不妄語戒①
遅くなってしまったが近藤に電話をかけた。
「おう」と相変わらずぶっきらぼうだが、阿佐部からの電話を待っていたようだ。
日課となっている情報交換だ。阿佐部から東京での捜査状況を報告する。「うん、うん」としか言わないが阿佐部からの報告に聞き入ってくれる。
阿佐部の報告が終わると、県警での捜査状況を教えてもらう番だ。
「何もない」と近藤が短く言う。報告が無いことを申し訳なく思っているのだろう。「分からないのは、何故、あんなところに黄鶴楼を建てたのかということだ」と珍しく自分の意見を披露した。
「と言いますと?」
「黄鶴楼は宿泊施設だよな」
近藤は言葉数が少ない。
「そのようですね」
「道路を遮って建物を建てて、孤島に見せかけてある。唯一の侵入箇所である港は地震の影響で崩壊した状態だ」
阿佐部は近藤の言わんとしていることが理解できた。「なるほど。人を呼ぶ為の施設なのに、一旦、入って来た獲物を逃がさないようにしている罠に見えますね」
「獲物を捉まえる罠か。良いことを言う」
「あれだけ大掛かりな罠を仕掛けるとなると・・・」
阿佐部が黙り込んでしまったので、近藤が言った。「建物の爆破は偶然じゃなかったのかもしれない」
「初めから仕組まれていたということでしょうか?」
「分からない」
「まるで彼らを殺害する為だけに建てられた施設のような気がしますね」
「うむ」
だとしたら恐ろしいことだ。
「牧野が犯人で決まりでしょうか?」と尋ねると、近藤は間髪入れずに「違うだろうな」と答えた。
「違いますか?」
「違う。やつじゃない」
「何故、牧野じゃないのでしょうか?」と聞いてみると「護摩行をした」と答える。
「護摩行ですか⁉」
テレビのニュース番組だったが、プロ野球選手が燃え盛る炎の前で、一心不乱に祈る姿を見たことがある。「あんな派手なやつじゃない」と近藤は言う。
「仏様の知恵の炎により心の中の煩悩を焼き払うのだ」
「はあ・・・」どう反応して良いのか分からない。
「そこで見えたのは羅刹女の姿だった」
「羅刹女・・・ですか?」
「羅刹女は初め、人の精気を奪う鬼女だったが、仏様の説法に接し、神女となった神様だ。非常に美しい容貌を持っている」
「美しい女神・・・ですか」
「仏教を守護する護法善神の一人だ」
「柴崎亜由美のことなのでしょうか?」
「あの女が女神とは思えないな」
「では、どういう意味を持っているのでしょう?」
「それがどういう意味を持つのか知らん」だが、「仏の教えだ。疎かにしてはならない」と近藤は言う。
電話を切ってから阿佐部は考え込んだ。女性だ。事件の裏に女の陰があるということか。
名刺にあった電話番号は福永昌弘名義で開設された電話番号であることが分かった。牧野は福永昌弘から買い取った個人情報で携帯電話を開設したのだ。事件後、ほどなく電話契約は解消されていた。
電話会社に確認を取ったが、電話の申し込みや取消は書類の郵送だったようで申込者の顔は分からないと言うことだった。事件の背後に、福永の名を騙った牧野がいることは分かっているのだが、それを証明する証拠が見つからない。
自分がやったと牧野が認めているのは、福永昌弘の名刺を作ったことだけだ。
「うぬぬぬ・・・やつを追い詰めるネタが欲しいですね」竹村が歯噛みする。
「事件を振り返ってみましょう。柴崎の供述に嘘はなかったと仮定して自分なりに考えてみました。先ず、最初に内村――いや、柴崎亜由美でしたね。亜由美が塔から転落して死亡しました。これは恐らく、誰かに突き落とされたものでしょう。彼女は殺害されたと考えています」
「ええ」竹村と吉田が同時に頷いた。
「次に長谷川真理子が部屋で首を絞められて殺されていました。そして、同じように首を絞められて殺された水谷の遺体が玄関前の丸池で見つかりました。そこから、疑心暗鬼になった黄鶴楼の住人たちの殺し合いが始まります。犯人が意図したものだったかどうか分かりませんが、殺す手間が省けたとでも考えていたかもしれませんね。村田こと鈴木が日野さんを包丁で殺害、そして残った柴崎と鈴木が決闘を始め、柴崎が生き残りました」
「はい。その通りです」
「日野と鈴木の二人は誰が殺したのか、はっきりしています。鈴木と柴崎です。誰が殺したのか分からないのが亜由美、長谷川、水谷の三人です。
黄鶴楼は陸続きの半島の先にあったのですから、外部から簡単に侵入することができました。当時、屋敷にいなかった人間であっても犯行が可能です。いや、犯人は彼らが孤島にいると思わせようとしていた。ということは外部の人間ではないか。そう思っています。
外部からやって来た犯人が三人を一人ずつ殺して行った。そして、残った住人が殺し合いを始めた。先ほども言いましたが殺す手間が省けただけかもしれません。ですが、犯人はこの三人だけは、どうしても自らの手で殺害したかった。そう思えるのです」
「柴崎亜由美、長谷川真理子、水谷信二の三人を殺すことが、犯人の目的だった」
「はい。三人以外、残りの人物は鈴木のように人を殺めて逃げているような人間です。最終的に、みな殺してしまうつもりだったのかもしれませんが、それは黄鶴楼を爆破して、まとめて殺してしまう計画だったのではないでしょうか?
犯人は彼らに孤島にいると信じこませた。居場所はあの屋敷、黄鶴楼しかなかった。他に行くところなどありません。建物を爆破してしまえば誰も助からない。犯人はそう考えた。あくまで犯人の目的は亜由美、長谷川、水谷の三人を自らの手で殺すことだった」




