蟲毒④
「一旦、宇和島港まで戻りましょう」
「ここが半島の先っぽなら、どこか、道が通じているんじゃないか?」と近藤は言ったが、「そうですね。ですが、今は車がありません。歩いて帰る訳には行きませんので、船で宇和島港まで戻るしかありません」と阿佐部は答えた。
「そうだな」と言った後、「港から反対側の坂道を登ると、そこに学校だか公民館だかの建物があって、そこにお地蔵さんが鎮座していると柴崎は言っていた」と近藤が阿佐部に確認を求めた。
「そんなことを言っていましたね」
「それを見て帰ろう」と言う。
意外だった。近藤が地蔵に興味を示すとは思わなかった。
近藤が歩き始めたので阿佐部が後を追う。転がるようにしてテルが瓦礫の山から降りて来た。帰りは下り坂だ。自然と早足になる。
一旦、港まで出ると、そこから反対方向に坂道が続いていた。道は港を起点にV字型になっている。柴崎の証言通りだ。降りて来た坂道より急だが距離は短い。
「さて、もうひと踏ん張りしましょう」
坂道の往復に瓦礫の撤去。流石に疲れが出ていた。近藤は無言で坂道を登って行く。体力的に厳しいのかもしれない。一人、テルだけが悠々と坂を登って行く。途中で立ち止まって阿佐部たちを待つ余裕があった。
坂を登り切った。
狭いが広場があった。海側は金網で囲われ、山側は切り立った崖になっている。黄鶴楼と同じように山を切り崩し、土を盛って平地を造成したのだ。奥に鉄筋コンクリート造りの平屋の建物が見えた。
「近藤さん。地蔵はあそこみたいです」阿佐部が指さす。
広場の隅、崖際の雑草の茂った場所に、地蔵が並んで立っていた。
「ああ・・・はあ、はあ」近藤が荒い息を吐く。
広場の隅まで歩いて行った。
地蔵が見える。雑草に埋もれているものもあったが、数えてみると五体あった。
地蔵に歩み寄る。前掛けはしていない。
「この地蔵に前掛けが掛けられていたのですね。確か、いつつ・・・」
阿佐部が言うと、「不邪婬戒、不妄語戒、不偸盗戒、不飲酒戒、不殺生戒の五つだ。不邪婬戒は不道徳な性行為を戒めたもの、キリスト教でいう汝、姦淫することなかれだな。不妄語戒は嘘をつくことを戒めたもの、不偸盗戒は盗み、不飲酒戒は酒、そして不殺生戒は殺しだ」と近藤がすらすらと答えた。
「近藤さん、詳しいですね」
「ふん。俺の実家は寺だからな。寺の次男坊、坊主のせがれが警官をやっている。皮肉なものだ。前掛けに書かれていた言葉は五戒と言って、仏法において信者が守るべき五つの戒を表している」
「へぇ~」近藤の実家が寺だという話を初めて聞いた。仕事上の相棒というだけで、特段、親しい間柄ではない。
コンビを組んで二年近く経つが、近藤の家族構成すら知らなかった。年頃の娘さんがいるようだが、父親そっくりの容姿で嫁の貰い手がないという噂だった。小さな子供だと泣き出してしまいそうな強面の近藤にそっくりとなると、器量は押して知るべしだ。
近藤の居ない酒席で「娘さん、可愛そうに親父さんにそっくりなんだよ」と刑事仲間の酒の肴になることが多かった。常に居丈高な近藤に対する反発から来ているのだろうが、近藤が気の毒に思えた。
近藤は薄々そのことに気が付いているようだ。仲間内の飲み会に滅多に顔を出さない。阿佐部に対しても家族のことを話したがらなかった。だから、敢えて近藤に家族のことを尋ねたことがなかった。
阿佐部と組む前、近藤は教育係を兼ねて若い捜査官と組まされていた。ところが、足手まといだと相棒をほったらかしにして、単独行動に走ってばかりいた。
課長の篠原が匙を投げて、試に一課のエース、阿佐部と組ませてみた。以来、問題を起こすことなく、やっている。結局、腫物に触るかのように、そのままになっていた。
正直、やりにくい面があったが、「あれで、近藤はお前のことを買っているんだ。悪いけど、もう少し我慢して付き合ってやってくれ」と篠原から頭を下げられると断れなかった。
二年間、付かず離れずと言った距離感で近藤と接して来た。
阿佐部なら近藤に放っておかれても困ることが無い。一人で捜査を続けるだけだ。近藤は思っていることを直ぐに口にする。分かり易い人間だと言える。それに、一人で勝手に捜査をしていてくれるので手がかからない。
阿佐部はそう割り切っていた。
近藤が一人で勝手に動きたがるのは、手柄を独り占めにしたいからではない。単に人付き合いが苦手だからだ。二年間、付き合ってみて、そのことが分かってきた。それが理解できるようになると、阿佐部の話を聞いてくれるようになった。
要は刑事魂に溢れた子供っぽい人物、それが近藤なのだ。
「普通、地蔵と言えば六地蔵と言ってな。六つ、地蔵があるものなのだ。六道輪廻の思想から地蔵の数は六つが基本だ。だが、ここには五つしかない。五戒に合わせて五体なのかもしれない」平素、無口な近藤が饒舌に喋る。珍しい。
「もともと六体あったのを、ここを五主島に見せかけるために、地蔵をひとつ移動させて、五つにしたのかもしれませんよ。五主島に五つの地蔵。いかにもそれっぽくありませんか?」
「面白いな」近藤がにやりと笑う。
風雨に浸食されて表情がよく分からなくなった地蔵の頭を撫でながら「地蔵が五体で、死人も五人か。あ、いや、柴崎も死んだから六人になったか・・・」と近藤が呟いた。
黄鶴楼には六人の人間がいた。そして、死体は五体。普通なら六体ある地蔵が五体しかない。この符号は偶然なのだろうか?
「柴崎の証言では、最初に亡くなった内村亜由美は不邪婬戒でしたっけ? その前掛けをしていました」
「長谷川という家政婦が不偸盗戒、水谷というマネージャーが不妄語戒、日野が不飲酒戒、村田が不殺生戒だったな」近藤がそらんじた。記憶していたようだ。
「村田は人を殺して逃げて来たと柴崎に告げました。殺すなと戒めた不殺生戒と符号しています」
「なるほど。内村亜由美は美人局のような性的な犯罪を、長谷川は窃盗、水谷は詐欺などの犯罪、日野は酒だな。酒に関連する犯罪に関与していたことを暗示していていたって訳だな」
近藤は理解が早い。
「犯人は五人を殺害する計画を立て、五つの前掛けを準備した。ところが、一人、余計に来てしまった。柴崎です。彼は計画外だった。四人が殺され、残ったのは不殺生戒の前掛けです。村田は過去に人を殺したことがあると言った。彼の為に用意された前掛けだった」
「面白いな」と近藤が不謹慎な発言をする。




