表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海賊島の墓標  作者: 西季幽司
第四幕「歪んだ正義」
PR
42/49

鉄槌①

 井藤希が緊急逮捕された。

 柴崎亜由美、長谷川真理子、水谷信二の三件の殺害について、井藤希は犯行を認めている。井藤希は柴崎亜由美に騙され、自殺した井藤健太の母親だ。動機は息子の復讐だ。柴崎亜由美は結婚を餌に息子を騙して金を巻き上げた張本人、水谷は金を返せと息子に迫り、自殺に追い込んだ張本人だ。だが、井藤健太の自殺と長谷川真理子がどう結びつくのか不明だった。

 竹村と吉田が取り調べに当たる。それを阿佐部が、隣の部屋からマジックミラー越しに見守った。

「あの子は居酒屋のアルバイト以外に家庭教師のアルバイトをしていました」と希は言う。「学費のことなんて、気にしなくて良いと言ったのですが、大学生になったら、もう母さんに迷惑はかけられない。子供じゃないんだからと言って、アルバイトを掛け持ちしていました」そう言って希は涙を拭った。

 当時、井藤健太が家庭教師のアルバイトをしていたのが渡辺家だった。

「不動産会社の社長さんだそうで、奥様が有名な女優さんだそうです」

 調べてみると直ぐに分かった。渡辺英明という実業家で、妻はあの森友由香だった。盗難事件では、森友由香の知名度が高いことがあって森友家と呼ばれていたが、実際は渡辺家だった。井藤健太は渡辺家の長女、萌音の家庭教師をやっていた。

「お金の返済を迫られた時、健太の脳裏に渡辺家のことが浮かんだはずです。健太の知り合いの中で、最もお金持ちなのが渡辺さんだったでしょうから。ところが――」

 例の盗難事件だ。

 折しも、渡辺家で盗難騒ぎがあって、家族以外の人間の屋敷への立ち入りが制限された。自宅の周りに報道陣が押しかけ、家で勉強をするような環境ではなかった。萌音の家庭教師のアルバイトは一時、中断してしまった。渡辺夫妻と会って借金を申し込むなど、とても出来る状況ではなかった。

「あの時は、それこそ、上へ下への大騒ぎでしたから。渡辺さんご夫妻は、健太と会って話を聞く余裕なんて無かったでしょう」

 絶望した井藤健太は電車に身を投げて自殺してしまった。間接的にだが長谷川真理子は健太の自殺に関与していたことになる。長谷川が盗難騒ぎを起こさなければ、井藤健太は渡辺夫妻から金を借りることができたかもしれない。

 事情を聞きに、渡辺英明のアパレル会社を訪ねた。

 豪華な社長室を想像していたのだが、ありふれたオフィスの一角で渡辺英明は仕事をしていた。刑事の来訪を知ると、機能的だが飾りの無い会議室に通された。

 スリムで背が高い。吉田と変わらない背丈だ。髪の毛は白髪が目立つが、皺の多い彫りの深い顔立ちで、大女優の森友由香が結婚相手に選んだのが頷けた。

 挨拶の後、「社員と同じ目線で仕事をされているのですね」と竹村が聞くと、「いえいえ。そんな立派なものではありません。この会社が上手く行くまで随分、苦労をしましたから、豪勢な社長室をつくる金が惜しいだけです。無駄な投資はしたくない」と渡辺が苦笑しながら答えた。経営者として有能なのだろう。

 井藤健太のことを聞くと「健太君! 亡くなった、それも自殺したと聞かされた時には驚きました。将来有望な若者だと思っていたのですが残念です」と顔をしかめた。「彼、たった二、三十万円の金で自殺したのでしょう。 一言、一言、我に言ってくれれば、それくらい、直ぐに用立てたのに。あんな良い子を騙すなんて信じられない」と眉を吊り上げた。

 激情家なのだろう。感情が顔に出てしまう。そして、渡辺は意外なことを教えてくれた。

 井藤健太は素直で優秀な若者だったが、大事な娘の家庭教師として雇ったのは他にも訳があったからだと言うのだ。

「訳ですか?」

「はい。親しくさせて頂いている方から是非にと頼まれたからです。それも、自分が頼んだことは本人には伝えないで欲しいという条件で。無論、大事な娘を預けるのです。会ってみて気に入らなければ断ってもらって構わないと言われました」

「どなたから頼まれたのですか?」

「それは・・・」と渡辺が口ごもる。

 会議室に沈黙が訪れる。沈黙を破って阿佐部が言った。「成田孝臣さんですか?」

「えっ⁉」と渡辺が目を見張る。

「ナリタ・エンタープライズ会長の成田孝臣さんでしょうか?」

「どうしてそのことを?」

 確たる裏付けがある訳ではない。感で言ったのだ。だが、そうは言えないので、阿佐部は「井藤希さんを拘束しています」と誤魔化した。

 渡辺は納得した様子で言った。「希さんから聞いたのですね。やはり、健太君は成田さんの隠し子だったのですね。成田さんから紹介があって、健太君を始めて見た時、成田さんにあまりに似ているものだから、もしかしたらって、ずっと思っていました」

 阿佐部は驚きを隠しつつ尋ねた。「二人は似ているのですね」

「似ていますね。直ぐに親子だと分かるくらい」

「何故、健太君の存在を秘密にしていたのでしょう?」

「それは――」と渡辺は成田家の事情を教えてくれた。

 一代で町の不動産屋を大手開発業者へと育て上げた成田孝臣は入り婿で夫人に頭が上がらなかった。二十年前、成田孝臣は若い秘書と親密な関係になった。だが、二人の関係が夫人に知れ、秘書は会社を辞めさせられ、浮気は終止符を打った。

「知る人ぞ知る話です。その時の秘書というのが、井藤希さんです」

 どうやら別れた時に子供を身籠っていたようだが、希はそのことを成田に伝えなかった。成田孝臣は長い間、井藤健太の存在を知らなかったようだ。

 一方、成田孝臣と夫人の間には子供が出来なかった。

「成田さんは希さんがシングルマザーとなって子供を育てていることを知った。年恰好から自分の子供ではないかと思ったのでしょうね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ