第29話 お婿様候補も見つかったことですし、ここらで独り立ちさせようってことですか
相手が数で押してくるのであれば、こう開けた場所は囲まれてしまうので不利である
であれば木々が乱立する森の中へ入り追撃してくる敵がまばらになったところを各個撃破、地道に数を削っていくしかないと二人は考えた。
思惑通り追ってくる狼達はバラバラになり、追い縋る足にも個体差がでるので一度に何匹も相手にする必要はなくなった。
先に森に入った水谷が振り返り弥命の後方から迫る狼に銃弾を浴びせる、弥命が追い越して数秒すると自分も振り返り同じ方向へと駆け出す。
間もなくして今度は弥命が振り返ると呪符を水谷の後方へと飛ばし爆炎の術で狼達を蹴散らした。
「繰り引き」と呼ばれる撤退戦術であるそれを何度か繰り返すのだが、ハティとてそのまま狼達を全滅させるほど馬鹿ではない、黒狼達に左右から回り込む様に指示を出すと自分は真っ直ぐ二人を追う
このままではまずい、流石は獣である自然の中を駈ける能力に長けている、囲まれることはなくなったが森の中に入った分気配を消して身を潜めることも可能になったということ、回り込まれてアンブッシュを喰らう可能性もでてくる
結局はその場しのぎの戦法であり次第にジリ貧になる
弥命は考える、なんとかして一網打尽にする手立てはないものか、先程のような術ではハティの闇の咢に喰われてしまう、もっと巨大な術式を展開することができればそれも可能であるがそんな時間も余裕もない、そもそもこの広大な森全体を飲み込む程の結界術式を張るなどと・・・
いや、できる・・・あれを利用すれば、しかし自分にそれができるだろうか?
理論上はおそらく可能であるがかなり分の悪い賭け、博打も博打の大博打である
弥命は逡巡する
だがやるしかない、思いついてしまったのだから、そしてそれ以外この窮地を切り抜ける方法を思いつかないのだから
弥命は賭けに出ることを選択する
「水谷さんっ!やってみたいことがありますっ!!」
「なんですか姫様っ!?」
「言えませんが敵を一網打尽にできるかもしれませんっ!!」
弥命がそう言うのであればそれを信じるしかないのが水谷と言うメイドの性分である
いやこれは使命なのだ、姫巫女様がそうしろと言うのであれば疑問を挟む余地などない、ウダウダ言わずに命を張るのが水谷の役目なのだ
「わかりました姫様っ!不肖水谷ここで命を賭けましょうっ!!」
その場で立ち止まり振り返ると、両手にハンドガンを持ち構える
弥命はその後方、大きな木を背にその場にしゃがみ込むと持っていたすべての呪符を地面にばら撒いた。
剣を地面に突き立て人差し指の先を切ると、滲んだ血で地面の呪符の上に何かを書き始める
少し書いては手を止めてぶつぶつと言いながら何かを考え、また何かを書くとぶつぶつと考え込む、そうしている間に狼達が追いつき水谷がそれを迎え撃つのだが、弥命はそれには目もくれず必死に何かを考え込んでいる、と言うより心ここに在らずというのもおかしな話だがボーっとしているような、なにか意識を別の場所奥深くに沈めるような、そんな虚ろな目をし始めるのであった。
鷺宮は屋内まで響いてくる爆発音と銃声が響く度にビクっと身を縮める、それを見ていた白が呆れ顔で言った。
「おまえも一応は軍属であろう、たかだかあの程度でなにをそんなにビクビクしておるのじゃ情けない」
「そうですけども私はデスクワークが基本ですからぁ、軍人と言っても政治がメインなんですよぉ」
手を合わせながら神に祈るように言う鷺宮、目の前に居るのは神でも仏でもない大妖怪であるのだがまあこの際何でもいいのであろう
「それにしてもドッカンドッカンと派手にやっていますけれど、あれって結界の中なんですよね?」
鷺宮は念の為に白に確認しておく、つい数時間前に近くで爆発騒ぎと銃声まで聞こえたと言う通報が警察に行っているのだ
それが今度は十数キロ程度隣の山中でもなんてことになったら、警察どころかマスコミも放ってはおかないだろう
ところが鷺宮の質問に白は無言のままなにも答えない、明後日の方向を向いて口笛を吹いている
「白様・・・・」
「あー、あれはなんじゃ・・・・フェンリル以外は結界の外で戦っておる」
白の言葉に鷺宮は青褪める、血相を変えて廊下に出ると携帯電話を取り出して関係各所に問い合わせ始めた。
警察や消防への対応、報道管制や行政各所への対応に追われる
とにかくこのことは世間に知られるわけにはいかない、要するに圧力をかけて揉み消す算段をしているのだが、ここのところ短期間の内に何度も健登と弥命が大暴れしている所為でその対応に追われる日々であったりするのだ
白はそれを「まったく人間とは難儀なものじゃ」なんて他人事の様に言っているのだが、険しい顔つきになると黙り込んだ
弥命の奴め、わしの仕掛けた術式に潜り込んでなにをするつもりじゃ?
「まあいい、もう少し静観してやろう」
そうこうしていると鷺宮が、がっくりと肩を落としながら戻ってきて大きな溜息を吐く
「はぁぁぁ、こうも短期間に立て続けにやられると大変です。揉み消しにも限度がありますよぉ、特に警察庁は我々からの圧力を快くは思っていませんからね・・・・」
これは大人の事情である、防衛省は国を守ってろ市民生活は俺達が守るから口出しすんなってのが警察組織の言い分だ
庁から省になったからって偉そうにすんなよって思っているかどうかは知らないが、所轄同士の縄張り争いですら七面倒である組織に、外部から圧力をかけて隠蔽工作を図ろうってんだからそれはもう大変なことである
鷺宮は眉をへの字に歪めながら白に抗議した。
「どうして手を貸して差し上げないのですか?白様がお出になられれば済む話では・・・」
「ほほぉ、わしに働けと言うのかきさまは?随分と偉くなったものじゃのう鷺宮」
「そういうわけではないですけどぉ」
白は意地悪な笑みを浮かべて鷺宮に言う、そんなやりとりにはもう慣れっこなのでそこそこに慌てて見せてご機嫌をとる鷺宮であったが、白は懐から鉄扇を取り出すと煽ぎながら言う
「弥命ももう今年で齢十七になる、ゆくゆくは子を成し神器を授けなければならんことを考える年頃じゃ」
「いやいや、大昔ならいざ知らず、現代の価値観だとまだ早いんじゃないですかね?」
そんな鷺宮の突っ込みも無視して続ける
「それをいつまでもわしや水谷におんぶに抱っこでは示しがつかぬであろう」
「あーなるほど、まあ確かにそうですね、お婿様候補も見つかったことですし、ここらで独り立ちさせようってことですか」
「婿候補?誰じゃそれは」
鷺宮の言葉に白は片眉をピクリと動かして反応する
「誰って?そりゃあ、かみは」
「誰があんな小僧を婿に取ると言ったああああああああっ!!」
言い終わる前に白は怒声をあげると、持っていた鉄扇を綴じ鷺宮に向かって投げつけるのだが、それをヒョイと躱してにやにやしながら鷺宮は言う
「白様もいい加減子離れなされたらいかがですか?」
「きぃぃぃいいいいいいいいいいいっ!!」
悔し紛れの奇声を発しながらパジャマの尻尾を噛む白であった。
正直しんどい、水谷はそう思いながらも飛び掛かってくる狼達に銃弾を浴びせナイフで斬りつける
右手に持っていたハンドガンの弾が切れると、それを地面に投げつけて左手のナイフを持ち替える
何度か撃ち漏らした狼に腕や足を噛みつかれはしたものの、まだ致命的なダメージは受けていない、この手足が動く限り、いやこの心臓が、鼓動が鳴り続ける限り水谷は弥命を守る為に戦い続けなければならない
どうしてそうまでして戦わなければならないのか、それは水谷と紅葉だけが知るところであるが、弥命の為に命を落としたとしてもそれは本望であり、実の娘である紅葉も母がそうすることを誇りに思い許すであろう
水谷と言う名の重さを、姫巫女様を命に代えて御守りすると言うことの重さを感じざるを得ない
そんな水谷を見ながらハティは、人間のそんな愚かな行動を意味がわからず気持ちが悪かった。
「うげぇ、おまえらなんなんだよ?他人を守る為に自分がボロボロになって死んじゃうって、そんな自分に酔っている奴らばかり、そこのお姫様なんてそのことになんの反応も示さない、なんなのそれ?おまえら気持ちわるぅぅ」
「そんなこともわからないとは、おまえは獣以下だな」
水谷はハティの挑発に挑発で返す。
「はぁ?だったらおまえは獣以下の以下っ!ごみ屑だろ人間っ!!」
そう言いながらハティは両手を合わせ前に突きだす。
闇の咢がくる、あれを出させるわけにはいかない、弥命は今も半分意識がない状態でなにか術を完成させようとしている、ここで自分が引いたら終わりだ
水谷はハティに技を出させまいと突っ込むのだが、狼達が弥命に襲い掛かろうとする
ハティは合わせた手を戻し技を出そうとはしない
しまった!
判断力が鈍っている、だいぶ疲弊しているのかあんな単純な誘いに乗ってしまうなんて、水谷はハティへと向けた足を止め弥命を守る為に踵を返すのだが背を向けた瞬間背中に激痛が走る
ハティの爪が喰い込み肉を抉る、悲鳴をあげながらも弥命の元に駆け寄り狼達を蹴散らす。
そして弥命を抱きすくめると、我が身を挺して獣達の牙から守る
姫様のお命はこの身に代えても御守りする、なにがあっても例えどんなことがあっても絶対にっ!!
スカートの中から投げナイフを取り出すとそれを投げつけるのだが、最早狙いは定まらない、水谷は最後の力を振り絞り立ち上がろうとすると
「お待たせしました水谷さん、いつも・・・・ごめんなさい」
胸の中の弥命が辛そうに呟くと唇を噛む、水谷はそれを我が子に向ける母のような優しい笑顔で応える
「いいえ姫様、御無事でなによりです。」
そう言うと水谷の身体から力が一気に抜ける、それを抱き留め支えると弥命は叫んだ
「わたし達の勝ちです魔狼の子よっ!闇へ還りなさいっ!!」
そして短く気合いを吐いた瞬間、闇を祓う、魔を祓う術式が展開された。
辺り一面から生み出される聖なる光の力
なにが起きているのかハティには理解できなかった。
術が展開されたのだがどういうことだ?どこから発生しているのだこの力は?魔力は?どこまで発生しているのだこれは?まるでわからない
わからないのだが確実にその身に受けている苦痛と、次々と消滅していく黒狼達、自らの闇の魔力により生み出した子供たちが次々と消えて行く
「く・・・っそおおお!!何をしたああっ!!」
ハティは手を組み闇の咢を使おうとするが身体に力が入らない、先程の物とは比べ物にならない威力の術であった。
いや、たとえ咢を生み出せたとしてもこの聖なる光を全て飲み込む程の巨大なものは作り出せない
まるで規模がわからないのだ、魔法陣の展開すら見えない、どうやったのかはわからないがこれはこの森全体を覆うほどの大きさである
「ちきしょう・・・ちっきっしょおおおおおおおっ!!どうやったんだ姫巫女おおおおっ!」
断末魔を上げながら光に包まれていくハティを見つめ弥命は冷たく言い放つ
「説明してさしあげてもいいのですが少し長くなるので、あたなにはもう間に合いませんね」




