不飲酒戒④
「殺された?私は日野が死んだと言っただけで殺されたとは言っていませんよ」
何か知っているようだ。
「ああ、そうでしたね。じゃあ、どうやって死んだのですか?」
「我々は殺されたと考えています。あなたが言ったように」
「その犯人に感謝したいですね。あの男が、慎太郎を殺したあの男が、のうのうと生きていることに耐えられませんでしたから」和田は怒りを露にした。
「日野がどこで何をしていたのかご存じでしたか?」
「あの男がどこで何をしていたのかですって? さあ、知りません。どこで何をしていようが私の知ったことではありません。刑務所を出たことは知っていました。その後、どこで何をしていたのか、知りたいとは思いませんでした」
「なるほど。ご家族や親戚はどうです? 日野の動向について、知っている方はいませんでしたか?」
「家族? 家族たって、妻と娘です。娘はまだ小学生ですし、日野のことなんて知りません。親戚は・・・どうですかね。聞いたことがありませんが、むしろ、知っていたら、あれこれ私の耳に入れてくると思うんです。何も言ってこなかったということは、日野がどこで何をしていたのか知らなかったということでしょう」
「何故、日野が死んだと聞いて殺されたと思ったのですか?」
「それは・・・」竹村の質問に、和田は躊躇っていたが、やがて覚悟を決めたように言った。「この間、ちょっと変わった人が尋ねてきたのです」
「変わった人?」
和田の話によると、ある日、一人の男が「話がある。聞いて損はない話です」と和田家を訪ねて来た。うさん臭い気がしたが、上等なスーツをパリっと着こなしていて、変な人間には見えなかったと言う。
男は仏壇の前で息子の位牌に手を合わせると和田に向かって言った。「息子さんの恨みを晴らしたくありませんか? 日野が憎くないですか?」
「そりゃあ、日野のことが憎いですよ。刑期を終えて自由の身となったようですが死んだ慎太郎は戻って来ない。あいつが大手を振って町を歩いているかと思うと、八つ裂きにしてやりたいくらいです。でも、どうしようもない」と和田は答えた。
和田の言葉に男は満足そうに頷くと、「あなたに代わって、私が恨みを晴らしてあげましょう」と言った。
流石に気味が悪くなった。
「そんな・・・いくら何でも、それは・・・」と和田は男の申し出をやんわりと断った。
「あなたに代わって恨みを晴らすと言っても、見返りとして大金を要求したり、無理難題を押し付けたりなど、一切、しません。無論、あなたに罪を着せたりなんかしません。そうですねえ・・・恨みを晴らす見返りとして、あなたが大事にしているものをひとつ、私に下さい。他人にとってはどうでも良いもの、何の価値もないものであったとしても、あなたにとって大事なものであれば、それで結構です。それで、あなたの恨みを晴らして差し上げましょう」
男は柔和な微笑みを湛えながら言った。
試に、大事にとってあった息子が書いた父親の絵を見せて「こんなものでも良いのですか? この絵は、慎太郎が私にくれた宝物です」と尋ねたところ「もちろんです」と男は頷いた。
悪魔に魅入られたように、絵を手渡してしまった。
男は宝石を取り扱うように大事そうに慎太郎の絵を鞄の中に仕舞った。厳かな所作に好感が持てた。
「私が・・・私が恨みを晴らして欲しいと、あの男に頼んだから、日野は殺されたのでしょうか?日野が殺されたとなると私は何か罪に問われるのでしょうか?」
全てを告白した後、和田は縋り付くような目で尋ねた。
常識的に考えて、金銭の授受が行われた訳ではない。殺人教唆で罪に問うことができるかどうか微妙なところだ。
「罪に問われることはないでしょうね」と竹村が答えてから、ちらと阿佐部を見た。自信があった訳ではないだろうが、阿佐部は軽く頷いて見せた。
和田はほっとした様子だった。
「その男に関して、何か知っていることはありませんか?」
竹村が尋ねると名刺をもらったという。「名刺があるのですか!」
「はい。名刺をもらいました」と名刺を見せてくれた。
――成田実業株式会社企画本部本部長、福永昌弘
と書かれてあった。
「知っている人ですか?」
「いいえ、初めてお目にかかりました」
「名刺にある成田実業というのはどうです? 知っている会社ですか?」
「いえ、知りません」
名刺を預かりたいと言うと、和田は「どうぞ――」と竹村に手渡した。そして、「刑事さんは犯人を捕まえるのが仕事でしょうけど、私にしてみれば、福永さんが日野を殺してくれたのなら警察には捕まらないで欲しいというのが本音です」と真顔で言った。
和田から福永の人相を聞き取ると和田家を辞した。
竹村は「一旦、警視庁に戻りましょう」と阿佐部に言ってから「お前が運転してくれ」と吉田に言った。
「僕がハンドルを握っても良いのですか?」
「ちょっと考え事をしたい」
「珍しい。知恵熱が出ますよ」
「お前こそ、運転していて、運動不足で足がつったりするなよ」
「鍛えていますから大丈夫です。でも、どういうことですかね?」
「どうもこうも、俺にも分からん」竹村がぶっきら棒に答えた。
阿佐部が二人の間をとりなして言った。「でもまあ、金を持っていそうな人物が浮上してきました。この福永っていう人物、大企業のお偉いさんのようですので、こいつなら、日野を愛媛にまで呼び寄せて屋敷を爆破することが出来たかもしれません」
「なるほど。今回の事件の犯人は財力のある人間だということですね。この福永っていう男、徹底的に洗ってみることにしましょう」
「お願いします。微力ながらお手伝いさせて下さい」




