鉄槌③
「それは・・・」また希が口ごもる。
言いたくないことが幾つかあるようだ。
「屋敷を爆破して一網打尽、彼らを抹殺するつもりだったのでしょうか?」
「そんな・・・ひどいこと・・・」
急に歯切れが悪くなった。
「では、柴崎、日野、鈴木の三人をどうするつもりだったのですか? そもそも何故、彼らを島に、いや島じゃなかった。黄鶴楼か。黄鶴楼に呼び寄せたのですか? 殺す為だったのではないのですか?」
「違います」
水谷信二殺害後、井藤希は築山の塀を乗り越え歩いて町まで出て東京に戻った。屋敷を離れた後のことは何も知らない。屋敷に残った住人によって殺し合いが始まったことや、屋敷が倒壊してしまったことは知らなかった。詳しいことは分からないが、地下の発電施設が暴発したか何かの原因で爆破が起こったのではないか、希はそう証言した。
「どうやって彼らを黄鶴楼に呼び寄せたのですか?」
「それは・・・」
「そもそも誰が何の目的であの屋敷を建てたのですか? あんな人も呼べないような場所に宿泊施設をつくる意味があったのでしょうか?」
「あら、景色の素晴らしい場所ですよ。療養施設として使えると思います」
「道路を塞いで孤島に見せかけ、港は崩壊していて船も近づけない。そんな場所に療養施設をつくっても誰も行かないでしょう」
「そうかもしれませんね」と頷いた後、希は「私が三人を殺しました。長谷川真理子、柴崎亜由美、水谷信二を殺したのは私です。それで十分でしょう。刑事さん、さあ、さっさと私を死刑にして下さい」と言った後、一言もしゃべらなくなってしまった。
黙秘だ。事件の背後に福永昌弘と名乗った牧野の存在があることは確実だったが、牧野についても「牧野さん。成田の秘書をしていましたから、当然、存じ上げております。会社を辞めてからは一度もお会いしたことはありません」と事件への関与を否定した。
無論、成田孝臣については、一切、語らず、井藤健太の実の父親が誰なのかについても貝のように口を閉ざしたままだった。
「成田を庇っているのでしょう」
「事件当時の、成田孝臣のアリバイを探ってみましょう」
ナリタ・エンタープライズに成田を訪ねることにした。
再びナリタ・エンタープライズを訪れた。
吹き抜けの天井の高いロビーで、阿佐部は「私みたいな田舎者は、何度来ても、圧倒されてしまいます」と感嘆の声を上げると竹村が言った。「成田孝臣がこの入れ物に相応しい人物であれば良いのですけど」
「先輩、良いことを言いますね~先輩も警視庁に相応しい刑事になって下さい」と吉田。
「俺は既存の枠組みに収まりきらない男なのだよ。吉田君」
「もっと大きな檻が必要だってことですね」
「人を動物園の猛獣みたいに言うな」
「はは。すいません」
この賑やかさにも慣れて来た。
受付で警察バッジを見せながら「成田会長にお会いしたい」と伝えると、「ご予約はおありですか?」と聞かれた。「ありません」と答えると、受付の女性は当惑した様子で「突然、いらっしゃっても・・・会長はご多忙ですから・・・」とゴネられた。
「取り敢えず警察が来たと会長に伝えて下さい」と粘ると「連絡がつきました」と言われ、暫くホールで待たされた。
やがて牧野が姿を現した。
「刑事さん。お久しぶりです」牧野は笑顔を浮かべたが、目の奥が笑っていない。「さあ、こちらへ」と高層階行きのエレベーターに案内された。
最上階、役員フロアの会長室へと案内された。
「凄いですね」阿佐部は勿論、竹村と吉田も、その豪華さに驚かされていた。
フロア全体が高級ホテル並みだ。ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を歩いて行く。一番奥に会長室があった。成田孝臣が待っていた。意外に小柄だ。細身で細長い顔、ネズミを思わせる風貌だ。豊臣秀吉の肖像画を思い起こさせる。
壁いっぱいに広がった窓があり、その窓際にデンと据えられたデスクから「成田です」と小男が軽快に立ち上がり、革張りの応接ソファーにやって来て座った。
成田に対面する形で阿佐部たちが腰かける。牧野は座らずに成田の背後に立った。
「お忙しい中、お時間を頂きまして、ありがとうござます」
「なあに。会長に退いてからは時間に余裕が出来ました。暇にしていますよ」
だからこうして刑事に会っているのだということだろう。
「さて、御社が愛媛県に建てた黄鶴楼についてお聞きしたいのですが――」
竹村の尋問が始まる。だが、黄鶴楼については「さあ、幾つもプロジェクトを抱えているものですから、全て把握している訳ではありません」と答えてから、背後の牧野に「どのクラスの案件だ?」と尋ねた。
「Cクラスです」と牧野が答えると「私の決済が不要な案件ですね。何処かの部署の誰かが企画して実施したプロジェクトでしょう。ご不明な点があれば牧野に調べさせましょう」と逃げられてしまった。
「花里公房に前掛けを注文されているようですが――」と五戒の前掛けについて質問してみると「ああ、花里さん。先代の頃から贔屓にさせてもらっています。前掛け? さあ、そんなもの頼みましたかね。覚えていません」とはぐらかされた。
事件当時のアリバイを確認すると「どうだったかな?」と牧野を振り返った。
「こちらにいらっしゃいました。出退勤システムに出退勤の記録が残っていますので、後で提出いたしましょう」と牧野がスケジュール表を見せてくれた。
一日の内、午前か午後、或いはその両方に会議が入っており、会議以外の時間は会長室にいたということだった。
余裕綽々でかわされてしまう。こうなれば直球勝負だ。




