不妄語戒②
「柴崎亜由美、長谷川真理子、水谷信二の三人に対して恨みを持つ人物、それが犯人だという訳ですね」
「想像に過ぎませんが、犯人はあんな巨大な建物を建てておいて、それをあっさり爆破してしまうような人物です。牧野は大企業のお偉いさんかもしれませんが、巨大な別荘や塔を建てておいて、それを破壊するとなると、ちょっと違う気がします。もっと、もっと、財力のある人物が、彼の背後にいるような気がします」
「牧野も小物だと言うことですね」
「そんな財力のある人物と言えば・・・」阿佐部はそこで言葉を切った。
近藤との会話からずっと考えていたことだ。黄鶴楼は犯罪者たちを撲滅する為の巨大な罠だった。彼らを殺す為だけにつくられた。
「現状、捜査の過程で浮上した人物の中で、想像に合致する人物と言えば成田孝臣ですか・・・」竹村がその名を口にした。
成田孝臣は町の不動産屋だった会社を一代で大手企業、ナリタ・エンタープライズに育て上げた立志伝中の人物だ。カリスマ経営者として辣腕を振るい、今は第一線を退いてナリタ・エンタープライズの会長職を勤めている。
彼ならば愛媛県の半島の先に巨大な施設を築き上げ、それを一瞬で爆破してしまうことなど簡単だろう。
暫し沈黙の後、竹村が言う。「動機は何なのでしょうか?」
「分かりません。地蔵の前掛けを準備した人物が成田会長だと聞いて、彼が犯人ではないかという考えが芽生えました。私の想像通りだとすると、亜由美と長谷川の周辺を洗って行けば、水谷に行き着き、そして、成田会長に行き着くのではないかと思います。もし、万が一、その通りになれば、私の想像が当たっていることになります」
「成田孝臣が背後にいるとなると、少々、厄介ですね」竹村が嘆く。
捜査に無用の圧力が加えられてはたまらない。
「竹村さん。僕が今回の事件とナリタ・エンタープライズを結び付けて考えたのは、実はもうひとつ理由があるのです。黄鶴楼で殺害された鈴木雅哉です。あの、村田と名乗っていた鈴木は、リサさんの事件を起こした時、勤めていた会社がナリタ・エンタープライズだったのです」
「そうだったのですか⁉」
リサ・チャンの殺人事件は千葉県警の担当だ。事件当時、鈴木がどこの会社に勤めていたかは公表されていなかったので竹村も知らなかった。愛媛県警は鈴木の捜索に当たり、関連情報を知らされていた。
「すると、他にもナリタ・エンタープライズに関係がある被害者がいるのかもしれませんね」と竹村が言うと、「ああ、そう言えば」と、それまで黙って話を聞いていた吉田が口を挟んだ。
阿佐部と竹村が視線を向けると「日野の飲酒運転の被害者、和田さんが住んでいた川崎のマンション、確かナリタ・エンタープライズが建てたマンションですよ。入り口に施工主としてそう書いてありましたから」と吉田が言った。
「お前、よく見ていたな」と竹村が感心する。
「細か過ぎることだけが僕の取柄ですから」
「そう卑下することはないぞ。人間、ちっちゃくても志は大きく持て」
「別に人間が小さいとは言っていませんけど」
竹村は「はは」と大笑すると、「先ずはもう一度、柴崎亜由美と長谷川真理子の周辺を洗ってみましょう。そうすれば、水谷に繋がり、成田孝臣に繋がって行くはずです」と阿佐部に言った。
水谷の素性が割れた。
亜由美の結婚詐欺の発端となった井藤健太の自殺のことを洗いなおしたところ、水谷の存在が浮上して来たのだ。水谷は健太がアルバイトをしていた居酒屋の経営者だった。
健太は亜由美に貢ぐために居酒屋のレジの金に手を付けた。当時、健太がアルバイトをしていた居酒屋で店長として雇われていた浅原という男から話を聞くことができた。
浅原は五十代、痩せて俯き加減の陰のある男で「結局、これしかできないもので」と別の居酒屋で雇われ店長をしていた。ぽつぽつと言葉を区切りながら当時のことを話してくれた。
店仕舞いを頼まれた健太はレジにあった売上金を着服した。二、三十万円はあったと言う。レジの金が無くなったことに気がついた浅原は健太を問い詰めた。健太は押し黙ったままで何も答えなかった。
「いいか。金は元に戻しておけ。そうすれば何も無かったことにしてやる。社長にバレると面倒なことになるぞ。あの人は金の亡者だからな。絶対に許してくれない」浅原はそう言ったが、金は亜由美に吸い上げられた後だった。健太にはどうすることも出来なかった。
レジの金が入金されていないことに水谷は直ぐに気付いた。水谷は浅原を問い詰めた。止む無く事情を話すと、
――俺の金を横領しただと、ふざけるな!
水谷は烈火のごとく腹を立てた。その場で電話をかけて健太を呼び出すと、「直ぐに金を持ってこい! さもなければ、お前を刑務所にぶち込んでやる。金がない? ふざけるな! じゃあ、生命保険に入れ! お前の命で弁償しろ! いいか!盗んででも明日までに、きっちり金を揃えてもって来い‼」と脅しつけた。
その後、地下鉄駅に向かった健太は、電車に飛び込んで自ら命を絶ってしまった。青白い顔をして居酒屋を出て行った健太の顔が忘れられないと浅原は言った。
だが、それだけでは終わらなかった。
水谷は健太の母親に賠償を迫った。健太は母子家庭だ。水谷は家に押し掛けると母親に健太が売上金を盗んだことを伝え、「金を弁償しろ!」と迫った。しかも、母親には「健太が盗んだ金は百万円だった」と嘘までついた。
「奥さん、随分、無理をして金をつくったようだ」と浅原は気の毒そうに言った。母親から金をせしめた水谷は浅原に「どうだ⁉ よく覚えておけ。こうやって金は稼ぐもんだ! これが本物の知性ってやつだ」と豪語したらしい。




