江戸小紋③
竹村は応対に出た女性事務員に「電話をした警視庁のものです。お願いした名刺の注文伝票を見せてもらえませんか?」と掴みかからんばかりの勢いで尋ねた。女性がたじろぐ。
「先輩、落ち着いて下さい」見かねて、吉田が小声で囁く。
熱血漢の竹村にクールな吉田は似合いの相棒だ。
「はい、探しておきました」と女性が差し出したファイルの中に、福永の名刺の注文伝票があった。
注文主を確認した。
注文主の欄には、成田実業の親会社であるナリタ・エンタープライズの企画室・坂本葉子という名前が記されていた。
またナリタ・エンタープライズだ。花里公房に地蔵の前掛けを注文したのも、ナリタ・エンタープライズの牧野という人物だった。
「ナリタ・エンタープライズからの注文だったのですか?」
事務員は「ええ」と頷いてから、「ナリタ・エンタープライズさんから成田実業さんの社員の名刺の注文は珍しいので、変だなと思った記憶があります」と答えた。
「ナリタ・エンタープライズが成田実業の人間の名刺を注文することは無いのですか?」
「それはもう。親子関係と言っても別会社ですから・・・」
「それで、確認しなかったのですか?」
「別会社とは言え、親会社からのご注文でしたから特に確認は致しませんでした」
「なるほど。この伝票、お借りできますか」
必要な情報は手に入れた。伝票を借りると印刷所を後にした。勿論、向かうはナリタ・エンタープライズだ。武部には慎重にと言われていたが、企画室の坂本葉子を尋ねるつもりだった。
品川にあるナリタ・エンタープライズ本社に車を走らせた。
ビルを見上げながら「凄いですね~」と阿佐部が感心すると、「建設業者ですからね。見た目が大事だと言うことでしょう」と吉田が冷静に答えた。
吹き抜けの広いホールがあり、高層階、中層階、低層階に別れたエレベーター毎に駅の改札のようなセキュリティゲートが並んでいる。
その片隅に受付があった。
受付で面会を申し込むと、幸い、坂本は在席していた。直ぐに降りて来ると言う。ロビーに設置されたミーティング・コーナーで待つように言われ、椅子に腰を降ろすと待つ程もなく若い女性がエレベーター・ホールに姿を現した。
受付の女性と一言、二言、言葉を交わすと竹村たちに向かって真っすぐに歩いて来る。坂本葉子だ。
「坂本です」現れたのはまだうら若い、マッチ棒のように細い女性だった。
長いストレートの髪がさらさらで胸の辺りまで伸びている。化粧のせいもあるのだろうが、細い顔に大きな目が目立つ。美人だ。
「お仕事中すいません。この名刺について、お伺いしたいのですが」竹村が印刷所から借り受けて来た伝票を見せると、坂本は「ああ」と口角を上げてにっこりと微笑んだ。
「これは牧野室長から頼まれて手配した名刺です」
「牧野室長?」
「はい。私の所属する企画室の室長さんです。牧野室長から頼まれて、この名刺を手配致しました」
牧野だ。地蔵の前掛けの注文主だ。再び、捜査線は牧野で交差した。
「牧野さんから頼まれて、名刺を注文した訳ですね。それで、この福永昌弘さんという方は、どういう人なのでしょうか?」
「さあ、存じ上げません。室長に頼まれて名刺を手配しただけです」
「印刷会社で聞きましたが子会社の人間の名刺を手配することはないと聞きました」
「はい。私も成田実業の方の名刺を室長が手配するのは変だなと思ったのですが、何か事情があるようでしたので、ご指示通り、手配致しました」
「そう言うことが、よくあるのですか?」
「いいえ。私どもで、成田実業の方の名刺をお作りしたのは、その時、一度切りだったと思います」
これは牧野から話を聞かなければならない。「それでは、牧野さんは今、ご在席でしょうか?」
「在社しておりますが、生憎、牧野は只今、会議中で席にはおりません」
「では、会議が終わられてからで結構ですので、是非、お会いして、お話をお伺いしたいと、そう牧野さんにお伝え願えませんか?」
「はあ、会議が終わるまで、まだ暫くかかると思いますけど・・・」
「会議が終わるまで、ここでお待ちします」
竹村の有無を言わせぬ口調に、坂本は「分かりました」と頷くと、エレベーター・ホールへ消えて行った。
坂本がエレベーターに消えてから、たっぷり一時間は待たされた。三人共、無言でじりじりしながら、牧野が降りて来るのを待っていた。
「竹村さん。そんなに怖い顔をしていると、周りの迷惑になりますよ。ほら、あの女性なんて、竹村さんの顔を見て、びっくりして走って行きました」
ロビーの片隅で大男が怖い顔をして座っているのだ。通り過ぎる人間が驚いてしまう。吉田が諌めると、「そんなに怖い顔をしていたか?本当は優しいジェントルマンなんだけどな。いや、ジェントルデカか。今度から俺のことをジェントルデカって呼んで良いぞ」と竹村が肩の力を抜いた。
「ジェントルデカって・・・ちゃんとしろデカと言った方がぴったりですよ」
「ちゃんとしろデカだなんて上手くないねえ~そう言う時は、猪突猛進の猪デカとか、もっと良い返しがあるだろう」
「猪突猛進・・・竹村さんって、時々、難しいことを言いますよね」
二人が与太話をしていると、背の高い白髪の紳士がエレベーターから降りて来た。真っ直ぐに竹村のもとへと歩を進めて来る。眼鏡を掛け、鼻筋の通った、涼やかな顔立ちだが、一重瞼の奥の目が蛇の様に鋭かった。
竹村が誰だか知っているようだ。
男は竹村の前で足を止めると、にこやかに言った。「私が牧野です。刑事さんですね。さあ、参りましょうか」
「参る?参るって、どこへですか?」
「どこへって、警察に決まっているじゃないですか」




