第20話 待ってたよっ!パパっ!!
「そして、あたし達が一緒に愚かな人間どもを支配してあげるよ」
その声の主はゆっくりと歩みだす、真っ赤な鬣を炎のように揺らし同じく真っ赤な瞳、笑う口元には鋭い犬歯が覗いた。
そしてその傍らには炎とは対照的な蒼、水のように流れる蒼髪に泉のように透き通った蒼の瞳
健登はその二人の姿に絶句してしまう、まるで幽霊でも見たかのような表情で驚き固まっている
なんでだよ?どうしてあの二人がそいつらと一緒にいるんだ?だって、命を狙われているって、手を突いて頭を下げてまで助けてくれって・・・
「なんでおまえらがここにいるんだよっ!?ハティっ!!スコルっ!!!」
目の前に現れた少女と青年の名を呼ぶ健登
ハティはツェツィーリアの横に並ぶと牙を剥き出しにし悪びれもせず言い放つ
「こいつらと手を組んだからさ、こいつらはドイツ軍内部での地位の確約と、あたしらは自由を、お前らからグングニールを奪うと言う同じ目的の下で利害が一致したのさ」
騙されていたことに怒り嘆き悲しみ悔しがる、それらの感情が綯交ぜになるかのようなそんな表情でハティを見つめる健登
それを見ていたハティが健登を指さしながら、待っていましたとばかりに笑いながら言う
「それだよっ!その表情が見たくてあんな小芝居まで打ったんだ!騙されたと分かった時のおまえらの悔しがる様をさあっ!おまえが一番同情していたもんなぁ、あたしらの安い作り話に」
作り話・・・健登は信じられなかった。
あの時ハティが見せた苦渋に満ちた表情が嘘だったなんて、謂れのない咎を背負わされ、故郷を追われ命を狙われ過ごした日々、その怒り憎しみ悲しみ、あれが全て芝居だったのか?
スコルだってそうだ、淡々と冷静に話しながらも、その静かな蒼の佇む眼の奥には怒りの炎が燻っていた。
「嘘だろ・・・おまえらあんなに悔しがってたじゃないか?悲しんでたじゃないか?どうして・・・」
「嘘だよ、ぜ・ん・ぶ・う・そ オスカー女優並みの名演技だっただろう?それにしてもざんね~ん、そっちの二人はそれほど驚いてはいないみたい、まじウザぁ」
言われた弥命と悠紗は、そういう事態も想定していたと言わんばかりの表情でハティを睨んでいる、しかしそれでも、まさかクローディアとは別の部隊が動いておりそちらと内通していたという展開にはやはり驚いた。
「多少は驚いていますよ、まあでも想定の範囲内ではありました。ただわからないのは、どうして人間と手を組んでまでこんな面倒なことをしたのか?それだけが気になります。」
弥命はハティを睨みつけながらも時折不敵な笑みを見せながら言う、どれだけの効果があるかはわからないが、まだこちらにも余裕があると見せたいからだ
問いに答えたのはスコルの方であった。
「まあなぜかと言われれば、あなた方とゲイレルルが相討ちになってくれるのを狙っていたと言うのもありますが、我々が人間と通じていることを悟られない為に、と言うのが一番の理由でしょうかね」
さもありなんと言うような理由であるが、弥命は取ってつけたような答えに違和感を感じる、まだなにか裏がある、そう勘ぐるのだが・・・
「馬鹿を言えっ!そんなふざけた理由できさまらが人間と手を組むわけがなかろうっ!!いや、元々組む気など更々ないのであろう?」
悠紗が魔狼の子達の心の奥底を見透かすかのような目で笑うと、スコルが今までの好青年のような爽やかな表情から一変、邪悪に満ちた笑顔で言う
「やはりおまえにはわかるかメドゥーサぁ」
その瞬間その場にいた全員が感じたであろう圧倒的悪意、これは悪意に満ちた殺気、心の弱い物であればそれを浴びただけで発狂してしまうのではないかと思うほどの邪気であった。
「くるぞっ!全員備えろっ!!」
悠紗が叫ぶと天井の照明が破裂音を上げて次々と割れる、降り注ぐ硝子片に皆が気を取られていると響く悲鳴
どこから現れたのか獣の群れが一斉に溢れだし襲い掛かる、悲鳴は次々と連鎖して行き阿鼻叫喚の渦へと変わった。
獣達は飛び掛かりその鋭い牙を兵士達の身体へと容赦なく喰い込ませる、皮膚を破り、肉を裂き骨を砕く、片腕を喰いちぎられた兵士が悲鳴を上げながら逃げ惑い、足を失った兵士は命乞いをしながら地を這う、腹を裂かれて臓物を垂らしながらフラフラと歩いている兵士は目も虚ろ、飛び出した腸を腹の中に戻そうとするが何度やっても飛び出してしまう、その内にその場に倒れると獣達が群がり、悲鳴を上げながらその身を貪り喰われるのであった。
健登は目の前で起こる光景が信じられなかった。
人が死ぬ、人の命が簡単に消えて行く、無残にも惨たらしく死んでいく兵士たちの姿に震え、目には涙が溜まる
初めて直面する人の死と言うものに、胃液が逆流するような吐き気を必死に堪える
同じ光景を見つめながら、一体なにが起きているのか?ツェツィーリアは訳が分からず狼狽しながら叫ぶ
「な、なにをしている?なにが起きたのだ?これは、こんなことは予定にはないぞ、いったいどういうことだあああっ!!」
騙されていたのはクローディア達だけではなかった。
ツェツィーリアを含む諜報部の人間たちも皆、この魔狼達に踊らされていたのだ、「まぬけはあなたも一緒」とハティに言われる始末である
今ここに別々に行動していたドイツ軍の部隊が一同に会している、この状況を作り上げる為に魔狼達の仕組んだ狡猾な罠、すべては自分たちの敵を、人間を一網打尽にする為の策略であった。
そしてこの場には日本の戦巫女までもがいる、狼達にとってはまたとないチャンスであった。
突然の襲撃に統率の取れていない兵士達など取るに足らない敵、狼とは群れを成し狩りをする動物、生き物を群れで殺すプロである、それは人間の軍隊となんら変わらない
武器を持っているとはいえ、意思疎通のままならぬまま個々人で逃げ惑う人間の群れと、統率された一糸乱れぬ動きを取る獣達の群れとでは、獣達の方が圧倒的であった。
しかしこの状況を好機と言わんばかりに、混乱に乗じてロンメル大佐は隊員に指示を出す。
「全員動けるな?ゲイレルルを守りつつこの場を離脱するぞ、魔狼の子達には構うなっ!今はクローディアを守れっ!!」
『ヤヴォールっ!!』
隊員達は待ってましたとばかりに声を上げて行動に移る
ルーデルは銃を突きつけていた男を投げ飛ばすと鳩尾に拳をめり込ませる、そのまま相手の銃を奪うとそれをエルンストに投げて渡した。
受け取るとエルンストは迷うことなくトリガーを引く、他の隊員達も同様に獣たちに喰われ持ち主の居なくなった銃を拾いあげると銃弾を獣たちに浴びせて行った。
ロンメルは弥命の元へ駆け寄ると一瞬躊躇するも、真剣な面持ちで告げる
「殿は私達が務める、日本のワルキューレよ、君達の友人の命を狙っておいて勝手な言い分かもしれないが、その娘は私たちにとって掛け替えのない希望なのだ、頼む守ってやってくれ」
その言葉にクローディアは驚きの色を隠せない
「なにを馬鹿なことを言っているのですか大佐っ!ワタシも共に戦います!もう二度と・・・もう二度とワタシは、ワタシの為に仲間達を失いたくないのですっ!!」
懇願、いやこれは悲鳴だ、クローディアの心が全力でそれを否定している
もう嫌だと、己の内にあるグングニールを守るために仲間を失うのは、家族を失うのはもう嫌だと叫んでいる
そんなクローディアの叫びに応えたのは健登であった。
「そうだ・・・・誰だってそうだ、死にたい奴なんかいねえ、それが誰かを守る為だったとしても、それを理由に死んでもいい奴なんか一人もいねえんだっ!!姫宮っ!!一緒に戦うぞっ!俺たちならやれるっ、神器の力があれば皆を助けられるっ!!」
健登が弥命に手を伸ばすと・・・
「ダメです守羽くん」
拒む様に健登の手を払い除ける弥命
「この方の言う通りにします。わたし達はクローディアさんを連れて撤退します。悠紗ちゃんもそれでいいですね?」
「なんでもよいっ!早くしろ!もっとやばいのがくるぞっ!!」
焦る悠紗、どういうことかと皆が思うのと同時、遊技場内に爆音が鳴り響き天井を突き破って炎の柱が出現した。
まるで天界から降り注ぐ聖なる炎かのような輝きにその場に居た誰もが息を呑む
「ついに来たっ!」
「待ってたよっ!パパっ!!」
スコルとハティが歓喜の声を上げる
燃え盛る炎の柱を引き裂くように中から現れる人影
真っ黒な長髪を棚引かせ、赤い右眼と青い左眼のオッドアイ、全身から溢れ出るマグマの様に熱い攻撃的なオーラはその人物が人ならざる者であることを告げる
その圧倒的な存在感、圧倒的な力の塊のような姿に、健登は身動きすら取れずただ呆然と見つめているだけであった。
男は地上に降り立ち手にしていた真っ赤に光り輝く炎のような剣を地面に突き立てると、口元にニヤぁっと大きな笑みを浮かべ獣の様にその咢を広げて言い放った。
「久しぶりだなゲイレルル、今度はその餓鬼どもを生贄に捧げてくれるのか?」
その瞬間、クローディアがその男の名を叫んだ
「フェンリルっ!きさまあああああああっ!!」
我を忘れ怒り狂い、グングニールを手にすると飛び掛かろうとするも、弥命が前から抱きつき止める
フェンリルが現れた瞬間全てを悟った。
クローディアが勝てなかった理由もわかった。
だから、今は絶対に止めなければならない、なにがなんでもクローディアを連れて逃げおおせなければならない、咄嗟にそう判断した。
「ダメですクローディアさんっ!奴は危険ですっ!敵わなかったのはあれが原因だったのですねっ!!」
「離せミコットっ!奴はっ!あいつはワタシが殺すっ!!」
「守羽くんも止めてくださいっ!!今は絶対に戦ってはダメですっ!!あいつが手にしているのはっ!」
健登も気が付いてしまった、あの剣から感じられる気配に、あれがなんなのかはわからないが、あの剣から感じられる力は自分もよおく知っている物であった。
そして弥命がその答えを告げる
「あいつが手にしているのは、神器レーヴァテインですっ!!」




