「私だった。若い頃の自分を見ているようだった。あの子の顔を見た途端、私は全てを悟った。あれが未婚のまま私の子供を産み、シングルマザーとなって育てていることを。いや、違う。そうじゃない。あれは私の子供を身籠ったからこそ、黙って身を引いた。姿を消したのだ」

「どうしてです? どうして、あなたに何も言わずに姿を消したのですか?」

「あれは家内を怖がっていた。癇の強い女でな。妊娠のことが家内に知れたら、それこそ子供を堕ろせと言い出しかねなかった。だから、姿を隠したのだと思う。子供を守る為に、私の前から消えたのだ。私の子供がいる。会えなくても、あれが私の子供を育ててくれている。あの時は、それだけで満足だった」

「会いたいと、親子の名乗りを上げたいと思わなかったのですか?」

「先年、家内が亡くなってね。頭の上に載っている重石が取れたような気がした。もう憚るものはないと、あれに会いに行った。君の言う親子の名乗りを上げさせてくれと頼みに行った訳だ。健太を私の子供として認知したかった。だが断られた」

「断られた?」

「あれは気丈な女だ。健太は私の子供じゃないと会わせてくれなかった。健太の顔を見ろ。どう見ても私の子供だ。そう言ったが、私の子供じゃない。父親は事故で死にました。あの子にもそう言ってある。私たちを放っておいてくれと、あれはそう繰り返すだけだった。私も根負けした」

「今は親子鑑定、DNA鑑定で親子かどうか確かめることが出来ますよ」

「そんなことくらい分かっている。健太とこっそり会って、確かめることも出来た。だが、あれの気持ちも分からないではなかった」

「と言いますと?」

「私は若い頃に苦労をした。家内と出会って結婚するまで浮浪者同然の生活をしていた。まあ、私の場合は自業自得だが、あれはもっと悲惨だ。母子家庭で母親の育児放棄に合い、養護施設で育った。頭の良い子でね。うちは子供がいなかったので、あれのように経済的な理由で進学できない向学心の強い子供の支援をしていた。金を出しただけだが、大学を卒業して私の会社に面接に来てくれた時に初めて会った。恩返しがしたいと言われた。そんなつもりで金を出したのではないと言ったが優秀な子だ。人事が採用してしまった。取ったからには働いてもらう。私の秘書になってもらった」

 希のことを話す成田は楽しそうだった。「出会いの話はさておき、あれも若い頃に苦労した。若い頃の苦労は将来の肥やしだと、あれは考えていたようだ。いや、若いころの贅沢は毒にしかならないと考えていた。だから、健太が成人するまで、甘やかしてもらっては困る。そう考えていたのだろう」

「だから陰ながら健太君の成長を見守ることにした。でも、健太君に渡辺家の家庭教師の口を紹介したのはあなたですよね?」

「はは。お見通しか。あれも知っておったかもしれないな」

「渡辺さんが言っていました。健太君を一目見て驚いた。あなたにそっくりだと」

「なるほど。裏で手を回してあったが、あっさり決まったのは、そんな事情があったからだね。私に恩を売っておくつもりだったのだろう」

「健太君からお金の相談があったら、いくらでも用立てるつもりだったと言っていました」と竹村が言うと、途端に成田が顔を歪めた。そして、「健太が成人した暁には、二十歳になれば、堂々と親子の名乗りを上げさせてもらう。それだけが私の生きがいでした。後、半年、いや一か月もすれば、その機会が訪れたはずだった。その生きがいが奪われてしまった・・・」と呻くように言うと「刑事さん、そろそろ宜しいでしょうか? これから会議がありますので、他に話が無ければ、今日はこれくらいにさせて下さい」とソファーから立ち上がった。

 牧野がずいと前に出て来て、「どうかお引き取り下さい」と丁寧にお辞儀をした。出て行けと言わんばかりだ。

「そうですか。もう少しお話をお伺いしたかったのですが」

 三人は渋々、立ち上がった。

 成田は窓際のデスクの椅子に腰を降ろすと、三人に向かって「刑事さん。また会いましょう」と笑顔で言った。

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