不飲酒戒②
「吉田です。吉田健吾です」と綺麗にお辞儀をする。
竹村と並ぶと小さく見えるが、なかなかの長身だ。細身で目付きが鋭く、見るからに頭が切れそうだ。一重瞼でぐっと吊り上った眉毛がりりしい。笑うと目が線のように細くなった。
「高知県警捜査一課の阿佐部です。お忙しいところ、ご迷惑をお掛けします。よろしくお願いします」
阿佐部はきっちり敬礼で返した。恐縮したようで、竹村が「先にホテルにご案内しましょうか?」と背筋を伸ばして尋ねて来た。
「いえ。聞き込みに行くと聞きました。差し支えなければ同行させて下さい」
「分かりました。では、車の中で話を聞かせて下さい。我々への敬語は不要ですので、何でも命令して下さい」
東京駅の地下駐車場で、竹村たちが乗って来た警察車両に乗り込んだ。運転は竹村、助手席に吉田、阿佐部は後部座席に陣取った。三十分、停めただけだと言うが駐車場代の高さには驚かされた。
「すいません。お忙しい中、私のお守りなんか命じられて、本当、申し訳ないです」と阿佐部が言うと、助手席から吉田が振り返りながら「そんなことありません。これだけの大事件です。担当できるだけで光栄です。阿佐部さんのパートナーに指名されて嬉しかったくらいです」と答えた。嬉しいことを言ってくれる。
「俺の日頃の行いが良いからだよ」と竹村。
「ああ、神様も意外に人を見る目がないなあ~」吉田が憎まれ口を叩く。
「天網恢恢疎にして漏らさずって言葉を知らないのか? 神様はちゃんと俺たちのことを見て下さっているんだ」
「竹村さんって肉体派のくせに、時々、難しいことを言いますよね」
「俺はな。知性を隠して生きているんだ。隠しても、隠しきれないところが、俺の悲しさだな」
「いえ。しっかり隠れていますよ。何処にも知性の欠片なんて見つかりません」
「はは」阿佐部は思わず笑ってしまった。
二人、仲が良さそうだ。軽口をたたき合う二人を見ていて羨ましくなった。何時か近藤と軽口を叩き合う日が来るのだろうか。
「すいません。無駄話ばかりで。さて、情報交換と行きましょうか。愛媛県警での捜査状況、教えて下さい」情報交換が始まった。
葛飾区にあった日野のアパートを訪れた。
二階建ての小奇麗なアパートに、日野は一人で住んでいたようだ。戸籍によれば、一度、結婚しており、娘が一人いる。飲酒運転で事故を起こす前に、妻と離婚していた。
事故を起こす前から、酒癖が悪かったのだろう。
アパートの管理人から話を聞いた。吉原という男で、四十代、額が広く、丸い頭にかつらのように頭髪が乗っている。父祖伝来の畑を潰してアパートを建て家賃収入で生活しているようだ。
「日野さんですか。真面目で大人しい方ですよ。飲酒運転? 事故の話なら聞きました。でも、まあ、強盗や殺人とかじゃなくて自動車事故ですからね。悪いことはしないでしょう。そう思って部屋を貸しました。
実際、うちに来てから騒ぎを起こしたことは一度もありませんでした。お酒? さあ、家で晩酌くらいやっていたのかもしれませんけど、飲んで騒いだっていう苦情はありませんでした。
娘さんですか? いいえ、家族は誰も、尋ねてきたところを見たことはありませんね。娘さんがいるっている話すら、今、初めて聞きました。
愛媛? へえ、愛媛に行っていたのですか? 知りませんでした。実家? 埼玉か群馬か、どこかその辺だったはずですよ。
ああ、そうだ。学生時代は柔道をやっていたそうで、かなりの腕前だって聞いたことがあります。駅前に武道教室があって、そこに出入りしていました。武道教室の人なら、何か知っているかもしれません」
管理人は日野が亡くなったと聞いて、「大変だ。ご家族の方と連絡を取って、家財道具を処理しなきゃなりません。頭が痛いな。うちで亡くなったのではないことが不幸中の幸いですけど」と不謹慎なことを言って笑った。
部屋が事故物件にならないで良かったと、胸を撫でおろしているのだ。
近隣の住人との付き合いはなかったそうで、アパートで日野に関する有益な情報を掴むことはできなかった。
アパートを出たところで、竹村が申し訳無さそうに言った。「役に立ちそうな情報はありませんでしたね」
「アパートの管理人なんて、こんなものでしょう。借家人のことなんて、そんなに詳しく知らないのでは」
「まあ、そうですね。ところで、見つかった遺体は変わった服を着ていたとか?」
「前掛けです。仏教の五戒を書いた前掛けをしていました」
「五戒?」
「信者が守るべき五つの戒のことだそうです」
「へえ~で、日野は何だったのですか?」
「不飲酒戒です。酒を飲むなという戒めです」
「日野にぴったりの戒めですね」
「亡くなった五人、全てがこの前掛けをしていました。村田と偽名を使っていた鈴木雅哉は不殺生戒、人を殺すな、です。犯人は五人、それぞれにぴったりの戒めを選んでいたのではないかと思っています」
「サイコな野郎ですね。ところで次はどうします?」
「私にお気遣い無く。竹村さんの思った通りやってもらって結構です。私は横で聞いているだけで十分ですから」
「そうですか。では――」と管理人が言った駅前の武道教室へと向かった。
車の中で吉田が言う。「謙虚になれっていう戒めはありませんか? 先輩にぴったりだと思うのですけど」
「はは」と阿佐部が苦笑いする。
すかさず竹村が言った。「じゃあ、お前は口を慎めっていう戒めだな」
駅前の六階建てのオフィス・ビルの地下に武道教室はあった。
柔道、合気道、空手など、畳の上で行う武道を一通り教えている。教室に通ってくる生徒の中には日野のような有段者がいて、武道を学ぶというより腕を磨くために通ってきている強者がいた。




