第三十二話 第三〈特別〉試練
前回のあらすじ:
順調に登塔を重ね、ついに第三〈特別〉試練へ挑むことに!
オレ――賢者の学苑生で魔法の天才ヒイロは、固唾を呑んで〈ジニアスアバター〉の言葉を待っていた。
どうせ〈特別〉試練は今回も強制なんだろ?
だったら頼むから、クリアできないような課題は勘弁して欲しい。
祈るような気持ちで、ジニアスアバターをにらみつけていると――
『まずはこの試練に挑戦する三人を、決定してもらう』
ジニアスアバターはまたも試練の内容を言う前に、参加者を確定させるよう要求してきた。
しかも二人でも四人でもダメって言い出す。
「俺たちは四人だが、余る一人はどうなるんだ? 一階に送り返されるのか?」
ナナシがすぐさまジニアスアバターに確認をとった。
こいつのこういうところが本当に頼もしいし、オレたちはずっと助けられている。
『観戦は許可しよう』
「挑戦者たちと言葉のやりとりはできるのか?」
『それも許可しよう』
「いつもと同様というわけだな」
ジニアスアバターから確認をとれて、ナナシはまたすぐさまオレたちに提案してきた。
「俺が観戦に回るべきだと思う」
確かにな!
ナナシは魔法の修業を始めてまだ三か月経ってないし、〈レベル〉だけで言ったらオレたちの中で一番低い。
でもナナシはメチャクチャ頭のキレる奴で、今まで難問奇問をズバズバ解決してきた。
今回、ナナシが観戦に回っても、外からアドバイス可能ってんなら、ナナシの頭脳に変わらず期待できる。
むしろ観戦に回る方が、考えに集中できてイイくらいかもしんねえ。
「加えて、もし〈僧侶〉の魔法が必要な類の試練だったら、俺は完全に役に立てない。それが恐い」
〈グレイゴースト〉の時みたいな試練か!
確かにオレだって僧侶の魔法は苦手だけど、でも全く使えないってわけじゃねえからな。
「それとグラディウスはヒイロに預けておこう」
ナナシが〈魔神の壺〉をこすって、先にグラディウスを召喚しておく。
オレの命令を聞くようにナナシが言い含めると、巨体の〈ミスリルゴーレム〉が可愛い仕種でコクコクうなずいた(オモシレー!)。
四十七階の試練でナナシが実験した通り、〈ゴーレム〉は人数制限にカウントされないらしい。
今回もジニアスアバターがダメだって言ってこなかったし、ありがたく借りる。
もし前衛が必要な試練だった場合でも、これで安心感がダンチだ。
さすがナナシは石橋を叩いて渡る性格だな。
〈特別〉試練はギブアップできない。
だから始めたらもうやり直しはきかない。
なんでもかんでも勢いで決めがちなオレだって、これは慎重に決めなくちゃいけないことだってわかる。
そしてナナシが状況を整理してくれたおかげで、オレたちはよく話し合うことができた。
四人で納得して決めることができた。
「オレとモモとリンゴ姉で挑戦するぜ! グラディウスも連れてくぜ!」
『承知した』
ジニアスアバターがうなずいて、オレたちは試練の場に転送される。
でもいつもとは違う、特殊なシチュエーション。
オレもモモもリンゴ姉も、鋼鉄でできたゴッツイ椅子に、何本ものベルトで拘束された状態に、気づいたらなってたんだ。
「ンだこりゃ!?」
「ちょまっ」
「何が始まるんですこれー?」
オレたち三人はパニックになるけど、こんなんフツー誰だってなるだろ?
だからビビり散らしながら周りを窺う。
まーた殺風景な広間。
中央に鋼鉄でできた、冷たい印象の三角テーブルが置かれてる。
オレたちは椅子に縛り付けられたまま、そのテーブルを囲んでいる。
さらに不気味なのは、椅子の後ろにはそれぞれ「死神」「悪魔」「魔女」って感じの大きな鋼の像が突っ立ってるんだ。
オレの背後にいたのが「魔女」像で、モモの背後には「死神」像、リンゴ姉の背後には「悪魔」像って配置だ。
とにかくヤベエ予感しかしねえよ……。
そして、
『これより第三〈特別〉試練を開始する』
ジニアスアバターがエラソーな顔で言った。
オレが蒼褪めたまま聞いていると、ジニアスアバターは憎たらしいほど顔色を変えず、試練の内容を発表した。
『まずは多数決で、汝らの誰を生け贄に捧げるか決定せよ』
その言葉の意味が一瞬、オレには理解できなかった。
十秒くらい経っても理解できなかった。
「は……?」
ようやくジニアスアバターの言葉の脳の全てに行き渡っても、オレは困惑することしかできなかった。
モモとリンゴ姉もポカンとなっていた。
「どういうことだよ!?」
『選ばれた生け贄の首をねじ切り、魂を抽出し、〈経験値〉に変えて残り二人に配る。選ばれた生け贄の〈レベル〉次第では、残る二人の飛躍的向上が見込めるであろう』
「そういうことを聞いてんじゃねえよ! なんでンンンなもん選ばなきゃいけねえんだって言ってんだよ!」
『それがこの第三〈特別〉試練だからだ』
ジニアスアバターは融通というものが一切利かない口ぶりで言ってのけた。
「冗談じゃねえ! オレは選ばねえぞ!?」
『好きにせよ。それもまた一つの選択、一つの交渉術だ』
「今誰もそんな話はしてねえだろうが!? わかれよ!?」
『この試練に制限時間はない。心行くまで話し合うがよい。何時間でも。何日でも。何年でも』
「飲まず食わずで死ぬに決まってんだろ!?」
『ならば朽ち果てる前に、生け贄を選ぶことだ』
「うるせええええ! こんなクソ試練はやめだっ。今すぐ中止しろおおおおお!!」
オレは声の限りに叫んだ。
でもジニアスアバターは――
『三つの〈特別〉試練を突破できた者は、ただちに最終試練へ挑戦する資格アリと認めている。もはや一階一階、登塔する必要なく、労を省けるということだ。これほどの好機を、みすみす諦めるものではない。挑戦せよ』
――と前回、前々回同様に、オレたちのギブアップを認めなかった。
「うるせえええええ! そんなチャンスなんざこっちから願い下げなんだよおおおおおお!」
オレは絶叫し、ベルトに拘束されたままジタバタと暴れた。
でもジニアスアバターはそれっきりもう黙り込んでしまった。
オレが言葉の限りに抗議や罵倒をしても、一切反応しなくなった。
冗談じゃねえ……。
冗談じゃねえ……。
冗談じゃねえよ……!
オレの頭の中でそんな想いが渦巻いて、堂々巡りを続ける。
と――
「このままじゃ埒が明かないよね……」
リンゴ姉がぽつりと言った。
「なんか名案思いついたのか、リンゴ姉!?」
「……うん。わたしね、思ったんだけどね――」
リンゴ姉は見たこともないほど暗い顔に、思いつめた顔になって、ぽつり、ぽつりと語り出した。
「――確かにこれ、理不尽な、ひどい試練だと思うんだ。……けど……でも、塔が、大昔にジニアス様が……こんな試練を用意した意味も、わかるっていうか……。だって、わたしが犠牲になれば、それでモモちゃんとヒイロ君は、強くなれる……んでしょう?」
「ナニ言ってんだよリンゴ姉!?」
「そうよ! そんな理由で誰かを犠牲になんてしないわよ!」
オレもモモももう聞いてられなくって、リンゴ姉の話を途中で遮って抗議した。
だけどリンゴ姉も、オレたちの抗議を聞き入れてくれなくて……。
「〈特別〉試練はギブアップできないんだから、誰かを選ばなきゃいけないんだよ? 決められずに、みんなで飢え死にしちゃうとか、それが一番ダメなんだよ?」
「そんな理屈は聞きたくねえ!」
「ヒイロの言う通りよっ」
「もー二人とも本当しょーがいなんだからー」
リンゴ姉がいつもみたいな、手のかかる弟妹を前にした苦笑いを浮かべた。
それで説得の切り口を変えてきた。
「知ってる、ヒイロ君? モモちゃんてね、ヒイロ君のことが好きなんだよ。家族としてじゃなくて、男の子として」
「は!? えっ!?」
いきなりそんな暴露をされて、オレは素っ頓狂な声を出してしまった。
嘘だろ!? って思わずモモの顔をガン見してしまった。
「っっっ……」
そうしたらモモは、その顔をこれでもかと真っ赤にした。
しかもリンゴ姉の言うことを否定しなかった。
てっきりいつもみたいに、「ハァ? アタシがアンタなんかのこと好きなわけないでしょバアアアアアアカ」とかって罵ってくると思ったのによ。
それどころか、今オレと目を合わせたら、気持ちがバレるから合わせられない……みたいに、「あ」とか「えと」とか口を濁しながら、弱々しく目を逸らす。
「わかった、ヒイロ君?」
いきなりそんなこと言われても……どうすりゃいいのかわかんねえよ……。
「約束して欲しいんだー。モモちゃんを絶対に幸せにするって。ヒイロ君自身も幸せになるって。そうしたらお姉ちゃん、もう思い残すことなんてないからさ」
そう言ってリンゴ姉は、にっこりと微笑んだ。
こんなに綺麗で、こんなに哀しい笑顔、オレは見たことがなかった。
「あ、でもちゃんと〈賢者〉になるってそれも約束ね? しっかりカーマイナー教室を守って、先生の老後の面倒も見てあげてね? ナナシ君のことも、記憶が戻るまで助けてあげてね? あはっ、わたしって欲張りだね。ヒイロ君が約束してくれないと困ること、いっぱいありすぎ」
リンゴ姉は笑顔のまま、一筋の涙をポロリと流す。
内心、震えているのがこれでもかと伝わってくる。
当たり前だ。これから死ぬってなって、恐くない人間なんかいるわけねえ。
でもリンゴ姉は――底抜けに優しいリンゴ姉は、誰かが犠牲にならなきゃいけないなら自分がなると、震えながらも言ってくれてるんだ。
「ダメだイヤだリンゴ姉を死なせるなんて絶対できねえ!」
「ヒイロの言う通りよっ。それにリンゴ姉は嘘ついてるっ」
オレの視線から逃げていたモモが、顔を上げてリンゴ姉に噛みつく。
「ヒイロが好きってんなら、それはリンゴ姉も一緒でしょ!? なのにアタシらをくっつけて? 自分一人が犠牲になって?? 思い残すことなんてない??? そんなわけないでしょ嘘つきっ!」
「は!? えっ!?」
今度はモモの口からとんでもない暴露が出てきて、オレは素っ頓狂な声を出してしまった。
「あーあ、お墓まで持っていこうと思ってたのになー」
リンゴ姉はモモと違って、あっさり認めた。
「じゃあアタシなんかより、リンゴ姉の方がヒイロにお似合いジャン! リンゴ姉は美人で、性格もよくて、昔からアタシの十倍はモテて……ヒイロを幸せにできるのは、絶対リンゴ姉の方ジャン!」
「モモちゃん、あんまり卑下するのはよくないわよ? いつもの自信満々のモモちゃんの方が可愛いと、お姉ちゃん思うのー」
「リンゴ姉こそ自分を大事にしてよ!!」
モモはリンゴ姉が大事だからこそ噛みつき続け、リンゴ姉はモモが大事だからこそ笑顔で受け流す。
その間でオレは、ただただ呆然とさせられていた。
こんなヤバイ状況なのに……二人が隠していた気持ちを知って、頭がおかしくなりそうだった。
モモもリンゴ姉も、オレのことはよく知ってるだろ? ガキのころから知ってるだろ?
オレがバカでお調子者で、ダサくてイケてない奴だって、今さら隠しようがないくらい、二人は一番知ってるだろ?
なのに、こんなオレのことが好きだなんて……信じられねえ。
信じられねえくらいうれしいって、こんな状況じゃなきゃ噛みしめられたのに……。
「生け贄にはわたしを、伴侶にはモモちゃんを選んであげて、ヒイロ君?」
「アタシのことはいいからリンゴ姉を幸せにしてよ、ヒイロ!」
二人が左右から同時に訴えてくる。
生け贄は多数決で決めるとジニアスアバターが言った。
そしてモモとリンゴ姉はそれぞれ、自分を犠牲にすると決めて譲らない。
だったらオレが一票を入れた方が、本当に生け贄になってしまう。
最終決定権をゆだねられてしまう。
状況を察してなのか、モモの後ろの「死神」像とリンゴ姉の後ろの「悪魔」像がいきなり動き出した。
こいつらは〈スチールゴーレム〉だったらしい。
二人の椅子の背もたれ越しに、二人の首に手をかけ、わしづかみにする。
もうあとオレが選ぶだけだと。
選んだ方の息の根を止めると。
二体の像が、悪夢に見そうな邪笑を浮かべて、オレに迫ってくる。
「イヤだ! どっちも選べねえ!」
オレは腹の底から叫んだ。
心の底から叫んだ。
どうしてこんなことになってるんだ。
なんなんだよ、このクソ試練。
誰か助けてくれ……。
誰か助けてくれ……。
誰か助けてくれよ……!
オレの頭の中で嘆きが渦巻いて、堂々巡りを続ける。
「こんなクソ試練、ぶっ壊してくれよおおおおおおおおおお!!」
喉が枯れるほどオレは叫んだ。
その時だ。
「――だそうだぞ、グラディウス。ヒイロの〈命令〉だ」
ナナシの声が聞こえ、グラディウスが動いた。
大きな背もたれが邪魔して見えなかったけど、ずっとオレの後方で待機していたらしい。
跳躍したグラディウスが、ド派手な音を立てて鋼鉄のテーブルを踏みつぶした。
かと思えば、大斧を一閃!
オレたちの背後にいる三体の像の、胸部から上をまとめて斬り飛ばした。
グラディウスの斧は〈アダマンタイト〉製だ。〈スチールゴーレム〉くらい、バターを切るようにやっちまったんだ!
「ありがてえ、グラディウス!」
「え、これアリなワケっ?」
「どうなっちゃうんです……?」
さらにグラディウスは、オレたちを拘束するベルトを引きちぎってくれて、オレたちは椅子から解放される。
オレが礼を言う一方、モモとリンゴ姉は状況についていけなくて当惑する。
そしてやっぱり、ナナシはオレのちょうど後方にいた。観戦モードであることを示す、淡い光に包まれていた。椅子から立ち上がって確認できた。
『試練の続行不可能ゆえ、最初からやり直す。まずは挑戦する三人を決定してもらう』
ジニアスアバターが顔色一つ変えず言い出す。
「皆、答える必要はないぞ。“まずは”挑戦者を決定してもらう? “まずは”多数決で生け贄を一人選んでもらう? どうせその後はもう一人、生け贄を選べと言い出すんだろう?」
嫌味ったらしく言うナナシの言葉に、オレはギクリとさせられた。
「カーマイナー先生の言葉を思い出せ、皆。先生が家族同然にしていた教え子が、一人は〈賢者〉になったが二人は帰らぬ人になった。恐らくこの試練のせいだ。恐らく〈特別〉試練は内容が固定なんだ」
ゾッとする。
もしオレがモモかリンゴ姉を犠牲に選んでいたら、そのあと結局、オレかモモまで後を追う羽目になっていたのか……。
『まずは挑戦する三人を決定せよ』
ジニアスアバターが重ねて言った。
「放っておけ。ヒイロ、〈タウンゲート〉を頼む。王都に帰るぞ」
「え、それ可能なのか?」
「やるしかないからやるんだ」
これはナナシが正論で、オレはもう四の五の言わず呪文を唱える。
「おまえはケンキドゥと同じだよ、ジニアスアバター。したり顔でおためごかしを唱え、偉そうに俺たちに命令してくる。〈賢者〉に相応しいか資格を試す? いいご身分だな! その考え自体が悪意そのものだ。だからこんなクソ試練を平気で課せる」
どうやらナナシもよほど腹に据えかねていたらしい。押し殺した声でジニアスアバターに――いや、きっとこの叡智の塔を設計した初代〈賢者〉ジニアスに、嫌味をぶつけ続けた。
オレの〈タウンゲート〉も完成し、真っ黒な転移門が出現した。
ナナシを先頭にグラディウスが殿軍、オレたちは次々と飛び込んだ。
そして、王都の学生寮はオレとナナシの部屋に、飛び出した。
「本当に戻れた……」
オレとモモとリンゴ姉は、安堵のあまりその場で腰を抜かしたのだった。
◇◆◇◆◇
「ナナシも人が悪いぜ。〈タウンゲート〉で逃げれるかもしれねえって、いつ気づいてたんだよ?」
ようやく人心地ついたオレは、訊ねずにいられなかった。
もっと早く教えてくれよと、ちょっと皮肉っぽい口調になってしまった。
そのままオレとナナシの寮室のことである。
モモとリンゴ姉がオレのベッドをソファ代わりにしちまったので、オレはナナシのベッドに腰を下ろしている。そのナナシはグラディウスを〈魔神の壺〉に収納し、窓際の壁に背中を預けていた。
「ヒイロが〈タウンゲート〉を習得した時だな」
「メッチャ前じゃん!?」
「じゃあ第二〈特別〉試練の時に言い出しなさいよっ」
「ナナシ君は人が悪いって、わたしも同意しちゃうなあ」
オレたちは抗議せずにいられなかったが、ナナシは心外そうな顔で、
「第二〈特別〉試練の時に使えば、〈グレーターデーモン〉が俺たちを追いかけて、転移門をくぐる危険性があった。あんな魔物が王都に出現してみろ、大惨事だぞ?」
「「「うっ……」」」
これはナナシの言う通りで、オレたちはぐうの音も出ない。
てか、そうだな……。オレってナナシほど思慮深くねえからな。もし〈タウンゲート〉が試練の最中でも使えるかもって事前に教えられてたり、どっかで実験してたら、〈グレーターデーモン〉を見た時点でオレは考えなしに使って、それこそ王都が火の海になってた可能性ある。あるわ。
今回みたいに本当に使うべき状況が来るまで、黙ってたナナシの判断は正解だわ。
「じゃあ〈タウンゲート〉のことはいいにしてよ。誰か生け贄にしなきゃいけねえってなって、オレたちドチャクソ困ったし、悩んだんだぜ? グラディウス使えって、さっさとアドバイスしてくれりゃよかったじゃねえかよ!」
「俺だって口を挟もうとしたんだ! けれど……」
「けど、なんだよ?」
オレが訊ねると、いつもズバズバものを言うナナシが、珍しく気まずそうに目を逸らす。
「ヒイロたちの議論が、すぐに妙な方向に行ってしまっただろう? ……その、二人が実はヒイロのことを……」
「「「あー……」」」
「さすがの俺も、『ちょっと三人とも冷静になろう?』とは言い出しにくい空気だった……」
オレはモモとリンゴ姉にまさかの告白されたことを思い出して、気まずくって目を逸らした。
モモとリンゴ姉も今さら気恥ずかしくなったみたいで、目を逸らした。
四人が四人から気まずくて目を逸らすという、バカみたいな状態になった。
「ま、まあ俺だって、ヒイロならあんな選択、絶対にする奴じゃないって信じてたから見守ってたんだ」
ナナシがこの話はもう終わりにしようというサインで、咳払いをする。
「ケンキドゥが指定した日時まで、もうあまり時間がない。その……モモとリンゴには申し訳ないが一旦、『あのこと』は置いておいて、第三〈特別〉試練攻略の話をしよう」
「そ、そうよねっ」
「ナナシ君にさーんせい」
モモとリンゴ姉が「私たちだって同じ気持ちだから!」とばかりに慌ててうなずく。
ナナシの言う「あのこと」というのが、モモたちの告白だとかそれでオレがどうするのだとか、恋愛沙汰は一旦忘れようという提案だとわかる。
うん、今はカーマイナー教室を守るのが先決だからな。
………………逃げてるんじゃねえからな!?
「つーか塔に戻ったら、まーた第三〈特別〉試練やらされるかな? いっぺん逃げたんだし、『資格ナシ!』とか言われて、なかったことにならねえかな? 普通に五十三階の試練が始まったりしねえかな?」
「そうなったらありがたいが、最悪の想定はしておくべきだ」
「……だよな。どーすんべ」
「どんな手段を使ってもいいなら、攻略は簡単だ。本来はやり直し不能の試練を、やり直せる時点でもう勝ちだ」
「おお、というと!?」
「ケンキドゥに死刑囚を二人用意させて、連れていく」
……それはなんだかなー。
モモとリンゴ姉もビミョーな顔つきになり、ナナシも「だから手段を選ばなければ、だ」と苦笑いする。
「もう少しだけ手段を選べば、別の方法もある。ただヒイロたちばかりが危険な目に遭う方法だから、こちらも俺には心苦しい」
「き、聞くだけ聞こうか!」
「そ、そうよっ。アタシたちの辞書に『ビビる』って言葉はないんだからっ」
オレとモモは口を震わせながら強がった。
するとナナシは「では禁書保管庫に行ってくる」と言って出ていった。
オレたち三人は不安と戦いながら帰りを待った。
そして、
「〈魂を融合する魔法〉を使う」
帰ってきたナナシは、一冊の禁書をオレたちに提示した。
「なんぞこれ……?」
「複数人で協力して完成させる、儀式魔法だ。効果時間中、全員の魂を一人の肉体に取り込み、融合させる。ただし儀式に参加する全員が、強い愛情で結ばれていないと魔法が発動しない。一方、参加者の間に強い依存関係があった場合、効果時間が切れても融合したまま元に戻れないのが、禁書指定された所以だな」
付け加えると、〈僧侶〉か〈魔女〉の〈レベル〉もある程度高くないと習得できない特殊魔法だと、ナナシは言った。
「さっきの試練で、モモとリンゴが自分の命も惜しくないと言い出した時、この禁書のことを思い出したんだ。君たちほど深く清い愛情で結ばれた三人なら、きっと使いこなせる」
ナナシは一切茶化さずに、真剣な顔で言った。
ただしそうは言っても元に戻れないリスクはあるから、決めるのはオレたちだとも。
「やりましょう。わたしたち三人なら、きっと一つになれる」
オレたちの中で一番臆病なはずのリンゴ姉が、決意をみなぎらせた顔で一番に言い出した。
「それにアタシは天才なんだから、誰にも依存なんてしてないわよ!」
モモがデカい口を言った。
不安だぜ。だってこいつ、家事とか全部リンゴ姉に丸投げだからな?
それも依存関係って言わねえか?
――って、いつもならからかってるところだけど、今はそんな場合じゃねえわな。
モモの毅然とした顔を見ればわかる。さっきの台詞は決して強がりなんかじゃねえ。
今のモモは昔のモモとは違うんだ(大言壮語する悪癖こそ変わってねえけどな!)。
第二〈特別〉試練の時に一皮剥けたんだよ。
モモも、リンゴ姉も、もちろんオレもよ。
「どうせなら後味ワリィやり方より、最高に胸を張れるクリアをしてえよなあ? 試練を突破するって、本来はそういうことだよなあ? じゃあやるっきゃねえよ!」
これでビビるくらいなら、オレたちは登塔をやめて、カーマイナー教室の代わりに孤児院を開く計画でも立てた方がいい。
「残り日数を考えれば、習得にかけられるのはせいぜい三日だ」
「オッケー、ナナシ!」
「アタシたちならラクショーよっ」
「やりましょう」
オレたちは強くうなずき合った。
◇◆◇◆◇
そして四日後、オレたちはトウシタに舞い戻った。
「生還者の笑顔」亭で部屋を借りて、ナナシに見守られながら儀式魔法の呪文を唱える。
「オン・ヌエ・フラン・オン・レナ・レレイ――」
「ア・レレイ・フラノン・レン・オヌエ――」
「シオン・ウライ・レイ・イネーケル!」
心を合わせ、心をこめて合唱するように、三人で長大な呪文を完成させる。
魂の抜けたモモとリンゴ姉の肉体が、ドサッとベッドに横たわる。
二人のその魂は今、オレの中にいる。
(もう完全にマスターできたな)
(アッタリマエじゃない! アタシを誰だと思ってるワケ?)
(さあ、〈特別〉試練に再挑戦しましょう)
俺の心の中の言葉に、同じくモモとリンゴ姉が心の声で応えてくれる。
よっしゃ! 同調良好ってやつだ。
でもナナシには聞こえねえから、俺が肉声で「行こうぜ!」と呼びかける。
〈ソウルリンク〉は効果時間の長い魔法だけど、それでも足早に叡智の塔へ向かう。
一階広間の祭壇にある宝玉に触れると、いつもならジニアスアバターが現れて、『よくぞ参った、未来の〈賢者〉たちよ。塔の挑戦を再開するかね?』「頼むぜ!」みたいなやりとりをするんだけど、今回はやっぱり違った。
触れた瞬間に、オレたちはいきなり殺風景な広間に転送された。
多分、五十二階の試練の時に使った場所だ。
『これより第三〈特別〉試練をやり直す。まずは挑戦する三人を決定してもらう』
やっぱりジニアスアバターは、強制的に〈特別〉試練を再開した。
いきなりここに転送したのは、もう逃がさねえぞってことだろう(オレたちには〈タウンゲート〉があるけど!)。
まあ、想定通りだ。
オレはナナシとうなずき合うと、二人で宣言する。
「俺は観戦に回る」
「だからオレたち三人とこの〈ウッドゴーレム〉A、Bで挑戦するぜ!」
そう――ナナシの悪知恵で、オレたちは二体の〈ウッドゴーレム〉を学苑でもらってきた。
オレの左右にいるその二体の肩に手を置いて、オレは宣言したんだ。
『承知した』
ジニアスアバターがうなずいて、オレたちは試練の場に転送される。
三角形のテーブルの三方に椅子が三脚。椅子の後方にはそれぞれ「死神」「魔女」「悪魔」の像。
そんでオレは「死神」像前に椅子に、〈ウッドゴーレム〉Aが「魔女」像前の椅子に、Bが「悪魔」像前の椅子に、縛り付けられた格好でスタート。
(ジニアスアバターがオレたちをちゃんと三人って認めたな!)
(これで塔がアタシらの肉体を見てるのか魂を見てるのか、はっきりしたわねっ)
(しかも数合わせでゴーレムが着席させられてるし、全部ナナシ君の読み通りねー)
そのナナシは今度はオレから見える位置にいて、淡い光に包まれた観戦モードで、「そのままやり通せ」とばかりの頼もしい顔で、うなずいてみせた。
『これより第三〈特別〉試練を始める。まずは多数決で、汝らの誰を生け贄に捧げるか決定せよ』
「あの『魔女』像前の〈ウッドゴーレム〉を生け贄に捧げる」
(アタシも賛成)
(わたしもそれで)
『よかろう、生け贄は決定された』
ジニアスアバターには、モモとリンゴ姉の心の声が聞こえるのだろう。
オレたちの決定を聞き届けると、『魔女』像が動き出し、前に座っている〈ウッドゴーレム〉Aの首をねじ切った(ゴメンな!)。
〈ゴーレム〉にも人工の魂があるって学苑で習ったけど、どうも本当みたいで――それが今、〈経験値〉に変換されたんだろう――オレの胸の中に、なんか熱みたいなもんが流れ込んできた。
でも所詮は最弱の〈ウッドゴーレム〉だから、今のオレの〈レベル〉が上がるってほどの代物じゃなかった。
『だが、まだ試練は終わっておらぬ。残る二人のうち、どちらを生け贄にするか決定せよ』
「あの『悪魔』像の前の〈ウッドゴーレム〉を生け贄に捧げる」
(アタシも賛成)
(わたしもそれで)
『よかろう、生け贄は決定された』
……これもナナシの予測通り、最後の一人まで生け贄を選ぶ試練だったな。
前に〈賢者〉になったっていうカーマイナー先生の教え子は、苦渋の決断で犠牲を一人選んだ後、さらにもう一人犠牲にしろって言われて、さぞやジニアスアバターを呪ったことだろうぜ。
本当にムナクソ悪い試練だよ。
最高に胸を張ってクリアしたろうぜって思ってたのに、いざその時を迎えたら正反対の気分になっちまったよ。
「悪魔」像が〈ウッドゴーレム〉Bの首をねじ切る様を見ながら、オレは不機嫌ヅラになるのを抑えられなかった。
ナナシの悪知恵で誰も犠牲にせずに済んだけど、達成感なんかあるわけねえ。
モモとリンゴ姉もちっとも喜んでいなかった。喜べるわけがなかった。
一方、ジニアスアバターはオレたちの気も知らず、いつも通りの厳めしい顔で言う。
『これにて選りすぐられた三人の中から、さらに選りすぐられた一人が生まれた。汝には最終試練に挑戦する資格があるが、どうする?』
いつもと違った声のトーンで、高らかに宣告する――
次回もお楽しみに!




