江戸小紋②
黄鶴楼の発注者のひとつとして、ナリタ・エンタープライズの名前が出て来ていた。それに竹村たちが探し回っている福永という人物は、ナリタ・エンタープライズの子会社、成田実業の名刺を所有していた。
花里は、「成田会長は先代、十一代目の花里千衛門の代からのお得意様です」という。「先代の時代に、ナリタ・エンタープライズさんは創立二十周年を迎えました。記念品やノベリティ・グッズなど大量に製作され、そのひとつに風呂敷がありました。良いものを作ってくださいと、うちに注文がありましたので先代が心を込めて染めたところ、成田さんは大層、気に入られたようでした。先代から私に代替わりしましたが、以来、変わらず、花里工房を贔屓にして頂いています」
「なるほど。それで、この前掛けについて詳しいことをお聞きしたいのですが」
「半年くらい前ですかね。成田さんから少なくて申し訳ないが、と断りがあって、注文を受けたものです。仏教の五戒を染物にしたいというお話でした。文字を絵柄として染めることができるのか? と問い合わせがありましたので大丈夫ですよ、とお答えしたところ、直ぐに、染め賃はいくらかかっても構わないので良いものをお願いしますとご注文がありました。お地蔵さんに掛けたいというお話でしたので、一枚一枚、丁寧に染めさせてもらいました」
「成田さんご本人から、依頼があったのですか?」
竹村の質問に、花里は「いやあ~」と手を振ってから「成田さん、直々にお店にいらっしゃったこともありますけど、ご注文は、大抵、成田さんの秘書のような仕事をしていらっしゃる牧野さんから連絡があります」と答えた。
「牧野さん? 牧野、何さんとおっしゃるのでしょうか?」
「牧野忠義さんです。ナリタ・エンタープライズの企画室の室長さんです。最終的に成田さんからのご注文は、全て、企画室を通して連絡があります。確か、頂いた名刺があったと思います」
「その名刺をお貸し頂けませんか!?」竹村は勢い込んで言った。
「それは構いませんが・・・」花里は語尾を濁した。
得意先に迷惑がかかるようなことにならなければ良いがと心配を始めたようだ。
ナリタ・エンタープライズに牧野を尋ねる前に、一旦、警視庁に戻った。
武部に報告を行うと、「そうか。イーストゲートと東口は空振りか。福永昌弘という男が鍵になりそうだな。やつの名刺を調べてみろ。指紋が出るかもしれない。ナリタ・エンタープライズを尋ねるのはもう少し、周りを固めてからにしろ」と指示を受けた。
流石に大手企業だ。捜査には慎重を期す必要がある。
和田家から借り受けた名刺から福永のものと思われる部分指紋が見つかっている。だが、身元を特定するまでには至らなかった。渋る東口から脅すようにして借りてきた名刺から、更に手掛かりが出るかもしれない。
「成田実業を尋ねた時、人事課の課長から名刺をもらいましたよね?」
武部への報告を終えて席に戻って来た竹村に阿佐部が尋ねた。
「ええ、もらいました」竹村は名刺箱の中から成田実業で会った人事課長の名刺を取り出した。
「昨今、彼が言ったように名刺はパソコンで簡単に作ることができます。成田実業の人間の名刺を持っていれば名刺をスキャンし、パソコンで加工して、本物そっくりに作ることができるはずです。福永の名刺はありますか?」
「これです」
証拠袋に入った名刺を渡すと阿佐部が二枚の名刺を並べて比べ始めた。福永の名刺はパソコンで偽造したにしては、よく出来ていた。紙質は上等だし、字体も、会社のロゴも、本物そっくりだった。人事課長の名刺と比べても見分けがつかない程、精巧に出来ていた。
「あまりにも良く出来ています」
端から竹村と吉田が覗き込む。二枚の名刺を見比べてみたが、名前が違う以外、そっくりだった。
「これだけ精巧に出来ているとなると・・・」
竹村にも阿佐部の考えていることが分かって来た。
「えっ⁉ 何です? これだけ精巧に出来ていると何です?」吉田が焦る。
「分かるまで名刺を見比べていろ」と言うと、竹村は成田実業に電話をかけた。
人事課の課長を呼び出すと、名刺の印刷を依頼している印刷所の連絡先を聞き出した。そして印刷所に電話をすると、福永昌弘の名刺を印刷していないか調べてもらった。
「かなり古いものでなければ原版が残っていると思います」電話口で待たされたが、応対に出た女性から「確かに、成田実業株式会社企画本部本部長、福永昌弘様の名刺の原版が残っておりました」と返事があった。
福永昌弘の名刺はパソコンで偽造されたものではなかった。印刷会社に発注されたものだった。
「どなたが名刺を注文されたのでしょうか?」
「名刺作成依頼の伝票が残っているはずです。時間を頂ければ探しておきます」と女性が言うので竹村は「お願いします。今から、そちらに向かいます」と言って電話を切った。
武部に報告し、背広の上着を片手に、阿佐部に「行きましょう」と声をかけると、「俺が運転する」と吉田に言って捜査一課を飛び出した。
阿佐部と吉田が慌てて後を追った。
「竹村さん、だてに年食っていませんねえ~」吉田が軽々と追いついて言う。
「年寄扱いするな! こう見えて、ぴっちぴちだぞ」
「お腹の周りがびっちびちの間違いなんじゃありませんか? ほら、もう息が切れてきたみたいだ」
「う、うるさいな・・・お前・・・」
車を飛ばして川崎に向かう。印刷所に着いた。




