第34話 ワタシは・・・ワタシはあなたが好きだ
もう会いにはこないで欲しい・・・
田舎町の片隅にある小さな喫茶店で、向かい合う母にそう告げられたのは14歳の夏であった。
ドイツの夏は日本の同じ時期に比べると湿度も低く、気温も夏日を超えることはほぼないので過ごしやすい気候ではある
その日もクローディアは夏服とは言っても長袖のシャツに腕を通し、身形の整った軍服で訪れていた。
軍の養成施設で訓練を受けるようになってから7年経っていた。
物心つく前に連れられてきたクローディアは、初等部に上がる前には一般教養だけを詰め込まれる日々を過ごす。
そして6つになる頃に基礎トレーニングが始まり徐々に徐々に、ワルキューレとなる為の過酷な訓練をこなすようになっていた。
その日こうして十数年振りに初めて母との再会を許されたのも、グングニールのワルキューレに選ばれた祝いとして初めて自由な外出が許された為であった。
それまでは年に数回手紙のやり取りが許されていただけであったが、ようやく母に会うことができる、そのことに胸を躍らせて、そして自分はワルキューレに選ばれたのだと胸を張って報告できることがなによりも嬉しかった。
喜んでくれると思ったのだ、我が娘に会えることを、その娘が栄誉ある軍の戦女神に選ばれたことを、一緒に喜んでくれると思っていたのだ
しかし現実は違った。
母の顔に笑顔はなかった。
酷くやつれて精気のかけらもない、まるで生きながらに死んでいるよう、常に何かに怯える様にビクビクとしてソワソワと落ち着きのない、そんな風に思えた。
自分が連れて行かれた翌年に生まれたという妹の姿もそこにはなかった。
クローディアは問い詰めた、実の母を、自分を軍に売った親を叱責し詰問する
どうして褒めてくれないのだ、おまえの娘のクローディアはこうして立派な軍人となりワルキューレとなり戻ってきたのに、なぜもう会いに来るななどと言うのか
怒り捲し立てるクローディアに母は怯え、ただ「すみません」と言うだけであった。
テーブルに顔を伏せ、まるで命乞いでもするかのように謝罪の言葉を続ける母の姿にクローディアは絶望した。
この女はもう・・・自分の母親などではないのだ、いや、自分はもうこの女の娘ではないのだ、ワタシは捨てられたのだ、この人にとって自分は最早なかったことなのだ
自らが愛情を注いで育てたわけでもない子供から毎年のように届く手紙の内容は、今日はこのような格闘術を教わった人は素手で人を殺すことができる、今日はこのような銃火器の使い方を教わった銃は人間が発明した最高の殺人兵器である、ナイフの場合どうすれば効率よく人を殺すことができるのか、どのようにすれば効率よく集団戦闘に勝利することができるのか、仲の良い友人達は皆敵であると、いずれは勝たなくてはならない敵になる友人ができた等
そんな内容の手紙が届く度に、クローディアの母はまるで得体の知れない化け物が自分の娘を装っているのだと、そう思うようになっていたのだ
恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい・・・・
娘を化け物にしてしまったと良心の呵責に苛まれ精神を病んだクローディアの母は、娘は死んだのだと思うようになる、こんなことになってしまったのは夫の所為であると責めるようになり、いつしか酒に溺れるようになると愛想を尽かした夫は家を空けることが多くなった。
妹も家に帰ってくることはほとんどない、不良仲間達とどこぞでよろしくやっているらしい
それは後に父から送られてきた手紙の内容で知ったことであった。
そしてそこには母が亡くなったとだけ添えられていた。
クローディアはそっと目を開けるが目の前は真っ暗闇で何も見えない、目を開けていないのではないかと錯覚してしまうほどだ
右も左も上も下もわからない、立っているのか横になっているのかすらあやふやになってくる
廃墟の中や森の中で感じる暗さは、ただ暗いだけであってぼんやりと明かるさも感じる、いずれ闇に慣れてくると周りも見えてくるようになる
宵闇というものは明かりのない世界ではないのだ
しかし今いるこの場所は本当の闇が支配する世界、光のない世界であった。
まるでワタシの世界と一緒だ・・・光のない・・・希望のない真っ暗な世界
「ふふっ・・・これでは思春期丸出しのティーンエイジャーそのものだな」
そう言いながら自嘲気味に笑う
そうしているとなぜだか無性に可笑しくなり笑いが込み上げてきた。
声を出して笑う、お腹が痛い苦しい涙がでてきた、そして一頻り笑うと黙り込む
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、真っ黒な静寂だけが存在している空間に独りポツンと、自分の存在だけがただポツンとあることが恐ろしくなってくる
自分という存在・・・自分が何者なのか・・・ゲイレルル、ワルキューレ、ドイツ陸軍少尉、クローディア・アンネマリー・ディートリッヒ・・・
ただのクローディア
悠紗は自分のことをそう言っていた。
ただのクローディア・アンネマリー・ディートリッヒであると・・・でも今ここに悠紗はいない
悠紗だけではない、ロンメルもルーデルもエルンストもヘイヘもツェツィーリアも他の仲間達もいない、弥命も芳乃もクラスの皆もいない
母も父も妹も・・・・
ここにはなにもないワタシだけが独りポツンと存在する世界
誰も自分をクローディアと認識してくれる者のいない世界
ひとりぼっち・・・世界でひとりぼっち・・・
「い・・・やだ・・・ひとりは・・・いやだ・・・」
クローディアは小さな声で言うと、絞り出すような叫び声で言う
「どうして・・・どうしてみんないなくなってしまうの?どうしてみんなワタシを置いていなくなってしまうのっ!!いやだ、ワタシをひとりにしないでっ!助けてっ!!誰かワタシを呼んでっ!!クローディアと呼んでええええええええっ!!!」
闇の中で独り、このまま大きな闇に飲み込まれてしまうのではないか?そのまま自分は何者でもない真っ黒な存在になってしまうのではないかと恐ろしくなった。
誰か助けて、こんなところでひとりで、何者でもなくなってしまうのなんて嫌だ・・・助けて・・・タケト・・・・
泣き叫ぶクローディアであったが、そっと後ろから優しく抱きしめられる
「クローディア・・・大丈夫だクローディア、おまえは一人なんかじゃない」
「タ・・・ケト」
クローディアは健登の温もりを感じて安堵する、心から安心した。
暖かい手の温もりを感じて、大きな鼓動を感じて、そこに健登が居ることが居てくれることがなによりも嬉しかった。
「タケト・・・」
「ああ・・・」
「本当はワルキューレになんてなりたくなかった」
「うん・・・」
「普通でよかったんだ、ママとパパと妹と皆で普通に暮らして普通に笑って、そんな暖かい・・・家庭が・・・家族が居てくれればそれだけでよかったのに・・・ワタシは・・・ワタシは」
健登はめいっぱいにクローディアを抱きしめて言う
「そうだな・・・これからは俺がいるから、俺達が傍にいるから、絶対におまえをひとりぼっちになんてさせはしない、普通に学校に行って普通に皆で一緒に遊んで笑って、そんな毎日が送れたらいいよなぁクローディア」
「タケト・・・タケトタケトぉ・・・うぅ・・ぁぁぁぁ・・・うぁぁん・・うぁぁあん」
ボロボロと溢れる涙、子供のように泣きじゃくり、声をあげながら涙を流し、後ろから抱きしめる健登の腕にしがみ付いた。
クローディアが泣きやむまで健登は優しく、それでいて力強く、決して離れない離さないようにと抱きしめるのであった。
「ありがとうタケト、ワタシ一人だったらきっとこの闇に飲まれて心が折れていただろう」
「それは俺も一緒さ、こうやってクローディアを感じていられるから安心していられる」
お互いの体温を呼吸を、そして鼓動を感じる、なにもないと思っていた世界にこうして健登の温もりを感じていられるだけで、こうも落ち着いた気持ちになれる
クローディアは健登に対する自分の気持ちを理解した。
「タケト・・・ワタシは・・・ワタシはあなたが好きだ」
なんということを言ってしまったのか、こんな時にこの場面でいきなり告白をしてしまった。
きっと明るい所で自分の顔を見たら茹蛸のように真っ赤になっているに違いない、クローディアは自分の顔が火照り、恥ずかしさのあまり体中に汗をじっとりかいていることを感じる
「ああ、俺もおまえのことが好きだぜ」
「え?」
そんな簡単に良いのですか?弥命や芳乃や悠紗を差し置いて、健登はこのワタシを選んでくれるのですか?もしや金髪好きだったりしたのかな?やった!
「悠紗も芳乃も姫宮も、水谷さんや白様、クラスの皆、俺は俺の知ってる皆のことが大好きだ!」
ちょっと違う、そう言う好きじゃない
クローディアはそこでようやく理解する、健登がこういったことにはどうしようもなく鈍感であり天然であることに、そして弥命や芳乃や悠紗がいつもそれにヤキモキしていることに
「あぁ~、そうですかぁぁ・・・Unempfindlicher Mann」
「ん?なんて?」
力なく呟くクローディアに大真面目に天然ボケをかます健登、今の自分達の状況を理解しているのだろうか、なんだかどうしようもないけれどまあ仕方ないね




