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海賊島の墓標  作者: 西季幽司
第三幕「許されざる者たち」
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不偸盗戒①

「森友由香の家で起こった盗難事件を覚えていますか?」

 顔を合わすなり、吉田に聞かれた。

 気の良い若者たちだ。昨日は「疲れたでしょうから」と和田宅訪問後、予約してあったホテルまで送ってくれ、「歓迎会です」と近くの居酒屋に連れて行ってくれた。

 お陰で、大都会で途方に暮れなくて済んでいる。

 歓迎会の後も仕事をしていたようだ。今朝はわざわざ出迎えに来てくれた。ホテルのロビーで顔を合わすなり立ち話が始まった。

「女優の森友由香です。ほら、有名なテレビドラマの新宿ラストキスに出ていた」と竹村が教えてくれる。

「ああ、そんなドラマがありましたね」と答えてみたものの見ていない。

「二、三年前ですかね。雇っていた家政婦が、森友由香の家から貴重品を盗んで大騒ぎになった事件があったんですけど覚えていますか?」

 正直、ほとんど覚えていなかった。世間を賑わせた事件のようだが、阿佐部にとっては刑事事件と言うより芸能スキャンダルだった。「ええ、まあ」と曖昧に答えておいた。

「あの事件、後味の悪い結末を迎えてしまい、それに結局、有耶無耶になってしまいましたよね?殺された長谷川真理子、あの事件の関係者だったようです」

「長谷川真理子が⁉」

 昨晩、ホテルに戻って近藤に電話をかけた。情報交換だ。篠原の指示で、こちらでの捜査状況を伝え、あちらの最新の捜査状況を教えてもらえることになっていた。「近藤と密に連絡を取り合え。逐次、近藤から話を聞く」という篠原の指示には、近藤と上手くやってくれという願いが込められているのだろう。

 阿佐部から東京での捜査状況について一通り説明が終わると「長谷川の遺体が見つかった」と近藤は短く言った。

 不愛想な男だが、電話だと更に愛想がない。怒っているかのようだ。

 最後に残っていた長谷川の遺体が見つかり、長谷川の私物も回収できたようだ。これで長谷川の住所が判明し、警視庁に身元照会を行ったと近藤は言っていた。早速、竹村たちが調べてくれたのだ。

 電話の最後に「ひとつお願いがあります」と阿佐部は近藤に頼み事をしておいた。

「被害届が出たので捜査を始めたのですが――」吉田が説明してくれる。

 森友由香はモデル出身で、中高年の男性に人気がある、知る人ぞ知る女優だ。既に四十代だが、今でも第一線で活躍する大女優でもある。商才にも恵まれ、自らがデザインした衣類やアクセサリーをネットで販売し、デザイナー兼経営者として億を超える年商を稼ぎ出していた。

 二十代後半の人気絶頂期に、いきなり結婚を発表して大騒ぎになった。

 結婚相手として選んだのは、都内で不動産会社を経営する青年実業家だった。二人の結婚は、当時、芸能ニュースで大々的に取り上げられた。だが、セレブ・カップルに対するやっかみからか、世間の反応は薄かった。

 結婚後間もなく、二人の間に第一子となる女児が生まれた。その暮らしぶりは派手で、世田谷の豪邸に二人の家政婦を雇い、家事と育児の両方を任せ切りにしていた。

 二年前のことだ。森友は指輪やネックレスなど、時価、数千万円相当の貴金属が無くなっていることに気が付いた。盗難に遭ったものと考えられたが、屋敷の防犯システムは完璧で外部から不審者が侵入した形跡は見られなかった。

 貴重品は夫婦の寝室にあるクローゼットに置かれたジュエリーボックスに、無造作に放り込まれていた。森友家の事情に詳しい者であれば簡単に盗み出すことができた。

「金持ちは違いますね」吉田が言う。

「ですね」と相槌を打つと、吉田は話を続けた。「まあ、当然、二人の家政婦に疑いの眼が向けられました。特に年若の家政婦、三宅しのぶは森友家に来て、まだ一年しか経っていませんでした。彼女が真っ先に疑わたのも無理はありません」

 もう一人、年嵩の家政婦は森友家に勤めて三年近く経っており、森友夫婦の信用が厚かった。家政婦になったばかりで仕事に慣れず、「要領の悪い子ね」と森友から叱責を受けることがあった三宅はそのことを恨み、犯行に及んだのではないかと疑われた。

 気が優しく、大人しかった三宅は声高に無実を主張することができなかったようだ。

「あなたが盗んだの?」森友由香は気の強い女だ。直球の詰問を受けて三宅は錯乱した。怖くて黙り込むことしか出来なかった。

 痺れを切らした由香は彼女のバッグを持って来させると、テーブルの上に中味をぶちまけた。テーブルの上に散らばった私物に混じって、盗まれた指輪の一つが見つかった。これで三宅の容疑が決定的となった。

 三宅は「知りません。私は、こんな指輪知りません!どうしてバッグの中に指輪が入っていたのか、私には分かりません。お願いです。信じて下さい。私は盗んでなんかいません!」と涙ながらに訴えた。

 だが、証拠の指輪が見つかった以上、彼女の容疑は決定的だった。三宅は森友家の家政婦を解雇され、森友家は警察に被害届を出した。

 その夜、三宅は自宅で手首を切って自殺した。

――私は無実です。森友さんの貴重品を盗んだりしていません。

 それが彼女の遺書だった。

「彼女のあの姿、忘れられません」

 遺体を発見したのは吉田だったと言う。被害届を受け、一人暮らしのアパートに向かった吉田が、風呂場で冷たくなった三宅の遺体を発見した。

「不思議なことに――」三宅のアパートから、残りの盗品は発見されなかった。

 このことが公になると、

――森友由香が犯人扱いしたので、若い家政婦は命を絶ち、自らの潔白を証明した!

 と、世間の批判は被害者であったはずの森友由香に集中した。セレブを気取り、どこか人を見下したような態度をとる森友を、快く思っていなかった視聴者が多かったのだろう。

 視聴者はここぞとばかりに森友由香を攻撃した。

 指輪は森友由香が予め家政婦のバッグに仕込んでおいたものだという、言い掛かりともいえる批判が噴出した。

 世間のパッシングを受け、森友由香は盗まれた貴金属を取り戻すことをあきらめ、被害届を取り下げた。

 こうして事件は有耶無耶のまま終わってしまった。

「後味の悪い事件でした。森友由香は被害届を取り下げてしまいましたが、亡くなった三宅さんの無念を思うと、未解決のままにしておくべきではありませんでした」吉田が残念そうに言った。

「それで、その盗難事件が長谷川真理子とどう関係しているのでしょうか?」

 阿佐部の質問に「すいません。持って回った言い方をしてしまって」と吉田が恐縮した。すかさず竹村が「お前はいつだって回りくどいんだ。持って回って一周するくらい回りくどい」と口撃する。

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