不殺生戒②
山岡の教育係を任され、高橋は張り切っているようだが、駆け出しの新人とコンビを組むと必然的に篠原に怒鳴られるのが自分の役目になる。
「何だ? 結局、何も分かっていないのと同じじゃないか!」と高橋が篠原に怒鳴られていた。何事か報告に行ったようだが、篠原のお気に召さなかったようだ。
端から見ていて篠原のいらいらが手に取るように分かった。鈴木の捜索に加えて連続殺人事件を抱えてしまった。幹部からのプレッシャーは相当なもののはずだ。
「調べなおして、出直してこい」と蹴とばさんばかりの勢いで高橋を追い返した。
「うへっ」と肩をすくめながら高橋が席に戻って来た。
近藤が「おいおい、あまり課長を怒らせるな。とばっちりがこっちに来る」と冷やかす。
腫物に触るように扱われている近藤にしても、篠原には頭が上がらなかった。一課に配属されて直ぐに近藤は篠原と組んでいた時期がある。刑事としての心構えを、一から篠原に叩き込まれた。
新人時代に面倒を見てもらったということでは阿佐部も同じだ。たたき上げのベテラン刑事である篠原は、課長に上がるまで自ら志願して新人の教育係を買って出ていた。一課の刑事で篠原の薫陶を受けていない刑事などいなかった。
「一体、課長は何をそんなに怒っているんだ?」と声をかけると「すいません。ご迷惑をかけちゃって、実は――」と頭を掻きながら篠原が機嫌の悪い理由を説明してくれた。
「黄鶴楼の所有者が分からない!?」
篠原の指示で、高橋は黄鶴楼の所有者から話を聴こうとした。
人も通わぬ廃村に巨大な塔を持つ立派な屋敷を建設した理由や黄鶴楼に居た人物について知りたかった。
建築確認申請書から、施行業者は直ぐに分かった。大掛かりな工事とあって地元の建設業者が何社かコンソーシアムと呼ばれる企業連合を組んで工事を請け負っていた。発注元は大阪に本社がある開発業者であることまでは申請書にきちんと記録されていた。
ところが、大阪の開発業者に確認を取ったところ、関東の大手開発業者からの委託業務であることが分かり、関東の大手開発業者は更に別の開発業者から注文を受けて――という有り様で、なかなか大本の発注元に辿り着けないのだ。
そして、苦労して辿り着いた先は別荘の所有者として不釣り合いな、東京に籍のある個人企業だった。早速、会社と連絡を取ってみたが応答がなかった。
そこで捜査が行き詰まってしまった。
そこで、篠原に捜査結果を報告に行くと「調べが足りない」と怒鳴られ、追い返されたという訳だ。
屋敷の所有者が東京にいるとなると警視庁に捜査協力を仰ぐしかない。
「いずれにしろ、あれだけの屋敷をこしらえたのだ。億単位の資金が必要だったはずだ。大枚をはたいて屋敷を建設しておいて、連絡が取れないなんて妙だな」
阿佐部が言うと高橋は嬉しそうに答えた。「はい。何度、電話をかけても誰も出ません。屋敷を建設してみたものの、借金で首が回らなくなって夜逃げをしたんじゃないですかね」
黄鶴楼の所有者は巨費を投じて立派な別荘を建設しておいて、それを活用することなしに会社を畳んだことになる。やむを得ない事情があったのかもしれないが、黄鶴楼を所有して使用する気が無かったようにさえ見える。
「何か分かったら、俺たちにも教えてくれないか?」
一課のエース、阿佐部が興味を持ってくれて、俄然、やる気が出てようだ。「分かりました。何か分かれば、直ぐに阿佐部さんに伝えます。任せておいて下さい。草の葉を分けてでも屋敷の所有者を見つけ出します」
「草の根だよ。あらゆる手段を尽くして隅々まで探すことの喩だ」
「あはっ!すいません。葉っぱじゃなくて、根っこでしたか。うろ覚えで難しいことを言おうとすると痛い目に遭いますね」高橋が頭を掻いた時、「阿佐部、近藤!」と篠原の大声が一課に響き渡った。
早速、とばっちりが降りてきたようだ。
「高橋、お前のせいだからな」近藤は小声で文句を言ってから、二人は篠原のもとへ飛んで行った。
「こっちだ。内密の話がある」
篠原は二人を非常階段の踊り場に連れて行った。
「ここなら誰にも聞かれないだろう。言っておくことがある」
「何ですか?」
「小磯で見つかった遺体だ。二体目の方だ」
村田だ。最初に丸池跡地で水谷の遺体が見つかり、次に玄関跡から村田の遺体が見つかった。徹夜で作業を続けている鑑識部隊から、昨晩、厨房跡から日野の遺体が回収されたという連絡があった。だが、残りの内村亜由美と長谷川の遺体は見つかっていない。
内村亜由美の遺体は裏庭にあったはずだ。倒壊した塔の瓦礫の下敷きになっている。長谷川の遺体は二階部分にあったはずなので、倒れて来た塔と建屋の下敷きになり、瓦礫に埋もれてしまっている。
遺体発見までには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「村田の遺体がどうかしたのですか?」
近藤が聞くと篠原は驚くべきことを言った。「村田の遺体から採取したDNAが、あの鈴木雅哉のDNAと一致した」
「えっ⁉ どういうことです?」と近藤が聞くと、「どうもこうも、今、言った通りだ!」と篠原に怒鳴られてしまった。
「現在、警視庁から鈴木のDNAの検体を取り寄せて再確認中だ。間違いないとなれば正式に発表される。良いか。それまで、誰にも言うな。もし、村田が鈴木だったという噂が広まれば、お前たちが言いふらしたと考えるからな」
篠原にすごまれた。
鈴木雅哉はナリタ・エンタープライズと言う大手開発会社に勤務するエリート・サラリーマンだった。業務で英語が必要になり、マン・ツー・マンの英語の授業を通して、リサと知り合った。
リサは香港人、英語にマンダリン、広東語が堪能で、更に日本語を勉強する為に日本に留学していた。両親は香港で会計士をしていて、裕福な家庭であったようだが、少しでも自活しようと英語の家庭教師のアルバイトをしていた。
ある日突然、リサが失踪する。




